第3話 水無神家Ⅰ


 遠のいていた意識が覚醒する。

 VRによる戦闘シミュレーション……機械工学の権威であり、戦略兵器【エインヘリアル】の戦闘及び戦術パターンのシミュレーションデータ収集を研究しているクリストファー・カトウ教授の超強引な進行で始まった戦闘。

 まず視界に映ってきた物は、見渡す限り木々で覆い尽くされた場所。

 どうやら森林地帯が選ばれたらしい。

 そこまで認識して、アキトは自分の身の回りを見回して確認する。

 まずは自身。

 自分の体に視線を巡らせると、先ほどまで着込んでいた夏仕様の私服姿ではなく、いかにも戦闘スタイはと言わんばかりの金属鎧を身に纏っていた。

 戦闘員用に開発された『コンバットスーツ』と呼ばれる戦闘用のパイロットスーツのような物を着た状態で、その上から肩、腰、胸、腹部、アーム、レッグの部分に機械鎧を纏っている状態。

 この機械鎧こそが、この世界において最強と呼ばれる戦略兵器【エインヘリアル】である。

 


「はぁ……またコイツで戦うのか……」



 アキトが身につけている物は、仮想世界で構築したデータの集合体に過ぎないが、そのデータの元は、現在ユニオンの正規軍で使用されている汎用量産機である【シュピーゲル】と呼ばれる機体。

 汎用という名の通り基本的な装甲量で、人体の可動域を損なわないように設計されている。

 使用する武器もオーソドックスな物で、中距離射撃武器、近接格闘武器、それに付け加えてアキトの戦闘スタイルに合わせて取り回しの良いバックラー型のシールドが一つ。

 ユニオン軍で最も多く使用されている量産機である。



『準備はいいか?』


「っ……はい。形式は前回と同じですか?」


『あぁ。数十機の汎用型機の強襲……それらと交戦し、撃破する事。

 なに、今までと同じだ。やる事は変わらん』


「その数十機を相手にするのが大変なんですけど……」


『心配するな。たとえ撃墜されても死ぬわけではない。

 ただし、痛覚抑制は現実と同じだからな。死ぬほど痛い感覚が襲うだけの事だ』


「それが嫌だって言ってるんですけどっ!!?」


『そろそろ始めるぞ。カウント5で始める』


「人の話聞いてくれますっ?!!」


『5……4……3……2……1……』


「ちょっ?!」


『状況開始』



 人の静止も気に留めず、クリストファーはカウントを始め、戦闘シミュレーションの開始を行った。

 すると、アキトの頭部につけていたパーツ……ヘッドギアから警告音と情報が流れてくる。



【警告‼︎ 敵機よりロックオンされています】



 赤文字で書かれた警告文。

 頭部に付けたヘッドギアには、広範囲の地形や周囲の捜索を行う機能が内蔵された高性能なパーツであり、そのヘッドギアから送られる警告……敵がこちらに向けて銃の照準を合わせているという事だ。



「くっ!」

 


 アキトは咄嗟に身を屈める。

 すると、その数秒後に銃声が立て続けに響き渡り、アキトの頭上を鉛玉が超高速で飛翔していく。



「くそっ! 毎回いきなりすぎるんだよっ!」



 そのまま立ち上がるのは悪手。

 アキトはそのまま横に転がり、地を這うように地面を蹴り、近くにあった樹木の影に隠れた。



「敵は6……いや、7か。俺一人に随分と大盤振る舞いじゃないか……!」



 ヘッドギアから流れてくる情報。

 今アキトの潜んでいる場所を包囲する様な陣形をとっているようで、飛んでくる実弾も四方八方から撃たれているのがわかる。



(武器はアサルトライフル……だけじゃないな。アサルトライフルよりも発砲音の大きな武器で、連射性に優れた銃……ガトリング系……?!)



 ユニオン軍で正式採用されている量産機【シュピーゲル】の主な武装は実弾系のアサルトライフルなどがメインだが、そこは汎用性と謳う機体であり、より高火力な重装備を使用する場合もある。

 例えば、アサルトライフルよりも高速で弾丸を射出するガトリング砲やもっと大型のになればプラズマ粒子を圧縮・収束して放出する大型キャノン砲なんてのもあったはずだが……。



(さすがにキャノン砲はないよな……?)



