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ブーカン

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 息子がなにやら真剣な顔をしている。

 テーブルについてから、長いコトそうしてうんうん唸っていた。そんな彼の手元にあるのは、一枚のザラ半紙。


「……決めた!」


 息子の突然の大声に、私は皮むき中のお芋さんを取り落としそうになってしまった。


「……なにもう? 急に……」

「……俺、看護学校いくわ」

「……は?」


 振り返って、私はもう一度、「はぁ?」と言った。


「看護師、目指すわ」

「ちょっと……」


 私はシンクにお芋さんを放り投げ、息子の傍に寄っていく。

 彼の手元にあったのは、「進路希望調査」の用紙だった。うんうん唸っていたのは、これが原因らしい。


「……アンタ、四年制の社会学部か文学部って言ってなかった?」

「やめた!」


 私は大きくため息を吐くと、手を拭いながら息子の対面に腰を下ろす。


「アンタ、今の状況見て判んないの? 看護師なんて、なってもキツイわよ?」

「……母ちゃんがそれ言う?」

「まぁ、そりゃそうだけど……」

「キツイのは母ちゃん見て知ってるよ。今の時期なんか、特にヤベーよね」

「だったらなんで……」


 こめかみを抑えながら項垂れる私に、息子が「頭いてぇの?」と心配する。


「……ン。ダイジョブ。いつもの……。それよりアンタ……」


 ひとつ首を振って顔を上げた私は、戸惑った。

 息子が、私を直視していたことに。

 いっつも気恥ずかしそうにして顔を逸らすのに、今はただ、私をまっすぐに見つめていたことに。


「……佐々木のおじいちゃんいるじゃん? 毎年、年賀状くれてる」

「……うん」

「すげぇよな。俺が幼稚園の頃からだから、もう十年以上だぜ? たった二カ月の入院で世話になった看護師に、年賀状送りつづけてんの。しかも、全部手書きで、細かいメッセージもつけてさ」

「……まぁ、佐々木さんは機械苦手だって話だったしね……」

「で、今年もちゃんと来たじゃん? 年賀状。『大変だろうけど、私と同じように、きっとアナタの助けが必要な人がいます』って」

「うん……」

「なんか俺、感動しちゃったんだよね。それからちょっとずつだけど、看護師っていいなぁ、こんなに感謝される仕事って他にあるんかなぁ、って思うようになってさ」

「……それで看護学校?」

「うん」


 「安易すぎない?」と言おうとして、私は言葉に詰まる。

 思えば、私自身はどうだっただろう?

 私が息子と同じ年の時は、どう考えていただろう?

 担任や面接に対しては、ていのいいことを言ってた気がするけど、本心は、看護学校を志望したのは、確か……「安定して仕事になりそうだから」……。


「……母ちゃん、どこの学校だっけ? 駅前の〇〇?」

「あ、うん……。そうだけど……」

「資料請求できるか、ホムペ見よっと。男多いといいな~」


 でもそんな私も、戴帽たいぼうのときには思っていた。

 立派な看護師になりたい。

 なっていきたい。


「で、どう? 母ちゃん的には賛成になった? 反対のまま?」


 あの頃の私は、今の息子の考えを「安易だ」と言うだろうか?

 「キツいからやめとけ」ってさとすだろうか?

 たぶんきっと、「じゃあ、一緒に頑張ろう」って言うんじゃないか?


「……お父さんへの援護はしないわよ。自分で言いなさい」

「当然。……まぁ、父ちゃんは母ちゃんより楽勝だわ」

「キツイのと、生きた人間が相手だってことは、今からでも肝に銘じときなさいよ」

「うん。判った」


 まさか息子に、こんな不意に初心を思い返されることになろうとは。

 よし。

 今夜も頑張ろう。


 私は立ち上がってキッチンに戻ると、お芋さんを拾って皮むきを再開した。




*****

【あとがき】


相互でフォローしていただいている佐倉さんの、「医療関係者を応援するお話を書きたい、創作関係の方にご協力いだけると嬉しいです」とのつぶやきと作品を拝見しまして、自分も何か、と思って書き上げました。


佐倉結衣さん プロフィール

https://kakuyomu.jp/users/yui_0830

佐倉さんのお話。「私のお母さん」

https://kakuyomu.jp/works/16816452221408648537


私の場合、自身も身内も医療関係の人間はいませんが、「進路」という「スタートライン」に誰しも思うところを重ねたお話です。

誰に限らず、お読みいただけた方の心に少しでもプラスに働くといいなと願ってます。周りにいらっしゃる医療関係の方に広めていただけたらなお嬉し。


このカクヨムの場には、「作る側」の方も多くいられると思います。

「私も何か」とちょっとでも感じたなら、佐倉さんの発案に心動かされるものがあったら、「医療関係者」(に限らずともいいと私個人は思います)に応援・感謝を伝えるものを書いてみませんか?

独自に書いてもいいでしょうし、(私が勝手に流用させてもらった)「医療従事者応援・感謝作品」タグをつけてもいいと思います。


お話を考えたことで、個人的にはなにより、自分自身への励ましにもなりました。

筆休め(指休め?w)にでもいいと思います。


末尾にて、皆さまのご健康と、早く安らかな日々が戻るよう、祈念いたします。

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