第4話 焦熱①


 リエルは暗闇のなか目を覚ました。


 仰向けの状態からなかば反射的に身を起こそうとすると、頭に鈍痛が響く。そして強烈な血生臭さを知覚して、思わず鼻をつまんだ。


 目が慣れてくると、辺りはどこからか入ってくる光でほのかに照らされている限りで薄暗く、色の判然としない高い天井が底なし沼のように広がっているのがわかった。この空間に温かみというものは存在しえないようだった。

 

 上半身を起こし首を回すと、リエルは薄闇の中に横たわる見知った顔を見つけ、その肩を揺らした。


 「マイケルさん、起きてください」


 ギルバートが大きな街の学院に通うことになってからは、息子のように可愛がってくれた。少し厳しくて頑固なところがあるけれど、それ以上にとっても優しく、頼りになる人だ。

 狩人としての腕も良く、気配を消すのは不得意なようだけれど、横合いから現れた獣に襲われたときに助けてくれた。獲物をさばくのもとても上手い。自慢しながら喜々として差し出される料理の数々はどれも大味で、お世辞にも美味しいと呼べるものではなかったけれど。

 とにかく、良い人だ。獲物が豊富に取れて最近太ってきたことを気にしていたっけ。


 そんなことを思い出しながらギルバートの父であるマイケルの肩をしばらく揺すってみるものの、ぐっすり眠っているらしく、起きる気配がない。

 

 マイケルはいつも眠りが深い。そのことをよく知るリエルは微笑して、マイケルを起こすのは一旦諦め、もう一度辺りに視線をわせる。


 すると、マイケルの隣にも見知った顔があった。クレアさんだ。

 何故だか最近みるみる色っぽさを増しているエマ。その母である。スレンダーなエマと比べ、クレアさんはふっくらとしている。決してデブと言ってはいけない。これは禁句だ。

 いくつか理解しがたい地雷があるけれど、基本的には柔和な笑顔が素敵な人だ。あと、マイケルさんと違ってものすごく料理が美味しい。エマの作る料理が美味しいのはそれが理由だからかな、なんて。


 「クレアさん、起きてください」


 リエルは何度かその体を揺すってみるが、マイケルさん同様、目を覚ます気配はない。クレアさんももしかしたら眠りが深い人なのかもしれない。


 そして改めてその姿を見ると、リエルの記憶にある彼らよりも幾分痩せ細っていた。胸に手を当て、耳を当てる。

 

 「動いてない……」

 

 その時、突然灯りがついた。

 リエルは眩しさに一瞬目を細め、その場で腹ばいになる。


 そこに現れたのは、一人の男。紅い瞳に尖った耳。変わった容姿の男だ。


 心臓が早鐘を打つ。記憶が想起される。抑圧されていた波のように最後の記憶がなだれ込んでくる。


 リエルは灯りがついたことで明瞭になった小山の上で、視線の先に大切なものを見つけた。そしてそれらを掻き抱いた。

 

 これはきっと、父さんの右脚だ。これはきっと、母さんの腸だ。これは紛れもなく、マルスの頭だ。


 姿形を変えてしまっても、口を利かなくなってしまっても、死んでしまっていても、確かなものを感じ取ることができた。


 そしてようやく、忘れられるはずもない、記憶に新しい惨状を思い出した。


 違う。そうだ。あいつは――、吸血鬼だ。


 

 ――今すぐ絞殺して撲殺して殴殺して刺殺して圧殺して、ぶち殺してやりたい。惨殺してやる。鏖殺おうさつしてやる。そうだ。そのはずだ。そうであるはずだ…………。


 そうであるはずなのに、リエルの体は恐怖に震えることしかできないでいた。

 目をつむり、拳を握りしめ、歯を噛みしめ、全身を硬直させて。愛する人たちの影に隠れて、脅威が去るのをじっと待っていることしかできなかった。

 

