女生徒

 ああ、来てくれたのか。


 仕方ないだろ、あなた以外に俺にはこういう話できる人いないんだ。


 ほら、好きな肉頼んでいいから……俺はタンにしようかな。


 ……え、上カルビ?


 結構いくな……いや、いいけどさ。


 ああ、そうだ。今日の本題だ。


 好きな子がな、出来たんだ。


 なぁ、肉ばっか見てないでこっちにも興味示してくれ。目を見て話すのは大事だぞ。ちょっとでいいから。


 ……うん、それでいい。


 その子はな、学生さんなんだ。名前も知らないけれど、すごくみずみずしい感性の持ち主で可愛らしくって……


 名前も知らないのに好きだなんておかしい?


 仕方ないだろ、書いてないんだから。


 その子が出てくる作品は、あの有名な太宰治の作品の一つである「女生徒」だ。短編小説としてはかなり有名な方だな。


 これはある女生徒……十四歳だったか、の朝起きてから夜寝るまでの一日の心の移り変わりを独白として描いた小説だ。作者である太宰のもとに送られてきた一冊の日記をもとに作られていて、小説というよりはエッセイに近いかな。


 この主人公である「私」がとにかく可愛くっていじらしいんだ。

 

 いわゆる思春期である「私」は友人を可愛く思ったり、かと思えば鬱陶しく思ったりと心の移り変わりが非常に激しいんだ。とりとめのないことをずっと考えていて、文章には全体的にまとまりがない。それこそがうら若き乙女の心の内を覗いているかのようなリアリティを感じさせるんだよな。


 読みづらいっていう印象を持つ人もいると思うが、まあそれこそがこの本の魅力なんだ。我慢して読んでくれれば彼女のすばらしさが分かると思う。


 それから俺が好きな彼女の文章にこんなものがある。


『ぽかんと花を眺めながら、人間も、本当によいところがある、と思った。花の美しさを見つけたのは、人間だし、花を愛するのも人間だもの。』

 

 この「ぽかんと」が愛らしいんだ。何よりこの「人間」っていう全体に対する上から目線がたまらないんだ。こういう少女特有の傲慢さを書くのが太宰は本当に上手い。そんなところもあるのにお花好きなんだな、可愛いなって楽しくなっちゃうよな……え、ならない?


『女は、自分の運命を決するのに、微笑一つでたくさんなのだ。おそろしい。不思議なくらいだ。気をつけよう』


 女の子の不思議な運命って感じだよな。自意識過剰って思う人もいるだろうけど、女の子ならそう言うこともあると思う。実際俺もこうやって彼女のとりこになっている訳だしな。 

 

 そんなこと言ったって彼女に気に入られなければ意味がない?


 それなら大丈夫だ。


『この可愛い風呂敷を、ただ、ちょっと見つめてさえ下さったら、私は、その人のところへお嫁に行くことにきめてもいい』なんて彼女は言うんだよ。つまり、そんな風にきちんと彼女の喜びや悲しみを分かち合ってやれる男になれば結婚出来るんだよな……


 たしかに人の話をきちんと聞いてくれる人はポイントが高いぞ!

 

 うん、それなら俺にもできそうだ。見ててくれ、きっとあなたにも可愛い奥さんとして紹介してみせるからな!


 ……「彼女」は中学生だから付き合うのは犯罪だし結婚もできない?


 ……愛に年齢は関係ない……でも彼女を犯罪に巻き込むのはよくないよな。


 ……はぁ…………また失恋か。




 なぁ、俺の理想の恋人はどこにいるんだろうな?


 


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明日原さんのガチ恋文学 折原ひつじ @sanonotigami

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