「隙魔…」

低迷アクション

第1話

“ねぇ、覚えてる?”


甘い声が耳元で囁く。僕は笑顔で頷く。


“最初のデートで、一緒に行った遊園地、楽しかったねぇ”


そうだった。あの時、彼女はジェットコースターに乗るのを渋る自身を引っ張っていった。


「これじゃ、どっちが彼女かわかんないね?」


マシンが動き、止まるまで、ずっと手を握ってくれていた彼女に思わず言ってしまった程、僕は情けなかった。


でも、それがちょうど良かったのかもしれない。気弱で引っ込事案な僕と

男勝りで素敵な彼女…


お似合いのカップルだ。


“ねぇ、覚えてる?”


再び、彼女が問いかける。


“初めて、この部屋に来た時、あなた、なんて言ったっけぇ?”


ああ、あの時の事か?


「ええっと、待って…そうだ!そうだね。あれは…“2人じゃ、ちょっと狭いかも!

よーし、早く出世して、バンバン稼ぐぞー“だ」


目の前の彼女が微笑む。同じように笑い顔を作る僕の頬を一筋の汗が伝う。


可笑しいな?楽しい、素敵な時間の筈なのに、何故、僕はこんなに焦っている?


“ねぇ、覚えてる?”


三度の声に全身が緊張していく。次は何を聞いてくる?彼女と同棲を始めた時の質問は終わったから…


頭が痛くなってきた。ああ、不味い。これは不味い…


“シゴトに疲れた貴方、先に帰った私は頑張って、心を込めて料理を作った。帰ってきた貴方は何て言ったっけぇ?“


(止めろ、止めてくれ!)


頭痛と一緒に始まった吐き気を抑えるように、蹲る。何処かで何かがブーブーブーブーとうるさい!


加えて、床に落とした視線は、自身に近づいてくる彼女の足を捉える。


“ねぇ?覚えてる?覚えてる?ねぇ?ねぇ?ねぇねぇねええええええ”


壊れたラジオのように囁き続ける彼女と、同じくらい耳障りな振動音、ブーブーブー…これは?…自身の目線の端の方で、スマホが着信を知らせている事に気づく。


全身に走る悪寒と迫った彼女から逃げるように、床を這い、埃だらけのそれを拾い上げると、通話ボタンを押し、耳に当てた。


「も、もしもし…」


「やっと出たな。おい“H”お前今、どうしてる?てか、大丈夫か?オイッ!?」


電話に出るんじゃなかった。どうにか絞り出した声を、相殺するくらいのドラ声に不快な気持ちがもっと酷くなる。


コイツは“T”だ?相変わらず、デカくて、うるさい声…しかし、今はそれ所じゃない。がなり続ける携帯と一緒に、自分に追いついた彼女が耳元ではなく、しっかりと自分の頭を抑え、言葉を流し込んでくる。


“ねぇ?覚えて”…「にかく、今、そっちに」…“貴方が”…「が行ったから」…

“私が顔を抑えて泣い”…「だから、後は」…“何て言っ”…「は、お前次第だ」…


二つの音声に、頭が限界に達した時、一際不快な轟音が響いた…



 “Hが電話に出なくなった”


友人達との全体LINEで、それが流れたのは10日前、だが、当時のTにとって、特に気にするような事ではなかった。昨今の緊急事態で、人と人の繋がりが希薄な昨今…最初の頃は、オンライン飲みやLINEでの会話に興味を示した彼も、今では既読を付ける事すら、億劫になった。


こんな状態を踏まえ、何が出来る訳でも、する訳でもない会話の羅列に興味が持てないのだ。

何より…


(まぁ、Hだからな。皆、察しはついてんだろ)


外に出れない(一部のアホは出まくりらしいが)馬鹿だらけの時代の暇つぶしに

付き合わされるのはゴメンだ。苦笑いを浮かべ、ポケットに仕舞おうとする手の中で

スマホが再び振動し、思わず確認してしまったのは、自身も何だかんだいって、

“馬鹿”と言う事らしい。書かれていた文面のおかげで、更に、それが証明された。


“確か、Tは隣の市に住んでたよね?何か知らない?”


