第4話 水無神家Ⅱ


 水無神タイガ。

 齢60を越えた老人でありながら、まだまだ元気はつらつな自称“侍”。

 と言うのも、遥か昔の水無神家は武家の一族であると言うのが根拠であり、大昔……それこそ現在からおよそ500年前の江戸時代にその名前が連ねてあると言う書簡や文献などが、今でも平屋……道場の倉庫に保管されているためである。

 タイガ曰く、『我々水無神家が、現存する最期のサムライである』……だそうだ。

 そしてその根拠を裏付けるかのように、水無神家に伝わる物がもう一つ……。



「水無神新陰流の極意ッ! お前の骨の髄まで叩き込んで、その根性を叩き直さねばならぁぁんっ!!」


「悪かったって、じっちゃん!!」


「ええいっ! 問答無用じゃーー!!!」



 【水無神新陰流】

 それは歴史の課題で出てくる剣術流派【柳生新陰流】の流れを汲む流派なんだそうだ。

 柳生新陰流の名前は、剣道を嗜んでいる者や武道を歩む者ならば誰でも知っているし、時代劇の題材の中でも度々この流派の名前が出でくる。

 アキトの目の前にいる御仁……水無神タイガもまた、この水無神新陰流の正統継承者なのである。

 今では時代錯誤の天然記念物扱いされているのが悲しい現状なのだが、その継承者たるタイガに袋竹刀でものすごい勢いで打ち込まれているアキトも、タイガの弟子という事になる。



「ええいっ!! この馬鹿弟子めぇっ、もう少し師匠を敬わんかぁぁぁッ!!!」


「本音漏れてるっ?! だ、だからごめんてっ! カトウ教授から強引に研究を手伝わされてたんだって……!」


「なにぃ〜っ?!」


(あ、禁句だったわ……!)



 クリストファーの名前を出されて、さらに憤慨するタイガ。



「あの傲慢不遜のバカクリスの手伝いだとっ?!」



 なんとなんと、二人は大学生時代の同級生だったらしく、タイガはスポーツ推薦で入り、大会で何度も優勝し、新聞、テレビといったマスコミ関係者がこぞって取材に来るほどだったらしい。