 やがて、吸血鬼の男はリエルに気づくこともなくきびすを返し、重い扉を開け部屋から出て行った。


 暗く激しい情動がその内に渦巻きながらも、リエルは動くことすらままならなかった。

 扉が閉まってからも、しばらくそのままでいた。気を抜いてしまえば、今にもカチカチと歯が震えだしそうだった。


 ――今襲い掛かってもこちらが殺されるだけだ。村で見て、実際に体験した吸血鬼の異常な身体性能。膂力だけでも凄まじいというのに、回復までして見せた。今の自分に勝ち目なんて、ない。『殺す』と誓った。大切な皆にそう誓ったんだ。だから短慮はできない。楽してはいけない。誓いを果たすための手段を立てて、確実に息の根を止めるのでなければならない。狩人は、勝てる戦いしかしないのだから。そうだ、今はまだダメなんだ。


 言い訳めいた理屈をつけることで、リエルは精神の均衡きんこうを保った。



 「……そうだ。村の皆は、吸血鬼に殺されたんだ。大切な人たちとは、もうお喋りできないんだ」


 現実を整理するように、どこか他人ごとめいたリエルの声が彼のほか生きるもののいなくなった広い空間にぽつり漂う。


 「……僕だけ、生き残ちゃったなあ…………」


 言葉にしてみると心が決壊したみたいにごちゃごちゃになった感情が溢れてきたが、不思議とそれはすぐに収まり、落ち着いてきた。

 

 それから、このままここにいては危険だ、と思い至った。

 

 愛していた村の皆の、或いは誰とも知れぬ者たちのしかばねを、懺悔ざんげの想いで踏みながら、リエルはその小山を降りた。


 音がいやに反響する高い天井をもった空間にある扉は、たったの一つ。

 先の吸血鬼に見つかるかもしれないという恐れは尽きなかったが、リエルは意を決してノブを掴んだ。


 この先がどうなっているか分からない。もしあの吸血鬼が引き返してきていたら…………。


 湧き上がる不安を抑えるように、十分な間を置いて戸を薄く押し開けた。


 ――ギ、ギィィー。


 鉄製の重い扉は、慎重に開けてもなお、呪いのような音を上げた。

 リエルは慌てて手を止める。鼓動はバクバクと早まり熱をもった。緊張のあまり冷や汗が滲む。

 進むことも退くもできずにそのままの姿勢で硬直していたが、やがて誰もこちらにやって来る様子がないことが分かり、小さく安堵の息を吐いた。


 緊張の糸が途切れてしまわないように注意しながら、リエルは薄く開けた扉に身を滑らせた。努めて冷静にノブをひねり直し、無音のまま扉を閉める。


 また一つ安堵の息を吐き、そうして振り返ったリエルはすぐに気を詰まらせた。

 

 まるで温かみを感じることのできない無機質なコンクリート製の通路が、薄暗い中、ずっと先まで続いていた。突き当りまでは百メートルほどあるだろうか。不思議なことに、それほど長い通路だというのに一本道であり、そのことがリエルの精神を余計にむしばんだ。

 

 隠れる場所がどこにもない。


 リエルは悪い想像に生唾を呑み込み、そして臆病な自分に嫌悪した。


 リエルは鉛のように重く感じる足で通路を歩みはじめた。

 

 緊張から非常に慎重な足取りで進むリエルだったが、半分も進まぬうちに全身がすくみだし、へたり込んでしまいたくなった。

 そうなってしまうくらいならばと、リエルはすっかり浅くなった呼吸をくり返して決意を固め、なかばやけになったように駆け出した。


 意識の上で極力音を出さぬように努力はしても、コンクリート製の通路には小さくない音が響く。


 時間がいやに伸びて感じるなか、通路の突き当りに行き着く。

 右にまた一本道。


 リエルは浅い呼吸をくり返しながら必死に走った。

 そして最後行き着いた先、鉄製の扉の前で立ち止まった。


 唾を呑み込み、一呼吸おいてゆっくりと押し開ける。

 淡く、自然の光が入る。

 

 リエルは薄く目を細めながら外に出た。ずいぶん久しぶりな気がした。


 瞳を慣らすようにゆっくりと瞼を持ち上げ、そして、そこから見える景色に目を見開いた。


 美しかったのだ。

 

