暮らしのためだよ火の用心(小学五年生)
「火の用心、マッチ一本火事の元ー!」
そう元気よく声を張った男の子が嬉しそうに拍子木を鳴らす。
町内にカンカンと拍子木を鳴らす音が響く。思ったよりも音が大きいものなのね。
夜の町内を、大人と子供が一塊になって歩く。
乾燥して肌寒くもなってきた季節。火事を未然に防ぐためにも、あたし達は町内の夜回りを任された。
子供は登校する班のメンバーで固まっている。違うのは低学年の子達がいないことと、親がいっしょにいることだ。
はぁ、と息が漏れる。
朝学校に行く班ということは、俊成とはいっしょになれなかったってこと。そこまで家が離れているわけでもないのに、と文句の一つも言いたくなる。
「次は俺! 俺がやる!」
「ちょっ、待てよ! まだ俺の番だからな」
「コラコラ、ケンカするんじゃないぞー」
男の子は元気に拍子木を取り合う。それを大人がたしなめていた。
班でのあたしはいつも注意をする側だった。大人がいるだけでやることがなくなってしまう。
「次はそうだな……瞳子ちゃんどうだい? まだ一回も拍子木を叩いていないだろう」
「え、あたしですか?」
付き添ってくれている町内会のおじさんに指名されてしまった。
順番を待っている男の子達からうるさく言われるかもしれないと思ったけれど、むしろ笑顔で「どうぞ」と拍子木を渡されてしまった。
実際に手に持ってみれば不思議な感触だ。ツルツルとした手触りなのに持ちやすかった。軽いけれど、ずっしりとした重みがあるように感じる。
「銀姉ちゃんがんばれ!」
「今変な呼び方した男子! ひっぱたくわよ!」
犯人は「ひええっ」と逃げようとして、おじさんに首根っこを掴まれていた。
まあ、変な呼び方したのはともかく、あれでもあたしを応援しようとしてくれていたのだろう。同じ登校班の付き合いだ。それは伝わってきた。
「いくわよ……」
妙に緊張する。拍子木を持つ右手と左手が離れる。
ドキドキする胸をそのままにして、あたしは拍子木を鳴らした。
大きく甲高い音が、広い夜空まで届きそうだった。
「マッチ一本火事の元ー!」
澄んだ空気。あたしの声もよく響いた。白い息が溶けていく。
周りの子供達は楽しそうにしていた。先頭に立って拍子木を何度も叩く。なんだかあたしがみんなを引き連れているみたいね。
火事はあってはならない。万が一にでも、あたしが知っている誰かの家が火事になったら……。考えるだけでも恐ろしい。
火の用心。まあいいか、だなんていい加減ではいられない。きっとその気の緩みが火事の元なのだ。
だからこそ、こうして町内みんなの気を引き締められるように。そのために拍子木を叩くのだ。
「火の用心。マッチ一本火事の元ー!」
夜空まで声を響かせる。町内のみんなへと声が届きますように。そう願ってあたし達は進んでいくのであった。
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