5分で読める物語 『チート転生者が食い物にされそうになる話』

東紀まゆか

5分で読める物語 『チート転生者が食い物にされそうになる話』

 モークタウンの冒険者ギルドはチョロい。

 異世界転生者の間では、そう噂になっていた。


 転生者にはチート能力がある。

 その事を知ったギルドマスターが、独占契約で彼ら、彼女らを雇ったのだ。


 難易度と利益率が高いクエストは、優先して「転生組」に回され。

 チート能力を持つパーティは、冒険を成功させ、莫大な利益をギルドにもたらした。

 当然、「転生組」に与えられる報酬も大きい。


「こないだもデッかいガーゴイルを倒してよぉ!金貨十袋の賞金をゲットしたぜ!」


 そう言うとジャック……二年前にこの世界に転生し、剣士になった男は、袋から手づかみで取り出した金貨をバラ撒いた。

 彼が、はべらせていた町娘たちは勿論、周囲の客も嬌声をあげながら、バラまかれた金貨を拾う。


 前の世界では冴えない学生だったが、この世界ではチートな最強の剣士として、酒池肉林三昧の生活を送っていた。


「お楽しみの所、失礼ですが。ジャック隊長」 

「うわっ」


 気配もなく背後に立った、僧衣姿の男にジャックは驚いた。

 頭からフードを被り、目から下しか見せない初老の男は、ジャックに言った。


「次のクエストの対策会議が明朝ありますが…。まだプランが出てなかったので、受け取りに参りました」


「なんだ、デュカさんか。おどかさないでよ」


 相変わらず不気味な男だ、と思いながら、ジャックは言った。


「会議なんかしなくても、俺たちのチート能力があれば、すぐ終わるよ!」


「しかしリハーサルとプランBは、クエストに不可欠です」


 静かな口調でデュカは続けた。


「元の世界と違って、ここにはコピーもパワーポイントもありません。会議をスムーズに進める為に、事前にプランをお聞かせ願えますか」

「え、デュカさん、俺と同じ世界から来たの。お近づきの印に飲もうよ!」


 ウェイトレスを呼び掛けたジャックをヨソに、デュカはつれなく言った。


「あいにく飲めませんので。明日は遅刻しないで下さい」


 そう言い残し、酒場を出ていくデュカの背中を見ながら、女がジャックに尋ねた。


「何なの?あの辛気臭いの」


 ジャックもジョッキを手に、苦々しげに呟いた。


「流れ者の魔術師なんだってよ。かなりのやり手で、街から街を渡り歩いているらしい。次のクエストで組む様に、ギルドマスターに言われたんだよ」

「なんか死神みたいで気持ち悪い」

「シラケちまったな。飲もうぜ」


 酒を喉に流し込みながら。ジャックは思った。

 得体のしれないオッサンだが、奴も転生者なら、チート能力持ちだろう。

 今回のクエストも余裕だ。

 そう思っていたのだ、この時は。


                          


「ちょっ、デュカさん、コレどういう事ですか?」


 翌朝。ギルドの練習場に集まったメンバーを見て、ジャックは狼狽えた。

 そこには、顔なじみの転生者は一人もおらず。

 剣士や魔法使いになりたてと言った、まだあどけなさすら残る新米兵士が、並んでいた。

 さりげなく出身地を聞いてみたが、皆、この世界の地名を答えるばかり。

 とても転生者とは思えなかった。


「三日前の会議で、ギルドマスターが言ったじゃないですか。これからは新人を育成して欲しいって。あ、隊長は女の人に会いに行くとか言って、欠席でしたね」

「こんなヒヨっ子どもと、クエストが出来る訳ないじゃないか」

「ですから、綿密な作戦が必要だと」


 デュカが言い終わる前に、ジャックは走り出していた。

 マスターと……ギルドマスターと話をしないと!


