SS(旧いずれするとの)第一章 第一話から第五話

 

 少し場違いかもしれませんが、葵と隼人の物語の分岐点をここに残しておこうかと思います。




「一回、学校行っておかない?」


 御坂の一言で、入学式前日に大学へ下見に行くことになった。


 めんどくさい気持ちはあるものの彼女の頼みなら行くしかなかった。それに、未だ失恋の傷も癒え切ってはいない藤崎にとっては気分の入れ替えにはなるため、「うん」と彼は頷いた。



 そして、翌日。


「——よしっ、準備は済んだかな?」


「うん……一応な。でもよ」


「ん?」


「どこ行くんだ?」


「それは、うーん……あんまり考えてないけど、あれじゃない? 私の学部棟と隼人の学部棟じゃない?」



「そうか……それじゃあ、御坂の教育学部もってことか?」


「——うん、それと隼人の工学部もね?」


「それもいいか……受験も北海道で行えたし、行ったことはなかったし、いい下見にはなるか」


「それって、受ける前に行くものだと思うよ?」


「っぐ……うるせ、いいんだよ」


「ふふふっ……でも、隼人って最初はこっち後期日程にしてたじゃん? それも無理ないよね」


「まあな、でも御坂は来たことあるのかよ?」


「あるよ、オーキャンで一回だけ友達と行ったし」


「そうか……オーキャンなぁ……北大のやつは行ったけどセンター試験で諦めたし、結局こっちの事はよく知らないんだよなぁ」


「でしょ? そんな頭のいい隼人にとってはいいことでしょ?」


 全く、茶化すのはやめてほしいものだ。


 御坂に入ってはいないが、センター試験後の判定もAだった。行こうと思えば二次試験の対策も済んでいるし、合格できることは八割型決まっているようなものだった。


 それでも地方の国立大を選んだのは御坂がいるから――なんて、口が裂けても言えなかった。


「……皮肉か?」


「……さぁ、どうでしょうね?」


 ニンマリと含んだ笑顔を見せる彼女。

 そんな表情を見て藤崎は少しドキッとした。


 御坂は昔からよく笑う女の子で、クラスにいる誰とでも仲良くなれるタイプの人間でもある。そんな女子が含んだ笑顔を見せる時は大抵、裏に何かがある時だけだ——と特に乙女心が分かるわけでもない藤崎は勝手に思っている。


 しょうもない妄想を膨らませた大学一年生は微かに驚き、肩を震わせた。


「な、なんだよ——その顔は」


「えへへ~~、どうだろうねぇ……当ててみなよ?」


「そ、それは無理だよ……」


 藤崎は俯いた。

 怪訝な視線を向けて、一度地面を見つめながらそう言った。


「へたれ~~」


 御坂は冗談交じりに言う。

 

「で、でも——俺には告る勇気があったぞ?」


「すぐ私のところに来たくせに……」


 御坂がそう言うと、一瞬にしてお世話になった情景が思い浮かんだ。


「そ、それは——違う」


「へへっ……なんか、自信なさげだけど?」


「う、うるせ……仕方ねえだろ」


 頬を赤くして否定する藤崎。


 ふと気が付くと強張った肩の筋肉もいつの間にか抜けていて、彼女のペースに持ってかれていた。


「——まあ、それはあとでもいいや……ほら、行く準備するよ~~」


「——あ、ああ。そうだな」


「っっ……」


「なんだよ?」


「い、いやぁ——こっちの話だから、なんでもないよ」


 立ち上がった御坂の隣で睨みを効かせて問う藤崎だったが、御坂の笑みに結局のところの押され負け。進歩も糞もなかったが、これだけは譲ることもできない一歩だった。


 そして、お互いに休日のお洒落な服に身を包み大学方向へと歩みを進めたのだった。


「よし、いこっ」


「うん」



――――――――――――――――――――――――――――――――――




「——入学式始まるよ」


 昨日は適当に大学を回り、学食を食べ、自由放任主義で有名な大学というものを肌身で感じることが出来た。


 キャンパスを歩くと、当たり前かもしれないが皆私服で誰が上級生かも分からない。


 慌ただしく研究室へ向かう学生やノートPC片手に自信気に歩く学生、スーツ姿で携帯片手に歩くサラリーマンの様な学生もいて、その多種多様さに藤崎は驚いていた。


 なかでも、「Sorry, where is the department of education?」とアフリカ系の留学生に聞かれたときは特に驚いた。あの時以上に、英語を勉強していたことに感謝したことはない。