配慮も考慮もなし…惰性で身勝手な誰かの発言に、他の仲間達が追随し“確認すべし”の絵文字スタンプや、文面が無責任かつ大量に手元の画面に並んでいく。


断る術を断たれ、安否確認を強制されたTの頭に、丁度良い同行者の顔が浮かんだ…



 「やっとゴミ溜めから出れた俺を、また厄介事に巻き込むのか?」


アルコール中毒者の矯正施設から出たばかりの“J”は、そう言って顔を歪める。根は悪くない。だが、彼はいささか融通が効かない友人だ。本人曰く、


“俺が殴るのは、礼に欠ける奴と周りに迷惑かける奴。女と家族には一度も手を上げた事がない”


が自慢らしいが、過度のアル中で、2年前に乗った電車で、絡んできた酔っ払い2人を病院送りにした後…自ら、警察に赴いた結果、入院となった。


酒を飲まなければ、好青年(非常に危なっかしいと言う表記がつく)の彼は、素面の時は頼りになる存在だ。それに…何かあった場合でも、コイツなら、誰も悲しまないし、気にしない、多分…(家族とは現在、復縁に向けて調整中とか言ってたし)


非常に非情なTの打算的目論見を知ってか知らずか、

JはTの申し出に皮肉を返すも、同行に対して、依存はないようだ。



「Hは確か、結婚してたよな?………俺が入ってから、その…代わりはあったか?」


少し間を置いて、Jが尋ねる。しっかりと友人の事を覚えている所を見ると、頭は正常のようだが、油断はできない。Tの話に彼が求めた見返りは自身の手から下がる袋の中身…


時折と言うか、頻繁に視線が自分とそこを上下している。


「いや、変わってない。1ヵ月前に全体LINEで失業手当が止まるとか言ってて、

それ以降は連絡なし…多分、あ・の・ま・ま・だ」


「成程な」


頷くJは自身のスマホをこちらに見せる。


「それは?」


「お前から連絡を受けた時、アイツにショートメール送ってみた。LINEメンバーからは

外されていたからな。


内容は簡単“久しぶり、今、どうしてる?”的なアレだ。その返事がこれだ。


“今、彼女といるよ”


代わりがないって事は、彼女さん、まだ、あ・の・ま・ま・だ・ろ?可笑しくねぇか?」


淡々としたJの言葉に、Tの背筋が粟立つ。


只の安否確認のつもりだった。恐らく鬱々のHを見て、差し入れ渡して帰るだけ、だが、Hの文面で杞憂が一気に不安に変わる。


あいつがよっぽど狂ってなければ“彼女といる”なんて文章を寄越す筈がない。

一体、何があった?


立ち竦むTを見つめるJが口を開く。


「こっからは病み上がりの馬鹿の話として、聞いてくれ。まぁ、それに、お前が好きそうな話でもある。学生時代、よく創作怪談を聞かせてくれたろ?あんな感じだ。


2年もゴミ溜めの収容所にいれば、同じようなゴミ溜めのどうしようもない、底辺連中と仲良くなる。あそこから早く出るためには、大人しくしてる事が一番だからな。


そん中に、自称“民俗学”の教授殿がいてよ。そいつが言うには、人の世が怪しくなってくると、奇怪が蔓延るって言うの?何か可笑しなモンがいても、皆、自分の事手一杯で、


気にしてらんなくなる。だから、連中も好き放題に、深淵とか暗闇から人間の住む場所まで這い出てくるって話だ。水木先生とかはブリガドーン現象とも言ってた。こっちはちょっと性質違うけど、大方似たようなモンだな。


アイツ等は決して大がかりな事はしない。狙った相手を見つけて、その家に入り込む。家の選定は簡単、問題を抱えてる所だ。この国の人間は我慢が好きだ。


上司にいたぶられても、家庭でないがしろにされても、子供を犬みたいに扱っても、誰も声を上げない。発覚した時はもう喋れない。ちょっとは国営放送で放送してくれるかな?


政府の犬に成り下がった馬鹿放送、三権分立関係なし、国に対する発言がよろしくない奴の放送は字幕テロップ無しのあからさま…


どっかのアホ丸出し大臣が脳無し全開で言ってたな?


