堀川、あるいは虚しい高校生活について

半崎繁

第1話 疎外感

 堀川光は疎外感を感じていた。高校生活は楽しい。しかし、リアタイのアニメはハイスペックリア充どものために物語を紡ぎ、果てには存在しない異世界へと飛び立つ。社会は常に改革や成長を常に求めていて、産業の国際競争力の低下、女性やLGBTQのための制度改革を声高に叫ぶ。

 しかし、全く関係がないのだ。堀川にとって、男子校は恋愛の場ではないし、異世界は存在しないし、社会問題は国際競争力が低下しているならさっさとR&Dに金を投下すればいいし、ジェンダーアイデンティなど認ればいい。問題は常に自分ではないところに起こっていて、解決策は自明であり、特に興味を惹くものはない。入試は相変わらず高校生のゴールとして存在するが、いい大学に入って優秀な仲間に恵まれて4年間過ごし、その先には何が待っている?コンサルに入るための、あるいは研究者になるための競争期間だというならそんなの御免だ。これがぼくの悩みであった。


 「おはよう」

 今朝も二番乗りだった。ぼくは席に荷物を置いて、窓際で読書をする竹村に挨拶する。

 「なにかおもしろい話はなかった?」

 竹村和也。文藝オタク。と同時にタイムハッカー。1日1冊本を読む時間を捻出しつつ、成績はすこぶる良好。授業中とスキマ時間にすべての勉強を終わらせ、まとまった時間にずっと本を読んでいる活字中毒者。

 「あー、おはよう。昨日はマルグリッド・ユルスナールの『アレクシス』を読んだけど、結構良かった。君の求めるようなプラグマティックな人生の指針になるようなことは書いていないけど。第一、仮に君がそっち側の人間だとして、ラベンダー婚なんて面倒なことするハズがないし、現実には家庭どころか彼女すらいない。それなのに別れの手紙なんて読んだところで、って感じじゃないか」

 「揺する......?」

 「ユルスナール。本名クレイヤンクールからのアナグラム。フランス学士院l'Académie française初の女性会員だ。覚えとけ。lavender marriageは......」

 「あー、はいはい。まあ機会があれば読んでみるよ。彼女ができて別れたい時にでも」

 流暢にフランス語と英語を発音し分ける竹村を、ぼくは手をひらひらとさせてはぐらかす。その本を読むことは多分ないだろう。現時点で出会いがないということを無視したとしても、こんな無気力系男子が自分から恋愛するということは起こり得ないし、他者がこんな無気力で、容姿も大して優れていない自分を好きになってくれるとは全く思えないから。

 「君の方はなにか収穫はないのか?」

 竹村が聞く。こいつの前で言いたきゃないが、約束は約束だ。

 「追放系を1作品。5話で切った。主人公の人格がパーティーを追放されて外の女性と会った瞬間に急変して高慢になるのか、まるで理解ができない。君が言ったとおり追放系小説を求めて聖書とミルトンを読む日も近いかもしれない。悔しいことにね。あとはいつも通り。宿題やって予習して、Economist読んで寝るだけ」

 そうしてぼくは読んだ記事のサマリーを5分ほどかけて話す。遠い異郷の政治体制について、イスラームの絵画について、短く、簡潔に。竹村は聞いてノートに写す。以上がぼくたちの朝の日課。竹村はぼくに反現実的な物語を少しだけ話して聞かせ、ぼくは竹村に現実の情報を少しだけ与える。ぼくは息苦しい現実から息抜きを得て、竹村は空想の世界から現実との繋がりを得る。


そんな日常が崩れたのは、丁度衣替えの週だった。

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