 

 そして、それから数時間後の今日。


 新型の某ウイルスの蔓延によって全国的なオンライン授業化が進んだことによる影響を藤崎たちが通うはずの地方大学も受けていた。


「なんか、そっけないよな。オンライン授業ってよ」


 パソコンを覗く藤崎は唐突に言う。


「あはは……でも仕方ないよ。あんなことあったら怖くもなるしさ、いろいろあったじゃん?」


「まあ……、そう言われたら仕方ないな」


「あ、でもさっ——!」


 すると、俯いた藤崎の背中に御坂は飛びついた。


 ドンっとぶつかる背中と彼女の胸、そして圧し掛かる女の子の軽い重み。驚きというか、それを通り過ぎて藤崎は固まっていた。


「ふぅ~~」


「っあ⁉ ——な、なにっ⁉」


 吹きかけられた温かい吐息、ふんわりとした感触が藤崎の背中を襲う。感じた感触、言う必要もない男なら誰もが憧れる二つの3.14パイだった。


「私は——こうやって、家の中で二人で勉強できるのは――――う、れ、し、い、よ?」


「っ……わ、わかったから――揶揄からかうなって……」


 顔を真っ赤にして、御坂の手を外そうとする藤崎だったが——彼女は引こうとはしなかった。さらに笑みを浮かべてぎゅーっと強く抱きしめる。


「うぁっ―—」


「えへへ~~可愛いなぁ、君は~~」


「う、うるさぃ」


「え、なぁに?」


「うるさいよ……可愛くないし」


 可愛いのはそっちだ——と心の中で呟く藤崎だったが、御坂は彼の頬を抓たり、突っついたりと犬を可愛がるように触っていた。視界の隅から見える彼女の少しだけ赤くなった頬に自分までもが恥ずかしくなる藤崎。


 しかし、昔からマイペースで面倒見がいい御坂は藤崎の事を可愛いペットの様に扱っている。


「は、早くこっち座れ……始まるぞ」


 普通に言っても避けてもらえないことを悟った藤崎は自分の隣を叩いて誘う。


「……」


 それに対して、ハッとした目を向けた御坂。

 少し黙った後、またもやニヤリと微笑んで首の後ろから回していた両手を離した。


「っはぁ……」


 安心して溜息を洩らした藤崎だったが、彼女はそんな隙を逃すことはなかった。


「よっと――!」


「っえ、え、いや——なんで!?」


「なんでって、だめかな?」


 すると、胡坐あぐらをかいて座っていた藤崎の脚に御坂はゆっくりと座った。まるで藤崎が御坂を抱きしめるような感じで、背の低い彼女を藤崎の大きな体で包み込む。


「ほら、早く――てをこうやって、前に回してっ」


「なな、おいお、やめろ!」


「いいじゃん、いっつもやってたでしょ?」


「やってないっって、恥ずかしいからやめろ……っ」


「あらら、男の子なのに恥ずかしいんだぁ……ぷぷぷー」


「っく……は、はずかしいもんはお、男でも恥ずかしいんだよ……」


「はははっ、なんか、余計にいじめちゃいたくなるなぁ~~」


「……くそぉ」


 藤崎は悔しそうに呟いた。

 しかし、そんな彼も、脚の上に座った御坂の嬉しそうな表情を見て頬を赤くしていた。


「はぁい、時間だから見るよ~~」


「……わ、わかった、よ」


 傍から見ても本当に仲睦まじい。

 こんな生活ができるのなら、僕も美少女にフラれた方が良かったのかもしれないなぁ。


 ——あ、でも、僕にはそんな勇気なかったわ。


 テヘペロ。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 ――そして、初のオンライン入学式が始まった。


 だが、しかし。


「っっ……!」


 藤崎が静かに画面を見つめていると脚の上に座っている御坂はクスクスと笑い、肩を揺らしだした。


(落ち着きねぇな……ほんと)


