あと何回「好き」と言えばあなたに届きますか?
藤咲悠多
あと何回「好き」と言えばあなたに届きますか?
「ねえ、よっちゃん」
セミがミンミンと鳴く、蒸し暑い夏の日。
学校からの下校途中、アイスを買ったコンビニの前で袋を開けながら、あたしは隣に座る親友に声をかける。
「ん、どしたんゆいっち」
ソーダ色に煌く氷菓をシャクシャクとほおばりながら、よっちゃんは聞きの体勢に入った。
汗で貼り付いて微かに透けた彼女のTシャツに、水色の下着がそっと浮き彫りになっているのを見て、あたしはわずかに視線を逸らした。
そして一拍。息をひとつ吸って、まっすぐに、雲一つない青空を見上げる。
「……好き」
「お、その新作そんなに良いんだ。じゃあ私も一口もらっていいかな?」
親友はあたしを見上げ、ニッと笑った。
「そういう意味じゃない」
「んー?」
「よっちゃんのことが、好き」
本人を見ないように、淡々と、あたしは言う。
何気なく言ったように見えるかもしれないけれど、心臓が痛いくらい早鐘を打っている。
この顔の熱さは、果たして気温の高さだけが原因なのだろうか。
そう、あたしは親友のことが好きだ。友人としてではなく、恋愛対象として。幼稚園のころから、ずっと一緒にいる中で、あたしの想いはゆっくりと変わり、そして膨れ上がっていた。
もうこの気持ちを抑えきれる自信がなかったから、あたしは彼女に「好き」と言い続けた。登校中も、休み時間も、一緒に遊んでいる時も、毎日のように言い続けた。でも、
「ありがとー。私もゆいっちのこと好きだよー」
返ってくるのはいつも、同じ言葉。
無邪気に笑う彼女には、何も届いていない気がした。
嫌われていないだけ良いと考えるか。友達でいられるだけありがたいと思うべきか。
「……そっか。良かった」
じわじわと、汗が服に貼り付く。セミたちの鳴き声が耳に木霊してくる。
「もし答えてくれたら」って、何度も思った。現に答えてくれてはいる。
それでも、あたしは満足できなかった。0か100か……そんな両極端でいいから、はっきりとした答えを出して欲しい。
それなら、もっと向こうに伝わるように、はっきりと「恋人になりたい」と言えばいいと思われるかもしれない。あたしもそれは同感。だけど、「恋人」と言って、もし拒絶されたら……それを想像しただけで、全身から血の気が引く思いがする。
心の奥底では結局のところ、このままでいいと思っているのだろう。
友達として「好き」だと言ってもらえれば、それで充分だと。
アイスを分け合いながら、時間が過ぎていく。
有意義なことをするわけでもなく、時折思い出したように雑談をする。そんな、怠惰にも見える二人の時間が、とても愛おしく感じられた。
空が黄昏に染まり、あたしたちは帰路に着く。途中までは同じ道だけど、最後には別れなければいけない。まるであたしたちの今後を暗示しているような気がして、この瞬間が一番嫌いだ。
「……じゃあ、よっちゃん。また明日」
「うん、また明日」
笑顔で手を振るよっちゃんに見送られながら、あたしは別の道を行く。
「……あ、ねえ、待ってゆいっち」
急に呼び止められて、あたしは振り返った。
「どしたん?」
「……私も、ゆいっちのこと、好きだよ」
あたしの親友の顔は、黄昏に反射してよく見えない。
でも、きっと、いつも通りの意味なのだろうと。
「……そっか。ありがと、あたしも好き」
また明日……あたしはそう言い残して、彼女に背を向けて歩き出す。
こんなに「好き」って言ってもらえるんだから、あたしは幸せ者だ。
~~~~~
ゆいっちの背中を見送っていると、キュッと胸が締め付けられる。
ああ、今日もまた届かなかった。
ここ最近、ずっと、「好き」って言われ続けていた。
あの子からしたら「友達として」の「好き」なのだろうけど、昔から想いを募らせてきた私にとっては、自分の気持ちを伝えるチャンスだった。
だから私は、ずっと「好き」って返し続けた。
……ねえ。
――あと何回「好き」と言えば、あなたに届きますか?
セミがうるさい夏の夕暮れ、誰もいない隣に向かって私は呟いた。
あと何回「好き」と言えばあなたに届きますか? 藤咲悠多 @zakira753
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます