我らが愛しの赤ずきん
あさき れい
第1話にして最終話 その名――赤ずきん
むかしむかし、あるところに、とても可愛らしい女の子がいました。
ある時、その女の子のおばあさんが赤いビロードの布で、女の子のかぶるずきんを作ってくれました。
そのずきんが女の子にとても似合っていたので、みんなは女の子の事を、『赤ずきん』と呼ぶようになりました。
森が哭いているわ……。
窓から身を乗り出して、縄張りの森を見て思ったのが、それだった。
朝早くから農業に勤しむ村と違って、何だかざわついている。
「行かなきゃ……!」
あの森を魔女に破られたら最後、シュヴァルムシュタット郡の寂れた農村に明日は無い。
この村を危険に曝させはしないわ!
何て言ったって、私は〝赤ずきん〟。この村を守る、正義の自警団なんだから!
森の奥に住む下僕にどうお仕置きをするか考えつつ、私は鮮紅の外套を翻らせる。その内側に装備しているのは、銃銃銃。圧倒的な火力を手に、私は酷薄な笑みを浮かべる。
「さあ、蹂躙の時間(シヨウタイム)よ!」
マズルフラッシュが森を焼く。
十分にも満たない時間で、蹂躙は完了した。
野犬の死体が転がり、木々に銃痕が刻まれている様は、見るものを恐怖させるでしょ。私の縄張りだとしっかり刻んだわけね。
「だけーん! 駄犬ったら駄犬! どこー? 私が呼んだら三秒以内に来なさいって命令してたでしょー」
一、二、三……来ない。処刑ね。
『ご、ご主人様ぁ、助けてくださいぃぃぃ』
「あら、駄犬?」
きょろきょろ。周囲を見渡す私の目に飛び込んでくるのは、森だけだ。
『ここです、ここ。木ですぅ。おっぱいの大きい魔女に捕まったんですよぉ』
あらまあ。散々っぱら銃弾を浴びた木から、駄犬の声はあった。
「どうしたの? 木になるのがブームになってるとかそういうの?」
『違うわ、通信よ、通信! それより、あんたが赤ずきんね!』
何かが駄犬を押し分けたのか、ぶぎゅ、と潰れる音が聞こえた。
「誰?」
『わたしは西方に名高い〝枯葉の魔女〟ルキスナよ。名前くらい聞いたことあるでしょ?』
「知らない」
木の向こう側で時間の止まる音が聞こえた気がした。
『ま、まぁいいわ! あんたの大好きな駄犬は預かったから。この森の主はこの子なんでしょう? たった今からこの子はわたしの物。つまり、この森も私の物。わかった? なら回れ右をして大人しく村で繁殖行為でもしてることね、まな板。あはははは!』
「わかった。殺すわ」
『――え、あれ? 何で怖がってないの? わたし、魔女なんだよ? 怖いんだよ?』
戸惑う声を、銃声でかき消した。
「死体になれば一緒よね」
目指す場所は決まっている。森の中心地。生意気にも駄犬が住む小屋に、魔女はいる。
「ゴルァ、魔女! 出てこいやぁ!」
卑劣な魔女は、身を隠したまま一向に出てこない。魔法で生み出した犬や鳥を私にけしかけてくるだけ。消耗が狙い? だとすれば、あまりにも姑息。やっぱり処刑だわ。
森の開けた一画にある駄犬の小屋に辿り着く。かつて私と駄犬が争った場所。あの時、お腹を見せて服従を誓ったくせに、おっぱいお化けに尻尾を振るとは何事か。
「まずは先手必勝よね」
銃口にスティック型のライフルグレネードを装着。犬小屋へと射出。爆砕。
「悪は滅びた」
「待ちなさいよぉぉぉぉぉ!!」
瓦礫の中から現れたのは、煤塗れになった枯葉色の小娘。涙を浮かべた目を吊り上げて怒っているけど、そんなことよりも揺れた胸に私の視線は釘付けだった。
「ちっ、抉り損なったか」
「どこを!? じゃなくて、あなたって常識ってものがないの!? 普通は宣戦布告とかそういうのするものでしょう!?」