 クリストファーのする事だからない事はない……はず……だが、一応気に留めておこう。

 ともあれ今はこの状況を切り抜けることを考えねばならない。

 どうやってこの状況を脱することができるか……そう思った瞬間、またしても警告音が鳴り、危機を知らせる。



「接近してくるか……数は2……お手本通りだな」



 7機いるうちの2機が接近戦を仕掛け、残りの機体が中距離からの集中砲火を浴びせる……と言った具合だろう。



「ならばこっちも……!」



 アキトはその場でしゃがんだまま、右手を腰へと持っていき、そこに装備されている武器を手に取る。

 一見すればただの棒状の小物であるが、アキトが握りしめた瞬間、機械音が鳴ったと思いきや、棒状の小物が瞬く間に伸びていき、一本の剣へと早変わり。

 これが【シュピーゲル】に標準搭載されている近接格闘用の武装ヒートソードである。

 ヒート……その名の通り、刃の部分が赤熱化していき、対象を焼き切るという武装になっている。

 その剣を構え、接近してくる敵を待ち構えるアキト。

 ヘッドギアの探索にヒットした接近する2機の敵。

 それはアキトと同じ【シュピーゲル】を纏っており、敵も同じ《ヒートソード》を構えて来ていた。



「シィッーーーー!!!」



 腰溜めの姿勢から一気に駆け出すアキト。

 すると腰部両サイドに装備されている『高機動ユニット』と呼ばれる一種の飛行パーツが稼動し、先端部から勢いよくジェットエンジンの圧縮エネルギーを噴射。

 アキトが驚異的な加速度で敵機に肉薄した。



「せぇあああっ!!!」



 敵の死角となる下段からの斬り上げ。

 腰部の高機動ユニットによる加速は、人はもちろん、瞬間的な加速力で言えば戦闘機よりも断然早く、一般人はもちろんな事、【エインヘリアル】に搭乗するパイロットですら反応しきるのは難しい。

 その加速度で死角からの攻撃……まずは一機……確実に仕留めたと思ったその瞬間……。



「ッーーーー」


「いぃっ?!」



 ガキィッ!!っと金属同士がぶつかり合う鈍い音が響いた。

 そして赤熱化した刃同士が触れた事で、激しい火花が散っている。



「受けやがったっ?!!」



 完全に捉えた……と思っていたが、相手の反応速度もまた速かったのだ。

 相手はクリストファーが用意した戦闘用データを入力した仮想兵士。

 実際に稼動させた【エインヘリアル】の戦闘データを元に作っているので、操縦の熟練度も中々の物となっているが……。



(それにしては反応が良過ぎるっ?!)



 前回もクリストファーの強引さに負けて、戦闘シミュレーションを行ったが、その時に比べても明らかにデータの質が違う。



「教授っ! これ本当に前回のを改良しただけなんですかっ?!!」


『ん? そう言ったはずだが? 前回ので軍の正規兵レベルの物だったが、今回データからは熟練パイロットの戦闘データを用意してある』


「それここにいる全部がっ、と言う事ですかっ?!」


『そう言っているが?』


「マジかっ?!」



 軍の正規兵でも、今では【エインヘリアル】に搭乗しての訓練を受ける昨今の時代。

 戦闘訓練を日頃から受けているパイロットならば、そこそこ強い者もいるだろうが、それが熟練パイロットとなると、ほとんど玄人レベルだ。

 戦場の最前線で隊を率いるほどの技術を持っている相手に、素人同然の自分が勝てる可能性なんて、限りなくゼロに近い。



(この強さっ、隊長クラスだろっ!?)



 鍔迫り合いから一転。

 相手が弾き返して来たため、アキトは一旦突き放される。

 その瞬間を狙って、背後から接近して来た二機目がヒートソードを横薙ぎに振り抜く。

 咄嗟に背を反らして、無理やり上体を倒して攻撃を躱すが、今度はライフルによる銃弾の雨が飛んでくる。



「ヤバいって!!」



 腰部のジェットスラスターを噴かし、射線から外れるように上下左右に動いて攻撃を躱す……いや、躱すので精一杯だ。



「っ〜〜〜〜!!!」



『背後から接近!!』



「っ?!」



 警告が鳴り、咄嗟に身を屈める。

 その一瞬後……ヒートソードがアキトの頭上を通り過ぎた。

 連携のレベルが遥かに違う……こんな戦い、新入隊員に対する戦闘訓練のシミュレートでもほとんどやらないだろう。



(このままじゃーーーーっ?!)




