エピローグ

水着なんかいらないでしょ?



 忘れられないあの2時間から十数時間後。


 俺と葵は電車に揺られていた。


「すぅ……すぅ……」


 俺の肩に頭を寄せて、寝息を立てている葵に少し笑みが零れる。いやはや、人間とは不思議だ。今まで、電車でいちゃつくカップルを見て悲しくなり、殺意すら湧いてくるものだというのに、いざ自分がそちら側に行けばここまで穏やかに慣れるのだから。


 幼馴染がいたじゃないか。と言われてもそれまでだが、やはり付き合った恋人と幼馴染という存在だけでは天と地の程の差がある。


 そんな下らないことを今の俺は凄く理解した。


「んぁ……っん」


 寝言を呟き、弾けたかのように目を開ける彼女。


 寝起きでまだ頭が回っていないのか、口元から伸びる唾液が自慢のパーカーに垂れていた。


「ん……あ、隼人ぉ……おはよ」


「おはよっ」


「ぅん」


 こくり。

 ぺこっと首を一回上下に振ると、葵はまたもや目を閉じる。


「また寝るのか?」


「ぅ……ね、むい……ね……る……」


 もはや羅列の羅の字もない。でろでろの溶け切った口調で、全てを言い切る前に再び俺の肩に頭を付けた。


 重くない―—と言ったら嘘ではあるが、不思議と嫌な気持ちはしなかった。涎を垂らし、光沢のある綺麗な銀髪を咥え、膝には麦わら帽子が大事そうに抱きかかえていた。


「まったく……髪」


「……んん……はむぅ」


「俺の指を噛むなよ……」


「むぅ……はむはむ……ぇぉぇぉ……」


 髪を取り除こうとすると、目を閉じた葵に指を咥えられた。


 すぐに取り出そうと引っ張ると、軽い力ではびくともしない。


「じゅるじゅる……」


 口元から溢れる涎。

 いつもなら少しだけ嫌悪感を抱くはずなのだが、不思議と今日は何とも思わなかった。


 というか、むしろ少しだけ……エロかった。

 どうやら、昨夜の一件から俺は変態になったらしい。


 熱烈。苛烈。そして大胆不敵。


 夜の大運動会はまさに刺激的だった。溢れ出る唾液、そして押し寄せる快楽……って気持ち悪いな。


 でも、とにかく葵とようやく一つになれた気がしてすごく良かった。それに、あいつが少しだけMっ気があったことも知れて、二人で身を寄せ合いながら寝ることができたのは今回が初めてと言っていいだろう。


