Suica side

私はチャットが好きだ。実際に会って話すよりずっといい。顔が見えないから。

リアルで会った人はみんな、目の行き場に困るように私の耳元を見て喋るから。

そう、頬に生まれ持った大きなアザのせいで。こんなこと誰にも言えないけど、私は人と対面するのが、怖い。だからこうして、文字で会話するのが好き。


「夏夜くん」

「なしたー?透香」

「まだ起きてるの?」

「もうちょっとで寝るかもだけど、透香が起きてるなら起きてる」

「なんか暑くて眠れなくて」

「わかる、眠くもならないよな」

「そうなの」

「じゃ、眠くなるまでこうして話してよう」

私より早く眠った姉のスマホで、Twitterにログインして、夏夜くんにDMを送った。私はスマホを持っていないから、こうして時々、夜中に姉のスマホをお借りする。


「透香、夏と冬どっちが好き?」

これは究極の二択質問だ。夏といえば冬を否定することになるし、冬といえば夏を否定することになってしまう。正直に言って私は夏と冬どちらも大好きでどちらもキライだ。それは、儚いから。花火はパーンと弾けたあと、パラパラと落ちていく。イルミネーションも、ひと気がなくなった夜には誰かがパチっと消灯しているはずなんだ。


タオルケットすらも暑くなってついに身から剥がした。でもそうすると、スマホの明かりが漏れてしまう。姉が起きなければいいんだけど。


でも、こうして暑さが眠気をさらってくれるおかげで、いま私はこんなに楽しくてドキドキする時間を過ごせている。そう思うと、今の「好き」はちょっとだけ夏に傾いたかもしれない。


「じゃあ、夏夜くんは、色が好き?」

嫌いと言えば私の勝ち。好きと言えば私の負け。


こういう特に意味のない話ができること、それがどうしようもない私の幸せなんだ。明日も明後日も、寝苦しく愛苦しい夏の夜が続きますように。


空っぽで満たされた愛しさが。

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『存在しない「君』との思い出」 雨野瀧 @WaterfallVillage

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