 リエルがいたのは急峻な坂の上。

 遮るもののない見渡す限りの世界は、誰かの妄想のように素敵であった。


 夜明けが近いのだろう。海の向こう、地平線の先から、まばゆいばかりの太陽が顔を覗かせようとしていた。


 坂の下、段々畑のように続く街並みは、どこか情緒を誘う独特の雰囲気を持っている。


 振り返ると、背後には断崖絶壁の崖がそびえ立っている。

 どうやら階段のような地形をしている島らしい。


 ここが何処だかは分からない。リエルが把握しているのは、吸血鬼に襲われ、未だ自身が生きているという事実のみ。


 何にせよ、今ここに留まるわけにはいかなかった。先ほどの吸血鬼に見つかってしまったらどうしようもない。万が一にも今のところは勝ち目がない。

 

 そう考えると、リエルは風景に見惚れていたことをひどく恐ろしく思った。ここから早く離れなければならない。

 

 そもそも、なぜ吸血鬼がいるのか。この島の住人は知っているのだろうか。もしそうでないのなら伝えねばならない。

 

 リエルは慌てたように坂を駆け下りた。

 不思議なことに、常よりも遥かに体が軽かった。急な坂を全力で駆けられるほどに脚は迅速に回転し、全身がその動きに順応していた。そのように全力疾走してもなかなか息が上がることはなく、景色がぐんぐんと変化していった。リエルの心中とは裏腹に、体の方は爽快で叫びだしたくなるくらいに調子が良かった。

 

 坂を下るたびその角度は緩やかになり、平地部分は広くなっていった。

 四本目の坂を下りるとさすがに疲れを感じ、リエルは息をついた。


 「はぁはぁはぁ」


 膝に手を置き息を整えながら、リエルは街を眺めた。


 立ち並ぶ石造りの建物に、滑らかなめらかに整備された広い通り。まばらに歩く人影はそのどれもが品のよい服に身を包んでいる。坂の上にも傾斜を上手く使って服飾店が軒を連ねている。

 見渡す限りの範囲において、リエルの暮らしていた村とは比べものにならないほど発展していた。リエルの目には領主様の住んでいる街よりも煌びやかに見えた。


 リエルからすればどれも都市の風景に見えることに変わりなかったが、坂を下るたびに街並みは貧相なものになっていた。さらに視線を坂のずっと下の方にやると、小さな家々が密集している様子がわかる。

 住み分けされているのかもしれない、とリエルは思った。

  

 ちらほらと傘を手に持つものがおり、リエルはそこにも疑問をもった。


 狩りのため頻繁に森へ出入りしていたリエルは、普段から天候を気にかけていて、いつしか、精密ではないにしろ雨が降るかどうか程度の予想はほぼ完璧に立てられるようになっていた。ここ数年、その予想が外れたことはない。

 

 改めて肌で空気を感じ、空を見上げ、匂いを嗅ぐ。が、やはり雨の気配はない。寧ろ、曇ることもないと断言できるほどに、彼の好きな良く晴れた日になるだろうと思われた。


  そこでふと、街角に佇む一人の女性に目が付いた。アクセサリーにしては武骨な腕輪をつける彼女は、覚束ない様子で顔を伏せ、突っ立っている。心配になり、リエルは声を掛けた。


 「あの、大丈夫ですか?」


 反応は芳しくなく、けれど、なにかうめいていた。


 「体調が悪いんですか?」


 近づいてみると、長く垂れた髪の隙間、青白い首に生々しい傷がついているのが見えた。


 「怪我してるんじゃないですか!? 大丈夫ですか!?」


 尚も問いかけると、遅々とした動作で彼女がようやく顔を上げた。

 目と目が合い、リエルは硬直した。


 紅い瞳。

 少し黒ずんでいるようであったが、疑いようもなく、吸血鬼のそれだ。


 憎悪よりも、恐怖が先立った。大きな汗の粒を浮かべ、一歩距離をとる。そんな自分がひどく情けなかった。

 背中を向けたらそのまま突き殺されるのではないか、そんな想像に囚われ、逃げることすらできない。相手の動向を窺うしか術はなかった。


 しかし、そんな彼の不安をよそに、彼女は茫洋ぼうようとした定まらない瞳で、ここではないどこかを眺めるばかり。

 何か仕掛けようとする素振りを見せることは一切なかった。


 リエルは安堵し、今のうちに離れようとしたが、


 「なんだい、君は? 私の眷属に何か用かね?」


 向かいからやって来た壮年の男に声を掛けられた。


 「っ…………」


 その男も吸血鬼と分かり、リエルは言葉を失った。

 