“貧困が広がるのは、若い奴等がすぐに結婚して、子供を作るからだ”


子づくり推奨を掲げて、それを助けるべき政府が他人事…ああ、言い出したら、止まらねぇから、ここでストップ、とにかくスカスカのガバガバ、少し、下品か?構わねぇな…の、この国は隙間だらけ、あいつ等“隙魔(すきま)”…学者先生はこう言ってたな。の奴等にとっては、豊富な餌場が広がってるって訳だ」


「ちょっと待て…」


頬が上気し、爛々と目を輝かせるJを制止するように声を被せた。やっぱり駄目だ。まだ、正気じゃない。


「隙魔?おいっ、それって妖怪か?」


自分の顔に一瞬、浮かんでしまった嘲りを悟られたようだ。Jが諦めたように肩を竦める。


「妖怪はあり得ないって言いたいか?おいおい、勘弁してくれよ。ワクチン刺して200人、いや、もっと死んでんのに、自分の利益と、米が名前のご主人様にケツ振りたい馬鹿共が


国家元首で、接種を推奨してる異常な国だぞ?それで、妖怪は無し?お前の方こそ、

どーゆう神経してんだ?それに…」


「それに?」


言い争いを避けるように、Jの言葉尻に食いつく。彼の言ってる事は正しい…正しいが、それを認めれば、常識が…自身の足元全ての根底を揺るがしてしまう恐怖を覚えた。いや、これこそが、今の時代に足りない意識か?


安寧な暮らしに突如現れた“異常”を排除する訳でもなく(出来ないの間違い?)

“あり得ない”の一言で、2つの目を無理やり背ける、この国の生活は、後何年続くのだろう?


Tの絶望に近い表情を汲み取ったのか、Jが先程より柔らかい調子で喋り出す。


「学者先生は実際に体験してる。そのせいでゴミ溜め行きになった。あの、よう…いや、そう言う特性を持った未確認生物と言おう。


ソイツは家に入り、家族の1人に擬態する。先生の場合は娘さんだったそうだ。

夫に死なれ、子供をネグレクト(育児放棄)してた崩壊家庭…先生が乗り込んだ時は


娘と孫は食われてた。先生は全てを見た。娘さんが、死ぬまで、夫だと思っていた異形の姿をな。そっからは執念の追跡…相手の住処は山の穴ぐら、住宅地が見えるくらいの近場に

いた。


驚くよな?


よく“恐怖は身近に…”なんて言うけど、マジで目と鼻の先だ。


そこに先生は火をつけて、全て燃やした。おかげで周辺住民に通報され、娘が死んでからのアル中履歴と、タイミング良く重なった、死んだ娘と孫の悪臭不審からの、ご近所通報で、化け物の罪、全部、おっ被って収監中って訳だ。死体は残ったって?勿論、碌に解剖もされずに、イノシシか野犬の判定、警察も忙しかったからな。あの時は、国内感染者も出始めてたし…


全く酷い話だ。でも、最後に、先生はこう言っていた。


“私が穴に入った時、中にいたのは一匹だった。こちらに向かってくる彼奴めに夢中で

灯油を浴びせるのに忙しく、それ所ではなかったが、今は確信を持って言える。

居住スペースの構造や、地面に散らばっていた骨などの、生活様子から察するに、

アレはもう1匹いる”


そして、件の山が今、俺達の住んでる町を見おろす場所だと言ったら、お前、どうするよ?」


Jの言葉に、Tは1年、いや、2年前、一度だけ報道された事件の内容を思い出していく。確か、あの頃は、横浜に来た船の乗客を降ろすか、降ろさないかの話で、それどころではなかった筈だ。


しかし、仮に、隙魔とか言う怪物?の生き残りがいたと、かなり無理に仮定して、

それがHの家にいると言う事に結びつくのは難しい。全ては憶測だ。


確かな話ではない。思案するTにJの言葉が重なる。


「わかってる。お前の言いたい事は、今は何処も問題だらけ、Hだけが特別じゃない。酷い話はたくさんある。


だから、こうしよう。俺がアイツの家に行く。隣近所は住んでるかわからない、

寂しい所だったよな?お前は病院に向かえ。アイツの彼女に会って、電話をしろ。


正気づくかもしれねぇ、俺は本人に会って、話を聞いてくる。何ともなければ、世間話でお終い…何かあれば、お前の持ってきてくれたコレを使って、解決さ。どうした?なーにを躊躇ってやがる?」


「いや、しかし、これは…さすがに」


やはり躊躇してしまう。そんなTの杞憂をガン無視の形で袋をひったくったJは中身を見て、感嘆の声をあげる。


「いいねぇっ!てっきり軽めのワインだけかと思ったけど、注文通りを揃えてくれたなぁっ!」


「ホントに大丈夫か?」


何だか、これのために、先程の話を全て、でっち上げたのでは?と不安になってきた。

Tの視線を読み取ったのか?Jは歯並びの悪い咥内を揺らしながら、愉快そうに答える。


「心配すんな。もし、何かあって、周りに聞かれても、俺が自分で手に入れたって言えばいい。アイツに、もっと早く…俺達がHにしてやるべきだった事を、やりに行く。準備はいいか?」


