果汁戦争
@madoX6C
プロローグ
お気に入りのジュースを頭に思い浮かべてみてほしい。
人によって、愛飲しているジュースは千差万別だろう。
甘酸っぱいオレンジフレーバーこそが王道?それとも、かの大国を象徴するようなカラメルの甘さが特徴の炭酸飲料?あるいは、薬液のような独特の味わいが癖になる知的飲料?はたまた、果肉を残した食感が楽しめるタイプがお好き?
──今、読者諸君が思い浮かべているであろう飲み物は、そのほとんどがジュースではない。
果物──より正確に言えば、果汁が鍵を握るこの物語の顛末を語る前に、ジュースについて一点だけ確認しておこう。
この国の食品表示基準では、ジュースとは「百%果汁の飲料」と定められている。果物を絞った果汁そのまま、一部の例外を除いた食品添加物を一切使用していないものに限られるのだ。読者諸君が思い浮かべた飲料で、果汁が十%以上~百%未満は「果汁入り飲料」、果汁十%未満は「清涼飲料水」と分類されている。その意味で、日々口にしている飲料の大部分は厳密にはジュースではないのだ。
そもそも、ジュースとは本来英語で野菜や果物の果汁を意味している。しかし、この国では果汁百%未満の果物入り飲料もコーラのような炭酸飲料もまとめてジュースと呼ばれる文化が根付いている。果物が入っているかに関わらず、甘いソフトドリンクであればまとめてジュースと呼んでいるのだ。何とも大雑把である。
だが、これから物語を語っていく上で読者諸君の混乱を避けるべく、以降でジュースという単語は「甘いソフトドリンク全般」の意味で用いることにする。原義でのジュースを語る際は、その都度説明を入れることとしよう。
長々と説明を続けてまったが、許してほしい。ジュースについての話題になると細かいことが気になってしまうのが筆者の悪い癖だ。
では、本題に入ろう。これは、人類と果物についての物語だ
人類と果物──この二つを並べて、アダムとイブの逸話を連想する読者も少なくないだろう。そうだ、折角ならこの話から広げていくことにしよう。
神話では、アダムとイブは神に禁じられたにも関わらず善悪の知恵の実を食べてしまう。私は宗教学の専門家ではないし、恥ずかしながら原文をしっかり読んだわけでもない。神話の内容については読者諸君と変わりない、聞きかじり程度の知識しか持っていないことを白状しよう。しかし、そんな私でもこの逸話について断言できることがある。
──この話は半分が真実で、半分が作り話だ。
繰り返すが、私は宗教学の専門家ではない。神話がはるか昔の人間による創作だなんだと難しい話をしたいわけではない。単純にこの話のモチーフになっている出来事を知っているからだ。正確には、体験したのだ。
アダムとイブが実在したのかはどうでもいいし、禁断の果実は林檎だったとか無花果の実だったとかそういったことが言いたいのではない。
この神話に含まれる真実とは、禁断の果実は実在するということである──ついでに言えば、それは林檎でもあるし無花果の実でもあるのだが、詳しいことはいずれ明らかになる。
これから語る物語は、私が巻き込まれたこの物語は、だから禁断の果実とそれを求める人間達によって引き起こされた戦争譚なのだ。
お気に入りの戦争を頭に思い浮かべてみてほしい。
戦争は二度と起こすべきでない悲劇であると同時に、歴史的経緯に潜むドラマや戦闘にまつわる逸話・天才的な戦術の見事さによって平和な現代に生きる私達を魅了する。
真っ先に思いつくのは、先の二度に渡る世界規模の戦争のことだ。
だが、私の体験した戦争は他国の勢力の介入はあったものの、国家間の争いという背景は薄い。他にしっくりくる戦争は無いものか。
どちらかと言えば、権力闘争が主軸の中世の戦争──百年戦争とか薔薇戦争に近い気がする。だが、別に戦争が百年続いたわけでもないので、とすると薔薇戦争の方が適切か。
そういえば、薔薇戦争という名は、権力争いをしていた名家の記章がそれぞれ赤と白の薔薇だったことから後世名付けられたのだったか。
なるほど、禁断の果実──その果汁を追い求めた人間達による争奪戦が発端となった戦争に名を付けるならぴったりの例ではないか。
脱線に次ぐ脱線を耐え忍び、ここまで読んでくれた読者諸君に感謝する。それでは
、人類の起源から現代の社会構造を揺るがすまでに波及したこの戦争について語るとしよう。
始まりは、どこから語るべきだろうか。そうだ、きっかけと言えるあの町であの少女に起こった出来事から始めるのがふさわしいだろう。
すべては、あの日のあの出会いがきっかけとなって始まったのだ──「果汁戦争」の幕開けである。
果汁戦争 @madoX6C
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