#2 ここは俺の部屋だぞ

 場所は変わり、自室。

 一応の落とし所を見つけた俺達は、一旦解散。そもそも俺は風呂にすら入っていないから、今から風呂に入る。


 ちなみに時刻は正午過ぎ。もう会社に行くつもりはない。

 スマホを見ればそれはそれはおびただしい数の不在通知、押し並べて『ハゲ』

 問題発言をしてしまった学校の職員室ばりに電話が鳴り響いていたのだろうと思うと、少しばかり面白いし、かなり怖い。


 しかしそんな恐怖ともおさらば出来る。なんせ俺が組んだ相棒は天才だから。


 もっとも、配信業の厳しさを一ミリたりとも理解していなかったからこそ、こんな鼻の高いギャンブラーも苦笑いするレベルの人生賭博に足を踏み出せたのだろうが。


 シャワーを浴びながら、思考。


 そもそも、雅が売れる為には何をすればいいのだろうか。

 前提として、泊魔出酒剛などといういかがわしいキャラクターはどうにかするべきだとして……でもなぁ……。


 少なくとも七人は、あれのファンって訳だし。


 多くの人員を獲得する為に少数を切り捨てるってのは常套手段だが、趣味や娯楽の観点で言えば、生放送に訪れていた七人のファンを切り捨てることは、どうにもしたくない。


 そんなの、うちの会社と変わらない。吐き気がするほど大嫌いなあの会社と。


「つーことは、どうしてもあのおっさん系を活かすスタイルでやっていく必要があるわけだ」


 うっわ、無理ゲーじゃん。

 偏差値30のバカを名門大学に合格させる方が遙かに容易いだろう。


 おっさん系で、人気が出る方法……ねぇ……。


 長考。実に五分。その間も手は動く。


 さらに五分。結論、一旦は保留。

 理由は単純。シャワーを浴び終えたから、だ。

 風呂場を出て、脱衣所へ。髪を軽く拭く。身体も同様。

 ある程度の湿気が取れたら、俺はそれでいい。いつも通りの全裸に腰巻きタオルスタイルで脱衣所を後にした。


「さて、牛乳牛乳。風呂上がりのコレが一番効くんだよなぁ」

「あ、お疲れ様です。牛乳の賞味期限切れてたんで捨てときましたよ。お腹壊したら大変ですし」


 おっさん。もとい。おっさんの皮を被った女子大生がいた。


「お、おまま、お前! なんでこの部屋にいるんだよ!」

「え? いちゃダメなんですか?」

「ダメとか以前に! どうやって入った!」

「鍵開いてたんで」

「あ、そっか」


 じゃあまぁ、納得出来なくも……は?


「いや、鍵が開いてたら入っていいわけじゃないだろうがこのボンクラ! ていうか! そんなことよりもっといかがわしい一言があったなぁ!?」

「え? なんですか?」

「人の部屋に勝手に上がり込むだけならまだしも、なんで冷蔵庫開けて牛乳の賞味期限をチェックして、挙げ句の果てに捨ててくれてんだテメェは!」

「いや、クロムっちは生活が荒んでるからそこは面倒を見ようかなーって。さっきも言いましたけど、お腹壊しちゃったら大変。いたいたになっちゃいますよ」

「一つ、良いことを教えてやろう」

「え?」

「賞味期限が一週間とそこら切れてるだけの牛乳で腹を壊すようなら、今の会社で三年間も生き延びてない」


 多分一ヶ月で死ぬぞ。

 あれは俺のメンタリティとバイタリティとその他様々なほにゃららリティが生んだ結果だ。


 俺が成績1位なのも、気付けば俺が若手の中では一番先輩になってしまったからに他ならない。ま、嘘は言ってないだろ。セーフだ。


「……私はクロムっちが心配です」


 不意に、そんな言葉を零した。

 彼女の顔は、先ほどまでのバカ丸出しのアホ面ではなく、儚げに、誰かを心配するような、そんな表情。思わず、見蕩れた。


「知るか。牛乳買ってこい」


 が、俺の風呂上がりの至福を奪った罪はあまりにも大きい。


「そんなぁ、たかが牛乳ひとつでそんなに怒ることないじゃないですか」

「分かった。じゃあお前の部屋の冷蔵庫にあるであろうカシオレを全部俺が飲んでやろう」

「ぶち殺しますよ」

「そういうことだよ」


 ほぼほぼ初対面だと言って差し支えのない相手にぶち殺すとか、どういう教育を受けてきたんだろうな、コイツ。


「はぁ、じゃあ後で一緒に買いに行きましょう。その前に、男のクロムっちに頼みがあります」

「その言い方は性差別だぞ」

「うるさいですね。ブラック企業に勤めてる人間がセクシャルハラスメントとか言い出さないでくださいよ」

「それに関しちゃ職差別だ」

「はいはい。じゃあ一旦私の部屋に行きますよ」

「お、それは概ね同意」


 こんな小汚い、ゴキブリホイホイの方がまだ住み心地がいいだろうこの部屋にいるくらいなら、JDの良い香りが漂うファンシーなお部屋にいたいのだ。

 ちなみに、またベッドに寝かせてもらえたりはしないのかい?


 部屋に着くなり言い渡された指令は、俺がベッドではしゃぐのとは大きくかけ離れたものだった。


   ■


「で、なんで俺が雅の配信機材やらパソコンやらを、俺の部屋に運んでいるんだい?」

「いやー、実はですね、配信に耐えかねたクロムっちとは反対の住人からも度々壁ドンされてまして。クロムっちの部屋は角部屋じゃないですか。だから配信部屋にさせてもらおうかなと」


 ふむ。周りの迷惑を考えることが出来ている点については高評価だ。

 

 けどな。


「じゃあ俺、どこに住むんだよ」


 俺に対する迷惑に関しては何も考えちゃいないだろ、コイツ。

 俺は嫌だぞ、毎晩どんちゃん騒ぎをする女子大生の横で寝るのは。


 ……あれ? 意外と悪くないのでは……?


「いいじゃないですか。私の部屋で」

「あぁ、部屋を交換するってこと? ……いや、それじゃあ結局俺は雅の隣人じゃん。騒音に悩まされる日々が続くじゃないか」


 意外と悪くなくなかったな。クソだクソ。


「いや、一緒に住めばいいじゃないですか。生活リズムも合わせましょうよ」

「誰と」

「いや、私と」


 ――何を言っているんだ?


「いや、意味が分からん」

「クロムっちは私のマネージャーをして、私はクロムっちのお世話をする。それなら同棲が正解じゃない?」

「不正解かもしれないけど――」


 その相手が普通にまぁまぁ美少女なJDなのであれば。


「及第点ってところかな」


 おっさんの皮を被っていなければ、恐らく百点満点だっただろうよ。

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