 それも仕方ないか――と心の中で納得して、藤崎は問う。


「——ど、どうしたよ?」


「っ、い、いやっ……だってさっ——ぷぷっ!」


「なんだよ、笑いすぎだぞ……」


 ジト目を向ける藤崎、しかし彼女は止まらない。数秒経った後、彼女は何とか呼吸を整え、深呼吸を挟んでからPC上を指した。


「——こ、これっ」


「え」


 すると、その先に居たのは剥げたおっさんだった。


 いや、そんなことを言ってはならない。なぜなら、この人は大学の学長だからだ。東北大医学部卒業、そしてその年の異才として称えられた。青年から中年時代、数々の病気の治療法を編み出したとされる世界的にも有名な伝説の男が——御坂が言う「」だった。


「は、は、はげてるっ……」


「やめろ、ていうかまじで言うなっ——」


 ピッカピカの頭、そしてそれを目立たせるような天井からの光源。星のように輝くまん丸なに藤崎もクスリと笑ってしまった。


「っ……」


「で、でしょっ……」


「え、ぃ……や、やめろっ……」


「わ、笑ってるじゃんん」


 肘でお腹を突かれる藤崎は何とか深呼吸をして、なんとかその場を凌いだのだった。




 あれから一日、爆笑渦巻く入学式も終わり大学の講義が本格的に始まるのは明日になった今日。先に配られた「教育の理念」という教科書を読んでいる御坂の隣で寝転がっていた藤崎はとあるライトノベルを読んでいた。



『——好きですっ!』


 少女が言った。


 振り絞って飛び出た魂の叫び、溢れるばかりの気持ち、抑えきれない衝動。


 ライトノベルに登場する女の子の言葉がそれだった。


『っ――――う、うんっっ!』


 対して、泣いて喜ぶ彼。


 胸に手を当てて声を振り絞る彼女の華奢な身体を、今にも崩れゆきそうな身体を彼の優しそうな声と包容力のある大きな男らしい身体で包み込む。



 ——そんな、高校一年生の時に「稀に見る名作」として揶揄されていたラブコメ小説を藤崎はぼんやりと眺めていた。


「——くそ、だな」


 数年経っても色褪せない緻密な表現と文章に嫉妬すると同時に。


 傷は決して癒えない。


 よく、男子は別保存で女子は上書き保存だと言われることがある。藤崎もそれは確かにあるかもしれないと思っていた。


 実は、以前にも付き合っていたことがある。中学二年の頃に好きな女の子に告白して、付き合って、きっと一生付き合うのだろうなと信じていたときの思い出も未だに覚えている。


 フラれてからの一年間は彼女のことを忘れることなんてできなかったし、それから数年間も引きづった。


 しかし、そこで現れたのが入学式で一目惚れした学年一の美少女だったのだ。


「あ、藤崎君! よろしくねっ‼‼」


 天使の様な笑顔、女神の様な優しさ。

 そして、輝かしい美貌。


『っ!』


『ん? だ、大丈夫っ?』


『——えっ⁉ あ、う、うん‼‼』


 そんな出会いが引きづっていたあれを塗りつぶしてくれたのに、こんな終わり方になるとは——と感慨にふけっていたのだが、今度は逆に隣の幼馴染がうるさすぎて忘れてしまいそうだ。


「もぅ——心理学とかやるのぉ、私……」


「さっきからぶつぶつと、どうしたんだよ?」


 藤崎は手に持っていたラノベを地べたに置いて、御坂の肩を掴み、訊く。


「え、あ、うん……なんかね、教育の一年忙しいって聞いたからさ、結構準備してたんだけどそれにしても多くてね」


「あぁ、まぁ確かによく聞くな……でもそんなもんなんじゃないのか? 俺だって、工学部も二年生からは特に忙しいって聞くし」


「——いいじゃん、二年だもん」


「よくねぇ、資格とかとらんと行けないのよ……そんな中忙しいとかやべえよ、まったく」


「むぅ……私だって、先生になる試験とかあるもんっ」


「じゃあ、お互い様だよ」


「……はぁあ~~、でも意外と憂鬱よね……」


「一昨日と言ってたこと逆だなぁ」


「いいもーん、女子なんてそんなもんだよーだっ!」


 そんな御坂の女子気持ちトークを聞いて、へぇと頷く藤崎だった。






―――――――――――――――――――――――――――――――――――――




「——あれ、準備して、今日はどっか行くの?」


「あぁ、いや……なんかね、資料だけ取りにいかなきゃ駄目らしいから……」


 それから一週間、ようやく大学という名のふしぎな学校に慣れてきた頃。


 藤崎が工学部電子科の教授に呼び出され、急遽大学に行こうと支度をしていたところにぼさぼさの髪をした御坂が尋ねてきた。


「そっかぁ……ぁぁ~~、ねむーい」


「寝てればいいじゃん」


 普通に呟くと、御坂はぼーっと彼の目を見つめる。


「——な、なに?」


「いや、別に、なんでもないけど」


「そうか——じゃあ、行ってくるわ」


「うん、気を付けてね」


「ああ、行ってきます」


「行ってらっしゃい」


 玄関で手を振る御坂を横目に、藤崎は家を出た。

 

 視界の端で少し、寂しそうな顔をした彼女。それに気づけずに彼は足早に玄関を出たのだった。


「——ぁぁ、まっぶ……」


 玄関を出ると一面窓が覆われた廊下に出た。階段まで向かい、三階から一階まで下りて自動ドアをくぐって外に出る。エレベーターがないのがこのマンションの不便なところだが、おかげで家賃が29000円と地方の中でも比較的に安いため甘んじて受け入れるしかない。


「土曜日に学校行くのってなんか、久しぶりだな……」


 感慨にふける大学一年生。まだここから、そう言われたら御最もではある。ただ、大学生なれば昔を懐かしくなるのは普通で、当たり前で、小学校や中学校、況して高校でさえも古き良き思い出の一部となってしまう。


 だからこそ、思うのだ。

 中高生の少年たち、もしかしたら小学生もいるのかもしれないが今を大切にしてくれと。


「俺も、おじさんなのかぁ……」


 サッカー部時代は週休1日のブラックな部活だったので土日も活動があった。

 こうやって土日に学校へ向かうと思い出すが、土日限定走り込みメニューは地獄だ。記憶の傍らに仕舞ってはいるが、いざ思い出すと身震いが止まらない―—くらいには恐怖体験だった。今でも、部員たちの悲鳴が聞こえてくるほどに。しかし、臥薪嘗胆がしんしょうたんのためやっていたことを考えるといい思い出でもあったかもしれない。


「——いや、そんなわけないか」



 正門に来ると、微風そよかぜで揺れる桜が目に入った。特に面白みのない大学の外壁に彩る桃色の桜。散っていく蕾がこれまた綺麗に見えたが——やっぱり、この花を見るとを思い出す。


 ほんと、幼馴染がいるのに最低なことを考える。


 そう、分かっていても。


 記憶からひょっこり飛び出してくるあの美少女がどれほどまでの存在かは分かるとは思う。実際、藤崎も知ったのは最近だったが、考えると二次曲線の様に浮かび上がってくる思い出に、中々に、苦しんでいる。