「嫌よ。時間の無駄じゃない。即殺でいいのよ、後腐れもないし」
私の言葉に魔女は衝撃を受けたようだけど、
「今、自分の使命をはっきりと理解した気がする……」
私へと敵意で溢れた視線を向けてきた。
どうでもいいわ。どちらにせよ、殺すのに違いはないんだから。
「駄犬! 生きているでしょ!? さっさと姿を現しなさい!」
「無理よ。だって貴方の駄犬、直撃を受けたんだもの。生きているわけ――」
「はぁい……全くいつも犬遣いが荒いんですから」
「生きてる――――っ!」
瓦礫を押しのけて現れたのは、二本足で立つ駄犬。お小遣いをはたいて買って上げた服はボロボロになっていて、灰色の毛並みが煤で黒くなっている。
「いやぁ、すみません。魔女の人、道に迷ってたみたいで」
「あんた、人良すぎでしょ。私以外の人間は全員悪人だと思えって教えたじゃない」
「やだなぁ、ご主人様が一番悪人じゃないですかー」
枯葉の魔女の足下が光り始める。
「……こうなったら、わたしの魔法で!」
「魔法円!? でも本体を殺せば、――っ!」
彼女に銃口を向けたのと、銃声は同時だった。
突如として私を襲った弾丸は、過たず私の太ももを撃ち抜く。
「仲間……ですって? 誰、が」
言葉に応えるように現れたのは、見知った甘いマスク。
「やあ、アンナ。助けようと思ってたんだけど、お金を貰ったから殺しに来たよ」
「マジ畜生すぎない、それ?」
彼は表情を崩さず、魔女を守るように立ちふさがる。騎士にでもなったつもりか。
「あんた、忘れたわけじゃないでしょうね? 私たちの村が、魔女に滅ぼされかけたのを」
「彼女は違うさ。胸が大きいからね」
とんだゲス野郎。女を胸で判断するとかありえない!
「アンナ、君は胸がとても小さい。見ていて涙が出るほどに。正直、僕は君を何度か男だと思ったことがある」
「え、それ今言うこと?」
身動きの取れない私の先で、魔女は魔法を完成させていく。
私は駄犬をそっと掴む。頼るように。駄犬はぱぁ、と表情を輝かせた。
「君は生まれ変わってボインになるべきだ。そうなったら僕のハーレムに加えてあげるよ」
「ぶっ殺す」
刹那、魔女の足下が光り輝く。
「うふふ、猟師様。感謝いたします。赤ずきん共々、地獄へと旅立ってくださいまし」
「えっ、な、何故だい!?」
言葉と同時に放たれたのは、極太の光だった。閃光が目を焼きつくさんばかりで迫り来る。あっという間に飲み込まれたアホ面の猟師は放っておいて、私は駄犬を放り投げる。
「駄犬バリアー!」
「きゃううううううううん!」
大望の前に犠牲は付きもの。ボロクズのようになって崩れ落ちる駄犬を横目に、私は魔女へ指をつきつける。
「こんなもので私が死ぬと思ったら大間違いよ!」
対する魔女は――絶句。悪魔でも見るような目で、私と駄犬に視線を彷徨わせている。
外套を翻して、一歩、踏み出す。太ももから血が出る。痛い。
「ひっ」
魔女が涙を浮かべる。
私は外套の中から愛銃のルガーP08を取り出し、
「弁解があるなら聞いてあげるわ、一応」
魔女へ銃口を突きつけた。
かくして村には平穏が戻りました。
赤ずきんことアンナは今日も村を我が物顔で歩き回り、下僕の駄犬と魔女を引き連れて満足気です。
そんな彼女の耳に、ラジオ音声が届きました。
『来る三日、我が帝國はかのフランス共和国へ宣戦布告をするものである』
村の平穏はまだまだ遠いようです。
〈了〉
我らが愛しの赤ずきん あさき れい @asakirei
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