#3 くたばれ! ブラック企業(ついでにハゲ部長)

「これはなんだね? 黒務君」

「何って、辞表ですがな。そんなことも分からないくらい耄碌しちまったんですか?」


 雅との同棲生活、一日目。俺はいつも通りの時刻に家を出た。ただし、それまでとは違って、羽よりも軽い足取りで。

 スーツの胸ポケットに忍ばせていた『辞表』という最強アイテムは、自身の重さ、というステータスを著しく下げる効果があるみたいだ。


 そうして、それをハゲの机に叩きつけてやった。最高の気分だ。


「も、耄碌……だと? いつからそんなに偉くなったんだ、君は」

「何言ってんすか。偉さは頭髪の量で決まるんですぜ? それでいうと、部長は平社員で俺は常務ですね。がっはっは!」


 退社を決断した人間は強い。なんせ失うものがないから。


 もし、このハゲが怒りにまかせて暴力をふるってきたならば万々歳だ。民事裁判で当面の生活資金を稼ぐ事が出来る。


「君は……そこまで思い詰めていたのか……すまん。部下の変化に気が付けなかった私の責任だな……」

「……へ?」


 なんか、風向きが、変わったような。


「私もな、この会社の体制には不満がある。でもな、黒務君。それでも働かなければならない。嫌な上司に媚びへつらわなきゃならない。私には妻も子供もいる。だから、下手なことをしてクビになる訳にはいかなかったんだ。だが、それで君を退職まで追い込んでしまった。本当に、すまない……」


 そんな……部長……。


「それ、どっかの本で読んだことありますよ。退職を決めた部下の引き留め方、みたいなので」


 あまりにも浅はか過ぎます……。


「チッ。バレてたのか。あのなぁ、部下がやめると上司の責任にもなるんだよ。だからやめるな」

「知らねーよハゲ。勝手に怒られてろ。そんじゃ俺は帰る。二度と俺の前に姿を現すんじゃねーぞ。分かったな!」


 決まったな。別れ際に放ちたい台詞ランキング第二位を実行出来た。

 それだけでこのゴミ企業に三年を投じた意味もある、というものだ。


「~~~!」


 背後から部長が何かを言っている気がしたが、何言っているかは分からん。


「はっはっは! 後ろ髪を引かれるような感情はございませんで! 部長には引かれる後ろ髪もないっすけどな! ブフッ!」


 悪口のステータスが限界突破しちまったな。これ以上俺の人間性が損なわれる前にこんな場所はとっとと去っちまおう。


 そうして、俺は、三年間という長い年月を捧げた会社を辞めたのだった。


 で、帰宅したら、なぜか全裸の雅がリビングにいたのだった。

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隣の部屋のおっさん系VTuberがあまりにうるさいので文句を言いに行ったら、出てきたのは美少女JDだった。 月原蒼 @tsukihara_sou

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