 態勢を整えようにも簡単にはいかない……そんな時、敵機の再接近に加え、背後から飛翔する熱源を感知した。

 背後から飛んでくる飛翔体……6発の誘導ミサイルだった。



「っーーーー!」



 前方の敵機、後方のミサイル。

 状況は最悪……負けは確定……現実世界ならば確実に死……。

 敵機が近づいてくる。

 大きく振りかぶったヒートソード。

 間合いに入った瞬間、当然のようにそれを振り下ろす。

 アキトはその剣を受けるのではなく、刀身で滑らせるように流した。



「ふうっーーーー!!」



 受け流した事で体勢を崩している敵の背中を回し蹴り……そのまま飛んでくるミサイルの弾幕の中に放り込んでやる。

 ミサイルが一発、二発と着弾し、爆発が起きる。

 なおも接近するミサイルが4発。

 回し蹴りを入れた直後では、体は地面から浮いている状態……ならば。



「やろうッ!!!」



 腰部のスラスターを噴射。

 無理やり体勢を整えて、右手に握りしめているヒートソードを縦横無尽に振り切る。

 アキトの四方を囲むように飛翔してくる4発のミサイル弾頭を斬り裂いた。

 が、斬り裂いた瞬間に思った。



(あ、やばーーーー)



 そして思った瞬間、斬り裂いたミサイル全てが即座に爆発。

 爆炎に巻き込まれたアキトはそのまま吹き飛ばされ、吹っ飛んだ先にある樹木に叩きつけられた。



「ごほぉっ?!!」



 爆炎による熱傷と樹木に叩きつけられた衝撃が体を突き抜ける。



「痛ってぇ〜〜……!」


『何をしているか馬鹿者。赤熱化した武器で火薬を斬ればそうなると分かっているだろうが……』


「はい……ごもっともで……」



 通信越しに説教。

 まぁ、いつもの事なのだが、なんとか立ち上がり、アキトは仕切り直す。

 するとまたしても飛翔体がやってくるのをセンサーが捉えた。

 数はまたしても6発。

 今度はしくじらないようにと、アキトは背中に装備している銃器を取り出した。

 細長いシルエットのアサルトライフルで【シュピーゲル】に正式採用されている多機能ライフル《ジェスタ》。

 マシンガンのようなフルオートも出来れば、3点バーストや単発撃ちと即座に切り替えが可能な高性能のアサルトライフルで、それを左手に装備し、向かってくるミサイルに向けて、フルオートで発射した。



「当たれっ……!!」



 凄まじい速度で放たれる弾丸。

 それを撒き散らすように撃ち、ミサイルを全て撃ち落とす。



「さて、そろそろ反撃させてもらいますかっーーーー!!!」





ーーーーーーーーーーーー




「ふん。だいぶ時間がかかったな」


「いやいや……頑張ってやり切ったんだから“お疲れ様”ぐらい言ってくれても……」


「この程度で疲れていたら、この先のテストはアテにできんな」


「くっ……」


「まぁ、ご苦労だった。必要なデータは取れた……もう帰っていいぞ」


「はいはい、そうさせてもらいますよ」


「“はい”は一回でいい」


「はーい」



 人の苦労も知らないで、ただただ研究データに没頭する教授に対しての意趣返しのつもりだったが、当の本人は何事もなかったかのように電子キーボードをひたすらタップしている。

 アキトはもう声をかけられないようにと、そそくさと研究室を後にした。



「ふむ……」



 アキトの退出後、自身のデスクに置いてあるPC端末の画面を覗きながら、クリストファーは唸っていた。



「姉の結果よりはだいぶ遅いとは言え、それでもこのレベルの敵を相手に全勝するか……」



 先程の戦闘シミュレーションの結果。

 アキトは見事、その後の戦闘で全ての敵を打ち果たした。

 剣とマシンガンの二つを使い分け、悪戦苦闘しながらも、全てを撃墜したのだ。



(あの状況判断能力と瞬発力……それあの剣技…………ふんっ、戦闘スタイルがここまで彼奴と被るとはな)



