俺は、この世界の造化
高黄森哉
俺はリアルの権化
【私と彼】
いつからだろう。私の世界に形が現れたのは。それまで私の世界は掛け値なく無も同然だった。彼は内側にある私、彼は私であり、彼はアニムス。冗談ではない。
「おい、いくぞ」
「はい。行きましょう」
この世界の神が進む。彼は世界を私にくれた。彼が何もない空間を凝視すると、ビルは首をもたげ立ち並んだ。世界は彼、自身。
「ほら、あれはビルだぞ。長方形で巨大な建造物さ。ほら、乾燥した色合いでぬぼーと俺達を見下ろしてるんだ」
「すごい大きいわ。すごい」
にょきにょきと揃うビルは、天を越えた。巨大さの形をした概念は、宇宙までもを突き進む。その話を彼にする。すると、彼は月を私に見せた。
「あそこにあるのは月だよ。あそこにはウサギがいるんだ。だから月はウサギの形をしてるんだ」
「ほんとだ、そうね。あれはウサギの顔をしてたわ」
月はゆっくりと廻る。だんだん、ウサギの横顔が顕わになり、正面を向く。
「そうだろ、あいつ怒ってるだろ。昔、人間があそこを植民地にした。だから住む場所を奪われたウサギの怨念があそこに宿って、彼らの顔を顕在させたんだってよ」
「まあ、なんて人類はひどいのかしら」
「そうだろ、な。でも地球人なんてもう俺達くらいしか残ってないぜ」
「仕方ないわ。でも、私、健一さんがいればそれでいい」
「ありがとう」
健一さん。私の半身。私の世界を作った造化。
「ほら、今も、横にウサギが通った。月ウサギはあべこべに地球を侵略したんだ。だから俺たちはたった二人なんだ。俺達だけは心が澄んでるから見逃されたんだよ」
聴覚は喧騒にフォーカスされました。そうすると、ウサギたちの日本語が聞こえてきます。
「月のウサギは人語をしゃべるのね」
「そうさ、月ウサギは人語を話すのさ」
【俺と彼女】
いつからだろう? 俺が彼女の半身になったのわ。俺は彼女、彼女はアニマ。都会の喧騒、世界のノイズ。忙しなさは俺達から安らぎ奪う、いや奪うな。
「おい、こんなところにカフェがあるぞ」
「どこ?」
「君の右側だ」
暗闇に燦然と輝く箱。俺は彼女の手を引いて店内に入る。
「すごい、豪華だ。でもシックだね。単色で落ち着いてる。いやは、ここは君にピッタリだな」
「いやんもう、健一さん。優しいんだから」
ウェイターが来て席を案内する。その目は耐えがたいものだった。なんでお前がこんな美人とデートしてんだ。なんでって、まあ、俺は確かに醜男だ。まるで造化の戯れだ。でもそんなの彼女には関係ないだろ。それが彼女の良さなのだ。奇形な見た目の俺を正当に評価してくれる、世界で唯一の存在なのだ。
「コーヒーを一杯頼もうかな。そら、サンドウィッチもあるぞ。外はカリっとしてて、中は柔らかそうだな」
「ふーん。じゃ、私もそれを頼もうかしら」
「おーい」
「はい、何でしょうか」
「コーヒーを二杯。サンドイッチ二つ、でよろしいですか?」
「ええ、問題ないわ」
「畏まりました。コーヒー二杯とサンドイッチ二つ。では、お持ちします」
ウェイターは彼女に微笑みかける。フン、意味ない。勇気を出して存在を主張しないと、察してなんてくれねぇぜ。彼女にとって、声を持たないものは、いないと同義なのだから。
【月ウサギたち】
カッフェで健一さんとご一緒し、私は今、駅らへんに居ます。ここらへんではヤンキーなウサギさんが多いそうです。でも私には彼がいるから大丈夫。
「おい、姉ちゃん」
ほら、早速。
「なあ、ホテル止まってかない? こんな遺伝子のネジが何本も飛んだ奴より、俺達の方が、いい夜を遅れるぜ。今夜は俺と来いよ」
「なんていいようなんです! ウサギと人間の遺伝子なんて違って当然じゃない」
「あ゛あ? こいつ、気狂いか?」
ウサギさんはどうやら一人じゃなかったみたいです。別の音色を持ったウサギは私を病気だと言いました。確かに私は病気です。
「おい! 止めろよ!」
「んだてめぇ? てめえなんて、この姉ちゃんのATMが、思いあがんじゃねえぞぉ!」
その後はもう滅茶苦茶でした。健一さんがウサギさんを殴る音が聞こえてきます。健一さんが投げ飛ばす音が聞こえてきます。
「いくぞ!」
「はい」
健一さんに手を引かれ、無限に変容する通りを抜けます。健一さんが通れば、道には花が咲き、商店街のシャッターは次から次へと歩道へ吹き飛びました。
【俺と彼女だけの世界】
ボコボコにされた俺は情けないことに彼女を連れて逃げだした。鉄を口内に感じながら彼女がこけないように、走る。彼らを撒いて余裕が出てきたんで、話しかけようと思う。
「大変だったんだぜ。月ウサギが殴りかかってきたんだ。俺はニ、三人倒したが加勢が来た。そりゃもう、めちゃくちゃにやっつけた」
「へえ。それは大変でしたね」
「ああ、でもこういうのも、たまにはいいな」
「ええ。そうですね」
立ち止まる。彼女がこけないように、ゆっくりと減速する。そうだ、感情が高ぶってる今なら、唐突だが、行ける気がした。
「なあ、俺達、もう長いだろ。だから俺達付き合ってもいいと思うんだ」
周りの人間の視線が集まった。異様なものを見るようで、中には噴き出す奴もいた。何がおかしい。
「まあ、なんて素敵」
彼女は、目に見えない何かを必死で見出そうと、明後日の方向を見ながらそう、うっとりと呟いた。
「そんな奴より、俺にしろよ」
「おい不細工、金で買っただろw」
消えろ、俺が世界だ。
「黙れ。お前等、消えろよ。顔がすべてじゃないだろ。人は、見えてる物がすべてじゃないだろ。俺達からしたら、てめえらの関係は、偽物だ。消えろよ」
もっと狂った展開を期待してか、群衆は静まりかえる。
そして彼女には、声の持たぬものは消えた同然であった。そうだ、俺が消えろと言った、すると彼らは確かに消えた。それだけが事実であり、それ以外は真実でなかった。な、俺の言った通りになったろ。
「俺なら、うまくやって行けると思うんだ。俺達なら」
「そうですね。そうしましょう。あなたは私の世界なのです」
彼女はそう言った。その彼女は全盲だった。彼女には俺の叙述だけがリアルだった。この世界は、それ以外の何物もなかった。そしてこれからもそうなのだ。騙して、嘯いて、神を騙ろう。可哀そうな彼女の世界を創造しよう。いつか俺も、全てが見えなくなる、その日まで。
俺は、この世界の造化 高黄森哉 @kamikawa2001
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