「——まぁ、早く忘れないとな……あと一年で大人になるなら、なおさら」


 苦笑しながら呟く藤崎。

 ようやく、その一歩を歩み出した瞬間だった。


『ははっ、あれだよね、昨日のさ!』

『そうそう、なんでもっとこうしなかったのかな~~ってな』

『わかるぅ~~』


 幸せそうな二人。

 大学に行くとよく見る光景だが、高校の時よりも密な関係なカップルが多い。


 しかし、この人たちは違った。


 思えば、唐突に口走っていた。


「————さ、佐藤さん?」


 藤崎が口にすると、ピタリと歩みを止める彼女。

 微かに揺れる赤い瞳と、一瞬だけ吹き荒れた風に舞った綺麗な黒髪。誰もが憧れる美貌を兼ね備えている、あの人が——彼女が——そこにはいた。


「————ふ、藤崎くん?」




――――――――――――――――――――――――――――――――――




「————さ、佐藤さん?」


「————ふ、藤崎くん?」


 見つめ合う二人、触れあう心。


 ——と、言ってみたいところだが別に触れ合ってはいない。


 しかし、彼の両足は石のように固まっていた。震える声、泳ぐ瞳、見つめ合った時から藤崎の胸中はぐるぐると回って、動揺が支配する。


「……あr、れ、ここだったんだ……」


「そ、そうだけど……」


「へ、へぇ……ぐう、偶然だねっ」


「そ、そうだね……」


 ぎこちない会話、それは佐藤さんも同じで藤崎のように少しだけ動揺している。それに加えて、隣にいる男が頭の上に『?』を浮かべていた。


「ん、佐藤。知り合い?」


「あ、そ、そう……い、一応。高校の時の知り合い、だけど……」


「へぇ、そうなんだ」


 ポカーンと見つめるその男。

 首からは少し派手めなネックレスを下げて、燦燦と照り付ける太陽に反射する銀色の髪。御坂の銀髪を思い出すが彼の場合は明らかに染めているものだった。


「——ん」


 ゴクリと生唾を飲む藤崎。


 彼女を前にして、思うように口が動かない。なぜなら目の前にいるのは自分が告って、そして断った本人でもある。考えようとしなくても、どうしても気持ちがモヤモヤしてしまう。最近になって、ようやく落ち着いてきたというのに。こんなところで急に会うものだから、動悸が早まって呼吸が荒げるのだ。


 もう、どうしようもできないと悟った藤崎はなんとか声を振り絞ってから、走り出した。


「——あ、そのっ、お、俺……もう行くねっ」


「え、あっ」


「ごめん、なさいっ——」


 離れゆく背中、焦っていたのか彼の額からは微量の汗が風に乗って空中へ舞った。それを立ち止まって見つめる佐藤鏡花さとうきょうかは不意を突かれたように呟いた。


「——行っちゃった」


「はぁ……どうしたんだ、あいつ?」




 思い出される記憶、羞恥と後悔にさいなまれた藤崎は工学部棟のある第二区画まで走った。


「っはぁ、っはぁ」


 風を切って、上に羽織っていたパーカーを傍目かせ彼は走る。すれ違う人々は彼の形相に驚いてあっけらかんとしていたがそんなことを気にしてはいられなかった。


 数分後、工学部棟に入った藤崎はそばにあったベンチに腰を掛ける。


「っはぁ……ま、まじかぁ」


 怖じ気づいたように、溜息を漏らす。

 額を触ると大量に付着していた汗に気づき、自分がどれほど焦っていたかに気づいた。


「く、くそぉ……なんで俺が……」


 本当に、なんでなのか。

 それを知りたい、藤崎は深く息をついて研究室に向かった。



~~~~~~~~


「ただいま……」


「うん、お帰りぃ~~」


 御坂みさかが扉を開けると、少しだけむすっとした表情をした藤崎がゆっくりと中に入る。


「……どったん?」


「ん、何が?」


 疲れた声で聞き直す藤崎に対して首を傾げる御坂。

 腰辺りまで垂れる銀髪を右手でくるくると捻じって、「まぁ」と一言呟いた。


「顔がなんか暗そうだったし……」


「まじで?」


「うん、まじっ」


 彼女の碧眼が瞬きをするごとに大きくなり、最終的には暗い顔をした藤崎の前で、堪えられずにクスクスと笑っていた。


「……なんで笑うんだよ」


「っっ。いやぁ、なんかね、最近ずっとそんな感じじゃん?」


「ずっとではないと思う」


「いーや、ずっとだよ」


 すると、笑うのをやめ、真剣な眼差しで御坂は言った。


「昨日、寝る時さ、隼人の方が先に寝ちゃってたから見たんだけど」


「は、寝顔見たのかよっ」


「うん、可愛かった~~」


「っく……うるせ、聞かねえぞ」


「はははっ、ごめんごめん! でも、事実だし」


「そうかよ……」


「それでね、ついこの前までは気持ちよさそうに寝てるのに、最近はずっとさ気難しそうな顔してるんだよね……」


「気難しい、か」


 確かに、思い当たる節はある。

 最近はよく夢にあの人が出てくることも多い。落ち着いたとはいえ、すべて忘れたとは言ってない。


「そうか」


「うん、だからあんまり根詰めないでよね」


「別に、そういうのは大丈夫だよ」


「そ」


「ああ」


 御坂は寂しそうに呟いた。





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いずれ結婚する幼馴染との同棲生活~~好きだった学年一の美少女にフラれた俺を地獄から救い出してくれたのは昔から一緒の幼馴染だった~~ 藍坂イツキ(ふぁなお) @fanao44131406

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