第2話 1番乗りの世界

竹村が不登校になった。そうはっきりと認識できるようになったのは6月の第一週も後半、丁度衣替えが進んで、黒の学ランを着ている生徒もほとんど見なくなった頃だった。

 月曜日、ぼくが教室に1番乗りだった。たまにはこんなこともあるだろうと思って自分で電気を点けて竹村を待ったが、結局彼は放課後まで顔を出さなかった。本の虫である彼が季節の変わり目に風邪をひくというのは、如何にもありそうなことだった。

 火曜日、またもや一番乗り。風邪でもこじらせたのかと思って連絡を取る。返信なし。

 水曜日、また一番乗り。電気を点ける。友人なんだから連絡してくれたっていいだろう、と少し語気を強めに連絡を入れてみる。未だ既読はつかない。

 1番乗りの世界は孤独だった。ぼくしかいない教室。他の生徒が来るまでの間、竹村と違ってなにもすることがないぼく。机に突っ伏して、寝れるはずもないのに目を閉じる。時計の針の音だけが響く教室は時間が永遠のように感じられ、無性に身体を動かしたくなった。準備が無駄になった記事のサマリーの分だけ、朝の会話のために取っておく力の分だけ、ぼくは怒っているのかもしれなかった。

 木曜日、HRの後に担任に呼び出された。竹村に無断欠席が続いていて、家に連絡を入れたが部屋から出てこないということ。親御さんに聞いても原因が不明で、本人は話に応じてくれないこと。竹村は学校でぼくぐらいとしか話さないこと。なにか知らないか?ぼくも1つだけ質問をした。彼の家に直接行ってみることはできませんか?面談はすぐに終わった。ぼくも担任も、力なく首を横に振ることしかできなかったから。


 正直竹村が内心どう考えているかについてなんて、なにも心当たりがなかった。何の予兆もなかったように思えた。竹村はぼくに反現実的な物語を話して聞かせ、ぼくは竹村に現実の情報を与える。いつからか始まって、習慣となっていたそれだけの関係。ぼくが知っているのは幾つかの小説のタイトルとその筋だけ。そのうちの1冊だって読んだことは無かった。読書の習慣なんてない人間の中で、他人から外国文学のタイトルを教えてもらってそれを実際に読む人間なんてどれほどいるのだろうか?

 彼が1番に教室に到着し、ぼくが2番目に到着する。そして3番目が来るまでの約30分間、2人だけの静寂に耐えきれずにぼくが声をかけて始まった関係。彼の読書を邪魔する後ろめたさ耐え難い静寂との戦いの末、ようやく声をかけて始まった関係。それは1年前の丁度今頃に始まった。ぎこちない自己紹介をした後に話しあぐねているぼくを見て、話すことがないのに話しかけたの?と小馬鹿にしたような竹村の声。想像したよりずっと大人びているのにびっくりしたことを今でも覚えている。あの落ち着き払った声音は何に由来するものであったか。

 

金曜日、またもやぼくは1番乗りだった。電気を点けて席について、竹村から連絡が来ていないことを確認する。ぼくは図書室に向かうことにした。第一彼に教えてもらったことと言えば本以上でも以下でもなく、休んだ理由もまた本に求める以外の方法を知らなかったし、第二に机に突っ伏して時間を潰すのが苦痛で仕方なかったから。

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堀川、あるいは虚しい高校生活について 半崎繁 @Uyu_kiss

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