 まぁ、寝不足でヘロヘロなのはそれが原因であることは一旦仕舞っておこう。


「んはぁ……」


 ハムハムと口の中で揉まれた指を引き抜くと、葵の唾液でねちょねちょになっていた。


「はぁ……」


 Mっ気、というかこれは退化と言った方が正しいか。

 幼児退行が進んでしまったのか、若干心配かもしれない。


「……ん」


 しかし、そんな心配なんて薄れるほどの可愛い彼女の寝顔に弱い俺は電車に揺られながら一緒に目を閉じた。







「海だーーーーーー‼‼‼‼‼‼」


「おぉ、すっごいな」


 結局乗り過ごして一駅先から歩いてきた俺たちは浜辺にたどり着いていた。


 家族連れで一面を覆いつくす人も知れず、大きな声で叫ぶ葵。楽しそうで何よりだ。


 一面に広がる水平線、そしてオーシャンブルーとまではいかなくとも綺麗な海に俺も少しテンションが上がった。


 アドレナリンの分泌か走らないが、疲れも一瞬で消し飛ぶ。興奮を抑えきれなくなった葵が思わず、右腕にしがみついた。


「ねねっ、早くいこっ‼‼」


「ん、あぁっ」


 抑えつけられている胸に目がいったが、為されるがままに引っ張られた。


 人気の少ない方に逃げると、すぐにシートを引き、近くのコンビニで買ってきた簡易用のバーベキューセットを開いて、直ぐに準備に取り掛かる。


 しかし、葵の方はと言うと目を輝かせながら近くをうろうろとしていた。


「うぅ~~、すっごい……もう、早く泳ごうよ‼‼」


「先にご飯食べようって言ってたのはどっちだよ……」


「気が変わったの‼‼」


「……いいから待て」


「うぅ……隼人のいじわるめ!」


「子供かよ……」


「子供ですよーだ」


 地団駄を踏み、低学年の様なムーブをかます葵に俺もため息が出たが、それはそれとして、楽しがってくれているのは嬉しい。来て良かった。


 ちょっとむすっと頬を膨らませながら、準備する俺の隣に座ると今度はもぞもぞと動き出したかと思えば、すぐに俺へ抱き着いた。


「——っ」


「な、なんだよ……」


「……いや、なんでもないっ」


「何でもない人は抱きしめないぞ?」


「いいから……いいの」


「そうかよ」


 理屈になっていないがここはダメっておくところだろう。止まった手を動かしてから数分。ようやく出来上がると、肩をツンツンと叩かれた。



「ん?」


「ねぇ」


 すっと振り返る。

 しかし、俺は振り返ったと同時に固まった。


「……おまっ⁉」


「ん、へへっ……どう、いいでしょ?」


 あの日、プールに行ったときにみた綺麗で妖艶な身体は真っ白なビキニを纏っていた。銀髪にはこればかりと似合っていて、すごく、男としての何かをそそられる。なんて美しいんだ。俺は幸せ者だと、至高が駆け巡り——。


 ふと、我に返ると不思議そうに葵が見つめていた。


「感想」


「あっ——め、めっちゃ綺麗だ。ほんと、すっごく」


「ほんと?」


「あぁ、ほんとだ」


 不貞腐れた顔もすぐに元通り、胸を打つ鼓動に手を貸し、葵は笑みをこぼした。


 水着、か。

 俺もそれなりのを買った気はするが——さすがに彼女の水着(そして体)には勝てない。


 しかし、昨日のあれにはさらに勝てないと思う。

 見えそうで見えない、チラ見、もしくは絶対領域のロマンなどが世にはあるらしいが——現物を見てしまったら最後そちらには戻れない。


 危うく垂れそうになった鼻血を隠すので精一杯な俺はボソッと呟く。


「……裸もいいけど」


 そう、水着なんて必要ない。

 葵が葵のままでいることが凄く良いのだと、魅力的だと知っている俺には―————って、あれ?


 驚いた。今度こそは本気で驚いた。

 なぜなら、葵が目の前で上の金具を取ろうとしているからだ。


 思わずそんな姿に見入っていると、カチっと音がなった。


「っん……よいしょっと……」


「な、なに——してる?」


「……?」


「ん、じゃなくて‼‼」


「あぁ、そうそうっ——日焼け止め塗ってほしいなって」


「日焼け止め? そ、そんなの自分で!」


「嫌だよ。だって、背中届かないじゃんっ」


「そ、それは……パーカーで……」


「海まで来たんだけど……」


「……っ」


 テンションの高い葵にうち負ける俺。まったくもって情けないが楽しそうにビキニを手で押さえる姿に負けて、泣く泣く俺は寝そべった背中にぬるぬるの日焼け止めを垂らした。




 それからは変な興奮と、犯したいという気持ち、そしてそれを自制し嫌悪を抱く自らとの戦い。


 肌から伝わる優しい体温と肌触りも襲うことで鼻からは血が永遠と垂れ続けてしまっていた。


 数分ほどかけて、塗る作業が終わると肩を撫でおろした俺の腕を掴み葵は楽しそうに走り回って海へ連れて行く。


「ばーべきゅっ―—」


「いいからっ‼‼」



 水平線目がけ、海へ飛び出す彼女。

 そんな姿を見つめながら、俺もまた彼女を追いかける。











 ————可愛いちょっとエッチで気の強い幼馴染との同棲生活。

 ————結婚するのはまだ先だけど、ここは一旦。





 二人だけにしてください。




「ねぇっ——」


「ん?」


「大好きだよっ——隼人っ‼‼」


「——っ」


 涙を孕んだ、銀髪幼馴染は元気にそう言った。

 









<あとがき>


 お久しぶり、ふぁなおです。

 ええ、今回の作品はリメイク版と言うことで、前回公開した時の落ち度を何とか取り返せたかなと思います。


 本作はこのお話で完結です。今まで楽しみにしてくれた読者の皆様にはここで、もう一度感謝を。本当にありがとうございます。


 話は変わりますが12月から始まり1月に終わるカクヨムコン7へ出す純愛ラブコメ作品と、それまでの繋ぎとはなりますがちょっとエッチな作品を考えています。一応、カクヨムコンには前半と後半で二作投稿するつもりではありますがしっかりとプロットを組んでからの投稿になるので残り1カ月ほどお待ちください。


 どうしてもランキングに入り、フォロワーを増やさなければならないので次作もフォロー、そしてよければ作品の☆評価、加えレビューもお願いします‼‼


 PS:最高の創作ライフをありがとうございます。そして、これからも支えてください‼‼



 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る