第44話 それぞれのひと月 平助と林太

 時を戻し入牢した翌朝のこと、さくら姫は空腹で目が覚めた。


「おはようございます、朝餉をお持ちしました」


下男か牢番らしき者が、膳を持ってきた。格子の隙間から膳を座敷牢の中に入れると、黙って去ろうとする。


「待たぬか、おい、待たぬか」


さくら姫が声をかけたが、逃げるように階段に向かい登っていってしまった。


「まったく、書物奉行といいあ奴といいどいつもこいつも愛想の無い」


掛布代わりにしていた長着をたたむと、髪を整え、膳の前に座る。


膳には、御飯、味噌汁、漬物がのっていた。


 普段ならそれで普通なのだが、空腹の今は少々物足りない。それでもとりあえず食事を摂れるのはありがたい、いただきますと手を合わせ頭を下げると、かんざしが味噌汁の中にぽちゃんと落ちてしまった。

 これはしまったと箸で掴みとり汁椀から取り出すと懐から懐紙を取り出し髪止めを拭く。ふとリンタの言葉を思い出した。


「姫様、おひとりで食されるときは必ずお使いくださいませ」と。


 簪はリンタ特製の物で、飾りの部分をくるりと反転させて、刃先の引き込み式のところを伸ばす。すると針のような銀の棒が出てくる。

 銀の部分を懐紙できれいに拭き取って、あらためて御飯、漬物と触れさせてみるが何も変わりはない。最後に味噌汁に浸けてみる。



──銀が黒ずむ──



さくら姫は、ぎょっとした。毒が入っている。


──なぜだ、どうして、誰が、何のために、──


 膳の前で座ったまま、硬直して頭の中をぐるぐると疑問がわいてくる。


──まさか爺が、わらわを亡き者にしようとしている……──


 さくら姫はさすがに背筋を凍らせる思いをする。


──そこまで……、そこまで……、そこまでしてあの森の事を隠したいのか。わらわを亡き者にしてまでも……──


 涙がこぼれた、悔し涙である。多忙な父に代わり世話をしてくれたそして信じていた瀬月にそこまでのことをさせたことに。そして、はっとする。


──まさか、ヘイスケも亡き者にしようとしたのか。ならばリンタもクラも……、あやつらは無事なのか。いかん、こんなところにいる場合ではない。確かめねば──


さくら姫はへこたれている場合ではないと目を光らせた。


※ ※ ※ ※ ※


 ふたたび時は戻り、さくら姫達が元秋屋で典翁の噺を聴いた日である。

 三ノ曲輪で瀬月家老頭により御役替えを申し付けられた後、場所を四の曲輪にかえて黒岩書物奉行と瀬月家老頭にあらためて平助と林太に理由を説く。

 四の曲輪は縁起を担ぎ、建物を建ててない。ただの広場である。それでは土地の無駄なので草木を植えて回廊式の庭園となっている。


「林太、歳は幾つになった」


「は、十と八つになります」


「平助はふたつ下てあったな、ということは十六か。ふたりとも姫様の守り役をよく務めた、今日こんにちまで無事なのはふたりの御蔭だ、この瀬月裕次郎義勝、感謝する」


 家老頭の瀬月が頭を下げたので、ふたりは慌てて地べたに正座して頭を下げる。


「御家老様にそのようなことをしてもらえる身分では御座いません。頭を、頭をお上げください。我らはただお務めを果たしているだけで御座います」


 林太が恐縮しながら願う。うまく話せない平助は黙ったままである。


「ふたりとも楽にしてよい。今から話すのは家老頭としてでなく、お前達の後見人として話すぞ。

 急な話で戸惑っているだろうが、儂の本心を話しておきたい。此度の件とは一切関係なく、そろそろお前達を守り役から外そうと思っていたのだ」


平助ほ思わず顔を上げる。


「ともに元服をとうに越えている歳だ、いつまでも姫様の守り役をさせておくわけにはいかぬであろう、それ故此度はいい機会だと思うてな、この黒岩と話して決めたのだ」


黒岩が言葉を続ける。


「御家老より相談されて儂もそうだと思った。前にもあったが、お前達をやっかむ者がいただろう。侍の出でもないお前達が姫様に気に入られているから守り役をやっているからという理由で、士分並の身分でいられるとな。

 だから各々がひとりで身をたてる事ができると分かれば、そんなやっかみも失くなるだろうと家老頭様の申し出に賛成したのだ」


 黒岩の言葉に林太は納得したようだが、平助はまだ不服の様だった。それを感じとった瀬月はやさしく説き伏せる。


「平助、姫様もいずれは嫁がれる。そうなれば男であるお主がついていく事はできぬ、ついていけば嫁ぎ先に要らぬ誤解をされるかも知れぬからな。さすれば姫様が困ってしまうのだ」


「でも俺いら姫様のそばにいたい」


「その気持ちは儂も嬉しく思う。だがなまわりの目がそれを許さんのだ。さらにだ、残されたお前達が立ち行かないなら嫁いだあと姫様は心配でいつまでも塞ぎ込んでしまうやもしれんのだ。寂しいかもしれぬが姫様の将来の為に離れてくれぬか」


「俺らがひとり立ちしないと姫様が困るんだね……」


「わかってくれたか」


「うん……」


平助はしぶしぶと頷いた。

 林太はすでに受け入れてるとみた瀬月は、黒岩にあとは頼むと言葉を残し、本来の勤め先である弐の曲輪へと戻っていくのであった。

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巫女姫剣士浪漫譚 さくら姫 舞う 藤井ことなり @kotonarifujii

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