腕相撲でぎゅっとしたい(小学四年生)
とある休み時間。
「ん~~」
佐藤が顔を真っ赤にして力んでいる。
俺はそれを涼しい顔で眺めていた。ちょっと優越感もあったりして。
現在、俺と佐藤は教室で腕相撲をしていた。
とくに理由があるわけじゃない。なんとなくそういう流れになって、なんとなくで始まった勝負だった。小学生とはそんなものなのかもしれない。
「んむむむ~~」
佐藤がさらに力を入れた。顔が赤くなりすぎていて血流がすごいことになっているのがわかる。もしかしたら限界を超えているのかもしれない。自分を超えた瞬間を間近で目撃した。
だけど、俺の手の位置はまったく変わらない。開始してからずっと同じ位置にあった。佐藤の腕がプルプルしているだけだ。
ふっ。これでも毎日鍛えているからな。
「おりゃっ」
「うわあああぁぁぁぁ!!」
そろそろいいかと思い、力を入れた。佐藤は限界を超えた反動とばかりに大げさに倒れた。
そのリアクションのおかげで自分がすごく強くなった気分。ちょっと気分が良いのは俺も男の子ってことだろうか。
「いてて……。高木くん強すぎや。まったくビクともせえへんのやもん」
「はっはっはっ。これでも鍛えてるからな」
力こぶを作ってみせる。まだまだ子供らしい細い腕だけど、同年代の中では力がある方なのだ。
ひと勝負を終えた俺達の元に、瞳子ちゃんと葵ちゃんが近づいてきた。
「俊成は何をやっているのよ? 佐藤くん大丈夫?」
「あははは。大丈夫やで。腕相撲したんやけど高木くんが強すぎて倒されてしもうたわ」
瞳子ちゃんに助け起こされながら佐藤は笑った。力勝負で負けたからか、ちょっと恥ずかしそうだ。佐藤も男の子だな。
「なんだか楽しそう。私もやりたいっ」
葵ちゃんが好奇心に満ちた目で近寄ってきた。机に肘をついてスタンバイする。
「いいけど……」
いいけど、勝負にはならないだろう。それどころかどれくらい手加減すればいいのかと考えてしまう。
「やめなさいよ葵。佐藤くんが倒されちゃうくらいなんだから葵に勝ち目なんてないわよ」
「えー、だって私トシくんの手をぎゅって握りたいもん」
「腕相撲はそういうものじゃないでしょ」
瞳子ちゃんの目が呆れたものになる。佐藤は苦笑いである。
「よし。やろうか葵ちゃん」
俺はやる気になった。葵ちゃんのかわいさの前ではやる気にならなきゃ男じゃないってもんだ。
そうかそうか。葵ちゃんは俺と手を握りたいのか。朝の登校だけじゃあ満足できないんだね。
聞き慣れていることとはいえ、葵ちゃんのかわいさが色褪せることはない。むしろ腕相撲にもかわいさを感じさせる葵ちゃんにほっこりである。これが求められる喜びか。
「俊成」
横から瞳子ちゃんの声がした。反射で顔を向ける。
「次はあたしとやるわよ」
「はい」
有無を言わせない迫力があった。あまりの迫力に反射で返事してしまったよ。
それでも瞳子ちゃんの白い頬が赤くなっているのを見てしまえば、かわいいんだよなぁと脳内で悶えずにはいられない。
「トシくん、勝負!」
「受けて立とうじゃないか」
葵ちゃんとぎゅっと手を握る。握り慣れた柔らかい手だ。
かわいいことを言っていた葵ちゃんは本当に勝負する気があったようで、全力で力を込めていた。顔を真っ赤にしてプルプルしている。俺はそんな彼女をかわいいなぁと眺めていた。
うん。本当に力を入れてるのかなと思うくらいには非力だった。そよ風よりもなお優しい力加減である。なんと心地良いことか。
「ていっ」
「きゃあっ!?」
葵ちゃんが疲れてきたのを見計らって、優しく倒した。小さい悲鳴が聞こえ、俺は勝利した。
「う~。トシくん強すぎるよ」
「ふっ、まあな」
謙遜せずに誇っておく。力を認められるってのは気持ちいいものだ。それが女の子からならなおさらだ。
「俊成、次はあたしの番よ」
見れば瞳子ちゃんが構えていた。葵ちゃんよりもウキウキしているように見えるのは気のせいかな?
「よし、勝負だ瞳子ちゃん」
瞳子ちゃんの手をぎゅっと握る。葵ちゃんとは別の柔らかさを感じた。口元が緩むのを我慢する。
佐藤の合図で勝負が始まった。葵ちゃんが祈るように見守ってくれる。
「ん~」
瞳子ちゃんの力は想像通り葵ちゃんよりも強かった。水泳をやっているし、運動が得意な子なのはわかっていたことだ。
「む~」
しかし、想像以上に強かった。確実に佐藤よりも強い。押されそうになって少し焦る。
今の年代だと男女の力の差なんてそれほどないのだろう。だけど、ここで負けるわけにはいかなかった。俺にだって男の子のプライドってもんがあるのだ。好意を持っている女の子を相手に負けるわけにはいかない。
「んん~~」
「んむむ~~」
しばらく拮抗した勝負が続いた。
それでも徐々に俺が押していき、時間がかかったものの瞳子ちゃんに勝つことができた。
「あー、負けちゃった……」
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……。ま、まあ瞳子ちゃんも強かったよ」
なんだか強がりみたいな言葉になってしまった気がする。べ、別に負けそうだったわけじゃないんだからねっ。
「……もう少し、俊成の手を握っていたかったのに」
瞳子ちゃんがぽつりと零した言葉に、俺は一瞬固まった。
そして、彼女がとてもかわいいことを言ったのだと理解すると、嬉しさが体中に巡ったような感覚になった。
「またやるわよ俊成」
「うん、またやろうね」
小さく零した言葉は聞かれていないと思っているのか、はたまた口にした自覚もないのか、瞳子ちゃんは再戦を挑んできた。かわいい挑戦に、俺は快く頷いた。
「トシくん、私もまた腕相撲したい!」
「僕も次は負けへんで」
葵ちゃんと佐藤も乗ってきた。単純な勝負ながら、白熱させる何かがあったのだろう。
休み時間が終わったことを告げるチャイムが鳴る。こうしたちょっとした遊びが、俺を懐かしい気持ちにさせてくれた。
元おっさんの幼馴染育成計画~ほのぼの集~ みずがめ @mizugame218
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