第6話 訓練と噂話

 対面した戦士が私に向かって剣を袈裟切りに振るう。

 私は左手に構えた盾で衝撃を何とか受け流し即座に反撃。戦士の脇腹を薙ぎ払い、即座に盾を身構える。


「そこまで」


 審判をしていた戦士育成所の師範がそう告げる。


「ふーっ」


 模擬戦闘とは言え緊張感を抱く一戦であった。


「サーシャ。だいぶ近接戦闘にも慣れて来たな。まずは盾で構えてからの反撃。それを繰り返して慣れたら、次は一気呵成に斬撃を繰り出せる勇気を持てれば良い」

「ありがとうございます」


 師範の指導の言葉をありがたく頂き、私はそう応える。


「ぬおうりゃぁぁぁ!」


 育成所の外ではこれまた威勢の良い気合が響いていた。


「彼への指導はどうなんでしょうね?」

「俺も口酸っぱく指導はしているんだけどね…。あればかりは手の施しようもない」


***


 外に出てみると、アドゴニーが人を模した立木にブウウウンと威勢良く大振りの斬撃を繰り出していた。流石に止まっている標的に攻撃を外す事は無いが、幾らか戦士として訓練を積み始めた私の目から見ても、大振り過ぎるのが明らかである。


「ねえ。アドゴニー」

「おう。サーシャか」

「その一撃で致命傷を与えられそうな斬撃も当らなければ意味が無いでしょ。せめて命中精度が高くなるよう大剣じゃなくてメイスに武器を変えたら良いんじゃない?」

「いやあ。それじゃ意味が無い」

「意味?」

「ああ。俺が大剣を振るうのは昔聴いた英雄譚に憧れたからさ。小さな村出身の少年が愛用の剣を振るい、ドラゴンやグレーターデーモンや邪神を屠り、世界を救った話さ」

「厄介な物に目を通した物ね。戦士一本のアドゴニーにしては珍しい」

「実は、隠し技能としてな吟遊詩人もやっているんだ」

「んあ?」

「英雄譚でも、お伽話でもいけるぞ。街頭で一つ披露すれば少しは稼ぎになるくらいだ」

「ふーん。意外な隠し技を持っていた物ね。それはそうとしても、あなたこれまでの七回の冒険中、十三回はゴブリンにやられて気絶しているのを忘れないでね」

「ああ任せろ。次の冒険でこそは俺の大剣でぶった斬ってやる」


 アドゴニーの自信満々の宣言に、そう言う事ではなく守備を考えろ。

 と言う言葉を寸での所で飲み込んで、私は戦士育成所を後にした。


***


 冒険者ギルドの店内に入ると、ルキウスとチェルシーがエールを片手に何やら話をしていた。


「あ、サーシャ」

「訓練所の帰りか。精が出るな」

「私だけじゃなくアドゴニーもいたけどね」

「アドゴニーが?あいつが今更攻撃を学んでも、守備を学んでもどちらにしろ遅いだろう?」

「まあ熱心なのは良いんじゃないの。鍛え続けていれば、並の戦士がオークを倒せるレベルで、アドゴニーもゴブリンくらいは倒せるでしょう」

「そう願いたいね」

「それよりも聞いてよサーシャ」


 暇そうに足をブラブラさせながらチェルシーが私に語り掛ける。


「この前、至高神騎士団長が言ってた“大事な時期”って事だけどさあ」

「うん」

「盗賊ギルドで情報を聞いたんだけど、に首都の至高神殿からゼムダードの至高神殿から国宝が運び込まれるんだって」

「国宝?」

「ああ。【至高神の右手】と言うらしい。まさか神の本物の右手って事は無いが、そんな名前が付けられる程の相当な魔力を有しているらしい」

「市井の民には無縁な代物ね。しかし何だってそんなどえらい物がこの町に?」

「ああ。ゼムダードの至高神殿長が以前から病に臥せっていたのだが、余命幾ばくも無いらしい」

「へえ。そうだったんだ」

「サーシャがゼムダードに来るちょっと前から、病が篤いとは噂されていたよ」

「それで、歴代の神殿長が最期を迎える前にはその身を賭して神を降臨し、奇跡や祝福と言った物を授かって来たらしい」

「奇跡?本当にそんな事が?」

「先代の神殿長が無くなったのは四十年前か。爺さん連中なら前回の奇跡とやらの儀式を見た人もいるだろうが、生き残っている人間は少なさそうだしな」

「四十年前じゃあねえ。知っている人も少ないか」


そんな事を話していると、相変わらず足をぶらぶらさせていたチェルシーが何気なく呟く。


「ネメリオンなら知っているんじゃない?」

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史上最悪の冒険者たち 八車 敦 @GMXAI

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