「マスターは出張中です。二週間は帰りません」


 秘書に冷たくあしらわれたジャックは、今度は転生組の仲間を探し回った。

 誰も見つからない。

 皆、ジャックと同じ様に、この世界の新人と組まされて、クエストや特訓に出された様だ。


「どうなってんだ、クソッ!」


 ジャックが毒づきながら練習場に戻って来た時。

 ヒヨっ子たちはデュカの指揮のもと、それぞれの特技の基礎練習をしていた。


「これは隊長。急用のご様子でしたので、独断で基礎訓練をさせておりました」

「そうだ!デュカさん、アンタがいる!」


 ジャックはデュカの両肩を掴み、すガルに様に言った。


「あんたはチート能力を持った転生者だろ?俺とあんたがいれば、クエストは成功するよ!」

「そうですねぇ、でも」


 フードの下に隠した目でヒヨっ子戦士たちをみやり、デュカは言った。


「この子たちは、生きて帰れないでしょうねぇ」


 ジャックは絶望した。


「俺は一体、どうすればいいんだ?」


 頭を抱えるジャックに向かい、デュカは言った。


「何も悩む事ないじゃないですか。優れた剣士である貴方の技術を、あの子たちに伝授すればいいんですよ」

「嫌味かよ。俺はチート能力者なんだよ!」

「あれ?隊長はココにいらしてから、何もなさらなかったんですか?」


 その言葉に、ジャックはハッとした。


 いきなり、アニメや映画でしか見た事ない様な、剣と魔法の世界に放り込まれて。

 訳もわからぬうちに、怪物や鎧を来た戦士に追いかけまわされ。

 この世界の貨幣を持たず、空腹を耐えて彷徨った事。


 そうだ、俺は。

 チートだけど。

 最初から、ここで成功した訳じゃない。


 この世界で、のし上ったのは。

「世界を知る事」から始まったんだ。


 そんな俺に今、必要なのは。

 この連中の、能力と強さを知る事。


「みんな、並べっ!」


 ジャックの声に、新米戦士たちは慌てて整列した。


「一人ひとり、名前と役職を言え!」


 ジャックの声に、横一列に並んだ新米戦士たちが声をあげる。


「ファニング、剣士です!」

「俺と同じだな。後で腕を見る。次!」


「ブルックリン、重騎士です!」

「モーニングスター使いか……。援護がいるな」


「ダレン、弓使いです」

「よし、さっきの重騎士の援護にする」


 デュカがジャックの耳元で囁いた。


「次のクエストは洞窟内です。狭い場所で使い勝手のいいスリングショットも覚えて貰いましょう」

「なるほど。よし、魔法と錬金術を使う者はデュカさんに見てもらえ。今日は自分の能力を、俺たちの前で全開にしてみろ!」


 それから数日。

 ジャックは生まれ変わったかの様に、新米たちの指導に打ち込んだ。

 スパルタ式特訓のジャックとは対照的に。デュカは魔法の源となる、この世のあらゆる理を、新米魔法使いたちに説いて教えた。


 ジャックは部下と夜も酒を酌み交わし、昼間の反省会を行うと同時に、皆から作戦を成功させるためのアイデアを聞き出した。


「あれっ?デュカさんって、酒飲めないんじゃなかったっけ?」


 ジャックに言われ、テーブルの片隅で。

フードを被ったまま、デュカは口元だけで微笑んだ。


「こういうお酒なら飲めますよ。うふふ」


                       


「ところでよぉ、変な噂を聞いたぜ」


 懸命に鍛錬する部下達を見ながら。

 ジャックは、隣のデュカにしか聞こえない小声で言った。


「ギルドマスターが、俺たち転生者を始末したがってるって」

「私も聞きました。転生者のギャラが高騰し過ぎた様ですね」

「さんざん利用されて、いざとなったら使い捨てかぁ」


 ジャックは小さく溜息をついた。


「それで皆、バラバラのチームに配置されて、新人を押し付けられたんだ」

「どうします?クエストの前に逃げますか?」


 フッ、と笑うと、ジャックは言った。


「冗談。あそこまで育てた連中を置いて逃げられるかよ」

「そうですね。皆さん頑張ってくれました」


 しばらくの沈黙の後、デュカは尋ねた。


「時に、ジャック隊長。転生する時に、神様には会いましたか?」

「俺は会わなかったなぁ。デュカさんはどうだった?」

「それは秘密です。うふふ」

「なんだいソレ」


                        