Jの持つ酒瓶が揺れ、音を立てる。Tは渋々と言った形で頷いた…



 音の人物はJだった。玄関口に佇み、こちらを見下している。


アイツは確か病院に入れられたって、しかも、手には酒瓶がしっかりと握られている…

危険な可能性しか思い当たらない。


「やっぱり、当たりか?随分と毛深い彼女だな?」


開口一番、大変失礼な台詞を吐いてくれる。コイツは昔からそうだ。Tと同じで…

一体、何なんだ?どいつもコイツも、僕と彼女の邪魔ばかり…


激痛が走る。原因は視界にチラチラする長い爪を見ればわかる。


彼女の指が先程より強く、頭に食い込んでいるのだ。とても怯えている。ん?爪?

長い爪?可笑しいな。こんなに長いモノか?人の爪と言うのは…?


「おいっ、今の音は何だ?Jが来たのか?だったら、早く思いだせ。今、お前の彼女に会ってる。病室からだ。だから…」


彼女?床に転がるスマホを見た…何を言ってる?彼女はここにいるじゃないか?


今、あまりに不躾で失礼極まるJ目掛けて、全身の毛を逆立たせ、アイツに馬乗りになって、太い腕と長い爪を使って、首を締め上げている。


全身の毛?僕は今、何と言った?Tの言ってる彼女って誰だ?

混乱する頭を制するように、スマホより何倍も声量があり、人を怒らせる事に特化した

Jの怒鳴り声が響く。


「いい加減、正気に戻れや!テメェの不都合を見なかった事にするのは、人間の性だけどよ?そんな事言ってたら、テメェ自身が喰われっぞ?


言いたくねぇなら、言ってやる。去年の夏、仕事でミスしたテメェが同棲してる彼女の顔を何針も縫うような怪我させて、病院おく…」


Jの叱責を遮るくらいの大声を出す。思い出した訳じゃない。わかってる。

全部、わかっていたんだ…


あの日、仕事上の細かいミスを上司にねちねちと指摘され、そのせいで、残業を強いられた僕は、夕食を用意してくれていた彼女の笑顔を見て…


「おかえり!遅かったね(ここで、僕の頭の中で“プチッ”って、嫌な、

鳴ってはいけない音がした)ご飯出来てるよ~」


「・・・・・」


無言で部屋の中を進む。食卓につく僕は、彼女が運んできたビールのプルトップを開ける。


「お仕事大変?あまり、無理しないでね。私もがんばるからさ」


(そりゃ、そうだろ、お前は定時に帰れる安定仕事、俺はいつまで経っても、残業、残業の契約社員、本来なら、今年、正社員になれる筈だったのに、国中がこんな事になっちまって、


向こうは首切りすら考えてやがる。そうだ。だから、あんな簡単なミスであれだけ

ネチネチネチネチ)


プチプチプチプチチチチ…嫌な音が連続して鳴り響く。駄目だ、いけない。こんな事は…


自身の中で何かが限界まで来ている事を自覚する。そんな僕を見て、心配したのか?

彼女が…


「ねぇ?大丈夫?」


と言った。


「お前さ、悪いけど、大人として、言わせてもらうけど、頭大丈夫?

早く、医者に診てもらえな~」


上司が退勤間際に言った。


次に気が付いた時、僕は割れた皿を掴み、顔を抑えてうずくまる彼女の前で喚き散らしていた。


「お前さ、大丈夫、だいじょぶ、だいじょぶー?だ・い・じょ・う・ぶ・ぶぶぶぶう~?


ううう、うっせーんだよ!!この野郎、テメェ等なんかに、俺の体の何がわがんだよぉおおお!


大丈夫な訳ねーだろ?今、何時だと思ってんだ?朝から、今の今まで、クソ豚上司に

なじられて、ボロクソにされて、オマケに職場からここまで、何分?


20分!ハイッ!正解~!