 癪に触る。

 そんな感じがしたが、決して悪い事には感じなかった。



「ここまで来れば、あとは実地試験を行うだけ……後のことはこれからだな」



 クリストファーは端末に作成したファイルを開き、あるデータ画面を表示した。

 そこに書かれていた物は……。




ーーーーーーーーーーーー




「あー、思わぬ時間を食ってしまったなぁ……。早く帰って、週末の準備しないと……」



 学校を出て、最寄りのモノレール駅に寄り、そこから移動するアキト。

 ここクラミツ島は、講義で言っていたように、元は軌道エレベーター《アメノミハシラ》建設計画の為、その技術者や監察員のための居住地として造られたのが始まりだ。

 それから数十年の内に、エレベーター基部周辺にも人工島の要領で土地や施設などの建造が進んでいき、元々の居住者である技術者たちは、クラミツ島からエレベーター基部区画の居住スペースに移動となり、現在のクラミツ島には、日本によるテロ行為が行われたあの日以来、避難の名目でこの人工島へと移り住んだ人たちがほとんどだ。

 かく言うアキトもその一人であり、今はクラミツ島の市街地から少し離れた郊外に一軒家を構え、そこに家族と住んでいる。

 モノレールに乗って数十分。

 モノレールは郊外の中規模の駅に停車。

 そこから歩いて数十分……市街地に比べると、大きな建物……ビルや電波塔などは見えなくなり、少しばかり緑が見え始めた。

 


「海のど真ん中だって言うのに、全然実感湧かないな……」



 クラミツ島は太平洋海上に建造された人工島。

 そのほぼど真ん中に点在していながら、日本にいた時とほとんど変わらない暮らしをしている。

 まぁ、地理的に台風の被害などはあるにはあるが、浸水被害や道路冠水などの被害は聞かないし、津波の被害もほとんど聞かなくなった。

 そこはもう、数100年にも及ぶ時代の技術革新による物なのだろう。



「えぇーと……いま16時半か……。じっちゃん怒ってるかなぁー」



 アキトはそのまま歩き続け、クラミツ島北部……ノースアイランド地区と呼ばれる場所の一画に構えられた民家へたどり着いた。

 閑静な住宅街……といっても、住宅街というほど家が立ち並んでいるわけではないので、逆に静かなだけなのだが、アキトはこういう静かな雰囲気の方が好みだと感じている。

 わずかに感じる潮風の香りをその身に感じながら、アキトはようやく家路についた。

 家の外観は、一見すれば二回建ての普通の一戸建て住宅。

 しかし、その二階建ての住宅を取り囲むように武家屋敷のような塀が建てられている。

 その門をくぐり、中に入っていくとそこそこ広い中庭と、二階建て住宅の少し離れたところに平屋が一軒。



「…………」



 門を潜って、少し立ち止まる。

 ここにいる住人はアキトを含めた三人。

 一人は帰りが遅いことにカンカンに怒っているだろうし、一人は心配してくれているはず……。

 なので、取るべき行動は……。



「こっちにしよう」



 当然、心配してくれているであろう人物がいると思われる二階建て住宅の方へ足を向けようとした、その瞬間……。



「こりゃあああっーーーー!!!!」


「ぐっ……」


「帰り時間が遅すぎるわっ、この馬鹿者っ!! 遅れるなら遅れるで連絡の一つでもせんかっ!」



 二階建て住宅……母屋の方へ行こうとした時、反対側にあった平屋の方から歩いてくる老人が一人。



「全くっ! 最近の若モンは“ほうれんそう”を知らんのか?!」


「ほうれん草? そんなの野菜に決まってるだろ……何言ってんの、じっちゃん」


「そっちのほうれん草ではないわっ! 報告・連絡・相談の頭文字じゃわい!」



 アキトと比べると低身長で、こざっぱりした髪と立派な髭は白くなっており、年相応の風貌が窺える。

 しかし、なぜか左眼を縦断するかの様な傷跡が刻まれており、なぜか愛着している物が浅葱色のだんだら模様の羽織りといういかにも時代劇に出てきそうな風貌。



「ただいま、じっちゃん」


「うむ。よく帰っ……じゃないわいっ! 話を逸らすな!

 いいか、ちゃんと連絡出来んもんは、将来社会に出た時にーーーー」


「ばっちゃんは母屋だろ? 洗濯物取り込むの手伝わなきゃな」


「うん? あぁ、今は飯を作っとるぞ……って、おいっ! 話を聞かんかアキトォォッ!」


「わかったよ。ごめんて、じっちゃん」



 このやけに暑苦しく叱りつけてくる小さいおじいちゃん。

 名前は水無神タイガ。

 アキトの幼馴染であり、今は行方知らずとなってしまったアヤノの祖父に当たる人物だ。

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