 クエストは、途中までは好調だった。

 洞窟の中で宝を守っているゴーレムを、メンバーのコンビネーションで倒すまでは。

 だが宝箱だと思ったモノは、擬態したミミックだった。

 巨大化した箱から太い手足を生やし、洞窟いっぱいに膨れ上がったミミックは、牙の揃った蓋をバクバク開閉しながら迫ってくる。


「こいつは俺がやる!みんな下がれ!」


 そう叫んだジャックの耳に、部下たちの悲壮な声が聞こえて来た。


「ダメです!アンデッドに囲まれました!」


 その声に周囲を見渡すと。

 骸骨に腐肉のこびり付いた屍の軍団が、周囲を取り囲んでいた。


「くそっ、ここに罠を仕掛けたのは死霊魔術師ネクロマンサーか!」


 その巨体で、洞窟の天井や壁を削りながら迫るミミックと。

 距離を詰めて来るアンデッドを見ながら、ジャックは叫んだ。


「デュカさん!俺が正面のデカいのを殺る!その隙に、皆を連れて逃げてくれ!」


 いつもと声の調子を変えず、デュカは言った。


「あれが相手では、チートである貴方でも、死んでしまいますが」

「構わん!俺が教えた奴を、一人も死なせたくない!」


「それは私も同じですよ。うふふ」


 そう言うと、デュカは。

 ジャックの前に、歩み出て。

 咆哮するミミックの前に、立ち塞がった。


「隊長、前に、転生時に神に会ったか聞きましたよね」


 ジャックは耳を疑った。この非常時に、何を言ってるんだ?


「全知全能の創造神から、可愛らしい駄女神まで。皆さん、色々な神様の力で転生してますね」

「何を言ってるんだ?早く逃げろ!」


 そこでジャックは、初めて。

 デュカが、頭から被っていたフードを脱ぐのを見た。


「私が会ったのは死神でした。つまり私は転生などしていない。もう死んでいるんです。異世界転死です」


 鼻から上が、剥き出しの髑髏になった顏で。

 眼窩にはまっている目玉をギロリ、と動かすと。

 デュカは右手を高く上げて、呪文を詠唱した。


『カランダ……マアントス……カンダ……。グイアッツ……ノガット……フェラノストス』


 デュカの呪文を聞くと。

 耳をつんざく様な悲鳴をあげて。

 ミミックと、アンデッドの群れが、ボロボロと崩れ落ちた。

 ポカン、とするジャックとメンバーの前で。

 再びフードを頭から被ると、デュカは吐き捨てる様に言った。


「たかだか死霊魔術師ネクロマンサーの手先が、本物の死霊に歯向かおうとは、百億年早い」 


                           


「今回も手間をかけたわね」

「いぇいぇ。ジャック君は、いい隊長になりますよ。育て甲斐がありました」


 まだ十代の少女であるギルドマスターから、ブ厚い札束を受け取りながらデュカは言った。


「しかし毎度の事ながら、あなたの仕事はいいお値段するのね」

「死体のお手入れは、生きてる体より金がかかるんですよ」


 ツインテールを揺らしながら、ギルドマスターは言った。


「そうそう。あんた、私が転生者を始末したがってるって言いふらしたそうじゃない!変な噂流さないでよ」

「ジャック君が思ったより負けず嫌いだったんでね。利用させてもらいました。まぁ、他の転生者も全員、奮起して無事、帰還したんだから、いいじゃないですか」


 旅支度をするデュカに向かい、ギルドマスターは言った。


「ずっとこの街にいてもいいのよ?デュカ」


 ザックを背負うと、デュカは言った。


「生憎、年に一回は元の世界に還る事になっておりまして。妻にも子供にも、私の姿は見えないんですが。じゃ、マスター。夏が終わったら、またお会いしましょう」


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