お前が気ぃ利かせて、こんな職場近くのボロアパート借りたんだもんなぁ?ふざけねんじゃねぉぞおぉっ!この馬鹿女、全部、お前のせいだ。せい、せいせいせいせいせいせいせい!」


散々、怒鳴り散らした僕を止めたのは、騒音に怒鳴り込んできた、隣室の住人が呼んだ

管理人…彼女が顔面から血を流しながら、警察を呼ぶのを止め、僕は仕事に行かなくなり、今に至る…


最初からわかっていた。全ては自分のせい、彼女は懸命に僕を支えてくれた。


それなのに‥


「僕が彼女を…彼女を傷つけたんだ。わかっていた。わかっていたのに」


「よく言った、もういい、それで充分だ!」


Jが吠え、自身に被さっていた毛だらけの、犬よりデカい何かを蹴り上げ、

立ち上がる。


「マスター…って、いねぇか?まぁいい、一曲頼むぜ、曲名は“FIRE WARS”

ここは寒いな?暖かくしよう」


おどけた風に、肩を揺らしたJが酒を煽った後、立ち上がった何かに吹きかける。


威嚇の声を上げた、それが身を屈めた刹那、火のついた紙切れが宙を舞った。


焦げた臭いが辺りに充満し、全身に火の粉を散らした人位の犬風の生物(最早、訳がわからない)が、悲鳴のような鳴き声を上げながら、外に飛び出ていく。


「一体、何が…」


静寂が広がる中で、呆然とした僕の目線に合わせるように、腰を落とすJが

瓶を差し出した。


「とりあえず、飲もうぜ?お互いの出所祝いに」…



 「外に出てからも、学者先生とは連絡とっててな。それによると、

あれは、元々、男尊文化に虐げられる妻、女性を助け、夫を懲らしめる存在として

伝えられていたらしい。懲らしめが成功した暁には、アレが住む祠にお供えをしてな。


夫婦の隙間を埋める存在…それが、文明の発達と共に、存在を失われ、人々から忘れられた結果、只の人喰いに変わった。昔の風習、自身の手順を残しつつな。


言い伝えではこうだ。もし“夫が隙魔に悩まされ、改心を見せた時は、自己を思い出させた後、火を炊け、さすれば、隙魔は退散すべし”


昔の妖怪とか、西洋の悪魔祓いであるだろ?自身の名前、本名を言われたら、退散、消滅的な、アレと似てる。Hが自身の本当の女の事を思い出した時点で、こちらの勝ちは決まった。


火をつけたのは、やりすぎだったな、動物愛護の連中がうるさい」


と言う事は、隙魔は生きているという事か?酒臭い息を吐き、陽気に話すJを見ながら、Tは寒気を覚える。スマホごしに聞こえてきた、あの唸り声は、今まで聞いた事のないモノだった。Jの言っていた事は正しかった。自分はとんでもない事に片足を…いや、もうハマっている。


「アイツはどうした?」


「少し、酒飲ませて、ちゃんと彼女と話してこいと伝えた。後は野郎次第、俺達の関わる事じゃねぇ」


「そうだな…」


Jの言葉に一応の納得をする。だが、Hは本当に大丈夫なのか?普段は物静かで温厚…しかし、ストレスに耐え切れず、最愛の女に手を上げるような男が再び、良い関係を築けるのか?


連日、目にする悲惨な報道が頭の中を駆け巡る。子供殺し、DV、煽り運転に無差別殺人、頼るべき国家は複雑、歪曲化する社会についてけない。そんな隙間、人の狭間に


今回のような闇から這い出た者が邪悪な手を伸ばす。昔のように、自然と共生できなくなった社会は、彼等の存在を認知できない。連中にとっては、狩り放題の光景が広がっているだろう。


学者は1匹と言っていたが、とてもそうとは思えない。一体、誰がそれに気づき、誰がそれから…


「おい…!」


ぶっきらぼうなJの言葉で、我に返った。見れば、頭をひとさし指でトントン叩き、こちらを窺う仕草をしている。


「あんま、考えんな。俺達、頭よくねぇんだからよ。


いいか、お前がどう思うかはしらんがな。これだけは言える。どんな世の中になっても、どんなヤバい事が起きても、


それを皆が“正しい”って言ってもだ。誰か1人、1人でいい“いや、可笑しくね?”


って言う奴がいる限り、大丈夫だ。最後は人間が勝つ。何故かって?ソイツが戦うからさ。文字通りの死に物狂いで」


それは、アル中で、社会不適合者全開の自分の事を言ってるつもりか?自身満々のJの顔に思わず笑ってしまい、笑いと少しの安心ついでに、Tは問いかける。


「…なぁっ、オイッ」


「あんだよ?」


「こんな不安だらけのヤバい世の中、誰を信じて歩けばいい?」


こちらの言葉にJは少し考えた後、嫌らしく唇を歪めた。


「知・る・か・よ・?」…(終)

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