 男の足音が近づく。上から覗かれる。


 「ん? 君も眷属じゃあないか」


 「……」


 「ま、他所のに訊いたって答えられるはずないか。はははははっ」


 リエルは恐怖で硬直したまま動けなかった。


 「おっ、ちょうどいいところにいた。こいつ、野良みたいなんだよ」


 男は近くを通りかかった青年に声を掛けた。雑然とした金髪の青年であった。


 「ん、ああはい。ありがとうございます」


 「うん。じゃ、後は頼むよ。さ、行くぞ」


 男は歩き出し、それに次いで、女も意志の感じられない足取りで動き出した。


 「……はあ。見回りと称しての息抜きが……、はあ、ついてないな」


 男の背中を見送って青年は大きなため息を吐き出すと、リエルの目の前にやって来て、その腕をとった。突然のことにリエルは身を固める。


 「行くぞ。さすがに歩くことぐらいできるだろ? 担いでくなんて御免だぜ?」


 辟易へきえきとした態度で腕を引っ張る青年の力につられ、リエルもよたよたと歩き出した。


 リエルは混乱していた。頭の中では理解しよう、或いは受け止めようと努力していた。けれど、心がそれを許しはしなかった。


 ――ここが、吸血鬼の世界だなんて。


 紅い瞳をもつ青年が歩きながらリエルへ振り返り、口を開いた。


 「あんた、人間だろ? 分かるぜ。一番見る奴らだからな。いやー、全員あんたみたいに賢ければいいんだけどなぁ。これが、主人の命令以外だと死んだようにうんともすんとも動かないようなのもけっこういんだよ。てか、野良のらの眷属は大抵そんなんだけどな。ほんと、眷属化したなら責任もって管理しろっての。あ、これチクるなよ。物理的に首が飛びかねないから。まああんたに言ったってなんもわかりゃしないか」

 

 青年は返答を期待する様子も見せず、独り言のように続けた。

 

 「こんな仕事をしてるとよぉ、いつも相手すんのが眷属ばっかでな、喋る機会が減ってくんのよ。そうなるとどうなると思う? 言葉を忘れてくんだよ。怖いだろう? まあ、さすがにそんな大げさなことにはならないだろうけどな。ただ、老化が進むってのはいただけないよな。この仕事を長くしてる人がいるんだけど、年の割にしわがすごいんだ。あれを見たら、あんたも少しは同情すんじゃねえかなあ。おまけに、ろくに喉を使わないから首がだるだるなんだ。痩せてんのに二重顎なんだぜ。でも、これが他人事じゃねえってのが一番の問題なんだな。ほら、見て見りゃわかると思うけど――」


 言いながら青年は足を止め、自身の顔をリエルの顔に近づけた。リエルは思わず硬直する。


 「俺って、けっこうイケてんだろ? 顔のレベルで位が決まるってんなら、侯爵くらいにはなってると思うんだよ。経験人数もけっこう凄いんだぜ。自分でいうのもなんだけどな。だからさ、こんな仕事をしてるがために顔が崩れちゃあ困るわけ。理解できてるか? ま、そんなこんなであんたら眷属を話し相手にしてるってこった。あんたが内心どう思ってんのか知らねえけどよ、仲良くしてこうや」


 それからも前を歩く青年は饒舌じょうぜつに語り続ける。

 その間、警戒心のかけらもなくリエルに背を向けている。


 ともかく、危害を加えられる様子はなかったため、リエルはひとまず安堵し、青年に引っ張られるがまま従順に歩を進めた。

 