 そしてクリストファーは、大学在学中に大手工業メーカーと正規契約を結び、多くの機械工学における論文を提出。

 世界中でその論文が評価され、タイガとは違った意味で注目を集めていた。

 そんな注目の的だった大学同期の二人……率直に言って、仲は超絶に悪かったらしい……。

 『傲慢』という言葉が死ぬほど似合うクリストファーと、筋金入りの『頑固者』であるタイガが、同じ学内にいて、衝突しない筈はない。

 以来、何十年来の付き合いにもなるのに、未だに不仲なのだ。



「彼奴め……ユキネだけでなく、アキトにまでちょっかいかけとるのか?!」


「うーん……まぁ、ユキ姉が元々研究の手伝いをさせられてたからなぁー……。

 同じ学校に通っている俺に声をかけるのは、必然の流れというか……」


「ならんっ! よいかアキト、彼奴は自分の研究のためなら平気で人を使い潰す卑劣漢じゃぞ」


「うんまぁ……それは知ってる」


「だからじゃっ!もう一切彼奴の研究には加わるでないぞ!? わかったなっ?!」


「わかったよ。でもそれ、カトウ教授に言ってくれなきゃな……」



 どんな言い訳を考えて、どんなに避けようとしても、あのマッドサイエンティストは怯まないだろう。

 自分の研究を進めるために必要な恰好の素材がいるわけだから。



「はいはい二人とも、その辺でお終いにしたら?」


「「っ……」」



 道場内に別の声が通る。

 物腰柔らかで、優しさと言うものが前面に出ている声色。

 アキトとタイガが声のした方を振り向くと、そこにはやはりおおらかな雰囲気を纏ったお婆さんが立っていた。

 現代ではあまり見ない浴衣風の服装。

 タイガと違い、まだ艶やかでハリのある黒髪を後ろでお団子にして結っている。

 その姿そのものが様になっており、文句のつけようがない立ち姿。

 水無神ヤヨイ。

 タイガと同い年の妻……つまり、アキトの言うところの“ばっちゃん”だ。



「ヤヨイ」


「もう、じーさま。アキトも疲れてるだろうに、そんなに剣を振り回さなくっても……」


「むう……し、しかしだな……」


「ほらアキト、早く着替えてらっしゃい。アキトの好きなお団子、作ったから」


「えっ、ほんとっ?! やったぁー! 風呂入ったら食べるよ!」


「うんうん、そうしなさい」



 おおらかで朗らかで……そんな雰囲気だけを纏ったような柔らかい人柄。

 それがヤヨイという人間性である。

 その人間性にアキトはもちろんの事、夫であるタイガも絆されている。



「あ、そういえば、アキトは進級決まったんだよね? そのお祝いも兼ねて、今日は肉じゃが作ったからね」


「ほんとにっ?! よっしゃあー!! ばっちゃんの肉じゃがあぁぁーーーー!!!」



 肉じゃがは、故郷である日本の伝統料理。

 大人から子供まで大好きな料理で、特にアキトはヤヨイの作る肉じゃがが大好物なのだ。



「じーさまも、お風呂どうですか?」


「う、うむ……ヤヨイがそう言うなら、仕方ないのぉ……」



 昔からこんな調子なのだ。

 ヤヨイの持つ雰囲気というか、オーラというか……不思議な力には、頑固者のタイガにも効果抜群だ。

 そんな調子でタイガとアキト、二人で風呂に入って、少し早いが夕食を取り、ヤヨイの作った団子をデザートに食べ終わる。



「ふぅー、満腹満腹♪」


「そういえばアキト、週末はユキネちゃんのところに行くのよね?」



 週末。

 アキトはクラミツ島から離れ、ある場所に向かう……。

 ここクラミツ島の他にも、人工的に作られた島は多くあり、そこにも多くの人たちが住んでいる。

 が、アキトが向かおうとしている場所は、また少し違った場所になる。



「入港許可は降りたのかしら? あの島の警備はとても厳しいから、すぐには降りないんじゃないの?」


「あぁ、それなら問題ないよ。ユキ姉の荷物の送り出しと、少しの滞在……諸々の検査基準は早いうちに通っているから……」


「そう? なら、これも持っていってくれないかしら」



 ヤヨイが取り出したとは、タッパーに入った肉じゃがと特製のみたらし団子だった。



「追加の荷物は当日検査にかけられるけど、これくらいなら大丈夫だと思う。

 申請データはあらかじめ送信しとくから」



 そう言って、アキトは携帯端末のカメラモードを起動させて、肉じゃがとみたらし団子の入ったタッパーを撮影し、それを船舶管理会社のネットに申請……必要事項を追加記入し、追加の申請を終えた。



「よし! これでオッケー。あとは明日になってからだね。

 ちゃんとユキ姉にも渡さないとな……ユキ姉もばっちゃんの肉じゃが大好きだし」


「ふふっ、よかった。週末、ユキネちゃんによろしく言っておいて」


「うん。わかった」



 週末……クラミツ島から離れ、アキトはある島へと向かう予定なのであるが、その島はクラミツ島とほぼ同時期にできた人工島であり、それなりに歴史を重ねた建造物の一つである。

 ただ一点……クラミツ島以外にも存在する人工島とはあまりにも違う点がある。

 それは……。



「しかしアキト、いかに自国の軍事島とはいえ、危険な事には変わりない。

 あまり変な事はするなよ? 最悪、お前まで帰って来れんようになってしまうからのう……」



 タイガの言葉に、アキトとヤヨイが息を呑む。

 そう……今週末、アキトが向かおうとしている場所は、まさに軍事施設の集合場所と言わんばかりの所。

 他の人工島とは一線を画した場所……。

 ユニオン軍太平洋および日本支部管轄軍艦島ミカヅチ島と呼ばれる場所なのだ。

 


「……大丈夫だよ。ユキ姉のところに行くだけだしさ……。

 ここに俺がいないと、じっちゃん達も寂しいだろ?」


「……アキト」


「…………誰も寂しがったりせんわい……!」



 不安を残した微笑みを浮かべるヤヨイと、頑固者らしい態度を表すタイガ。

 本心では行ってほしくない……姉であるユキネが士官学校へ進学すると言った時でさえ、タイガと揉めたのだ。

 5年前の襲撃と、その襲撃を治めた最新兵器の登場。

 ここ数年だけで、世界は大きく変わった……。

 自分達の日々の生活が、毎日毎日同じだとは限らない。

 今この瞬間にも何かのきっかけで、テロリストたちによる襲撃を受ける可能性だってあるし、それによって、またどこかに避難して、そこでの生活を強いられる事だってあり得る……。



「とにかくっ! きっと大丈夫だって。

 ここ5年は何もなかったし、ユキ姉も大した出撃任務は無かったって言ってたし……。

 多分いつもみたいに『ばっちゃんの手作り肉じゃがだー』とか言って、期待してると思うよ?」


「むぅ……それからいいんじゃがのぉ……」


「ええ……。アキトの事は信じてるけど……無理だけは、しちゃダメだよ?」


「わかってるって。それじゃあ、ご馳走様! 食器は俺が洗うよ」


「いいのよ、私が洗っておくから」


「いいっていいって。ばっちゃんは座ってテレビでも見ててよ。

 あっ、お茶新しく淹れる? もう出涸らしなっちゃてるだろ、それ」



 テーブルの上に置かれた急須を取り、台所へと向かうアキト。

 新しい茶葉を入れ替えて、給湯器からお湯を注ぐ。

 茶葉がお湯で開いていく時間を待ってる間、5年前のことを思い出していた。

 あの日、アキトは幼馴染であり、同じ家で過ごしていた家族でもある少女・アヤノと共に逃げていた。

 避難船が停泊していた港までひたすら走り、すぐ近くで起こる爆発に聞きながら、ひたすら逃げていた。

 そして、自分達を攻撃しようと近づいてきたテロリストの乗った爆撃機を、両手に握った剣でまさしく一刀両断してみせた人型の機体。

 のちに【エインヘリアル】という名前が世界中に知れ渡り、姉のユキネはそのパイロットとなり、アキト自身もVRの中でのみ、そのパイロットとして戦った。

 同じ日常というは起こり得ない……。

 そのことを痛感させてくれた5年前の事件。

 今こうして、昔と同じ家でタイガやヤヨイと一緒に暮らせていることが、幸せな事に感じる。

 しかしその日常に、必要な人物が一人いない。

 タイガとヤヨイの孫で、アキトの幼馴染兼家族の少女……水無神アヤノの姿がないのだ。

 避難船に乗る前……自分達を救ってくれたエインヘリアルのパイロットの姿を見た後、無事に乗ることが叶った。

 しかし、アヤノは逃げていた途中で食らった爆撃で、大きくはないが怪我をしてしまった。

 その治療の為、ここクラミツ島に来た時に仮設病院へと搬送された。

 見た目では、大した怪我ではなかったから、またいつでも会えるだろう……そう思っていたのに……。



「アヤノ……お前は今、どこにいるんだ……?」






 

 

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白銀のエインヘリアル 剣舞士 @hiro9429

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