 そうしながら考えた。


 リエルが口をつぐんだままであることに前を行く青年は何ら疑問を持っていないように見える。

 大きな通りを歩くいくつかの人影はこちらに視線をやるが、ちらと見るだけでそれ以外の反応はない。これはそう珍しい光景ではないのだろうとリエルは認識した。


 何にしても、力のないリエルには従順についていくという選択肢しかなかった。


 小径こみちに入り、リエルの心臓は緊張から跳ね上がった。

 ただ、そこで何かされるというようなこともなく、青年は淡々と足を進める。


 数段ばかりの小さな階段に差し掛かり、青年が再びリエルのほうへ振り返る。

 

 「気ぃつけろよ。ここでつまずくのがけっこういんだ。馬鹿な奴らだよなあ。ああ、あんたもその一人だったか。あはははは」

 

 と、青年は急に真面目な顔つきになって眉根を寄せ、リエルの全身を下から上までまじまじ眺めた。家畜を観察する者の目だった。紅い瞳だった。

 リエルはそれを直視していられず、目を置いておける場所を探しふらふらと視線を彷徨さまよわわせた。


 そして、リエルは不意に窓ガラスに映る自身の姿を認め、絶句した。

 

 ――紅い瞳。


 青空のようだとエマに言われていたリエルの瞳は、忌まわしい色に変容していた。


 「にしても、何で捨てられたのかねえ。割と上等な部類だと思うぜ、あんた。野良の中だけの話かもしれねえが。うちに来るような連中は、意味のない呻き声をもらすようなのが多いし、ひどいのになると、急に癇癪かんしゃくを起こす。その点あんたは静かだ。大人しいってのは俺たちにとっては何より嬉しいことだ。ただまあ、その姿はいただけねえなあ。ご主人様の食事中に粗相そそうでもしたのか? それを考えると、ちょっと不安になっちまうんだよなあ。面倒起こさないでくれよ? てか、こんだけの量をぶちまけるなんて、もったいないことをするもんだ。鮮度もよさそうだし」


 青年の言っていることなど、まるで頭に入ってこなかった。あるのは混乱だけ。

 リエルはガラス越しに自身の瞳を凝視していた。


 「おい、どうかしたか?」


 青年がリエルと窓ガラスの間に割り込むようにして問う。

 リエルは何でもないかのように視線を逸らした。 


 青年がまた歩き出す。


 「てか、そんな奴を連れてくんなって話だよな。結局、尻拭いされてばっかなんだよ、俺たちは。ああお前のことってわけじゃねえぜ? まあ大人しく食って糞して、あとは大人しくだけしといてくれりゃあ、なんの文句もねえさ。あーっ! けど、話してたらどんどんイライラしてたことを思いだしてきた。あんたが話を訊いてくれる奴で良かったよ。ほんと、保管の人間ってのは苦労してんだよ。野良眷属を一時的に預かって、飯を食わせる。まあ、言ってしまえば仕事内容なんてそんなもんなんだけどな。これがなかなか劣悪なんだ。今みたいに急な仕事ができることもあるしな。あっ、でもあんたはけっこう気に入ってるぜ。俺の話をむずからずに聞いてくれるからな。んで、何が劣悪かってぇと、食えばあんたらも糞をするだろ? その糞を片付けるのも、俺たちの役目なんだ。ま、トイレで行儀よくやってもらってるからな、眷属ってよりは施設の設備が悪いんだ。糞を詰めたビニールを持って息を止めて外のごみ処理場まで運ぶんだ。てゆーか、あんたもさっきから臭ってんだよな。こんなんで過ごされたらこっちがたまったもんじゃない。着いたらそれ、洗い流すぞ。ま、もうここなんだが」


 リエルは上の空で、青年の言葉などまるで頭に入っていなかった。が、青年が止まるに合わせて、顔を持ち上げた。


 そこには円形の巨大な建物があった。

 ぐるりと巨大な壁に囲まれた、巨大な建造物。


 ここまで大きな建物をリエルは見たことがなかった。

 

 「眷属御用達、保護管理所。ここが今日から、ご主人様がやって来るまで暮らすことになる家だ。ま、大抵の奴は処分されることになるんだけどな。それまでどうぞよろしく」


 青年は演技めいたお辞儀をするとまるで仲間にするかのように、にっと口端を上げた。




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愛して殺る 誓いの眷属 方波見 @katanami

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