第2話 平和な日々
「えぇーこの様に、軌道エレベーター建設計画は数十年以上前から設計が練られており、つい5年前……第一号として、アマゾン川流域に《ザ・タワー》が建設されました。
その後、数ヶ月の後に《アメノミハシラ》《神道》と続き、最後に《ユグドラシル》が完成した。
この計画により、我々人類は、半永久的なエネルギー供給が可能となり、さまざまな問題の解決にーーーーーー」
とある学校機関の一講義室内。
数十名の学生が着席した講義室内で、一番前に立っている男性教諭がスクリーンに映し出された活字を読んでいく。
2133年2月某日。
この日は自由登校が許されている日。
なにせこの時期になると、アキトの様な中等部最終学年の生徒は高等部への進学が決まっていたりするため、講義に出る者はほとんどいない。
まぁ暇を持て余していたり、休学していたり、サボっていたりと理由はさまざまであるが、そういった感じで未だに学校に来ている者もいたりする。
かく言うアキトもその一人。
高等部への進学は決めているが、提出しなくてはならないレポート資料があるため、落ち着いた場所で、空調設備が整っている場所として、今日も講義室で作業をしていた。
無論、いま行われている講義の内容もしっかりと聞いている。
一度受けた授業内容であるため、ほとんどレポート作成に集中はしているが……。
視線を自身のPC端末から前方に向ける。
スクリーン……いや、正確には電子黒板に表示されている内容は、現代世界史の内容だった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【太平洋自由都市連合】
【Pacific Free Cities Union】
北米、南米、日本、オセアニア諸国で構成された一大勢力。
太平洋を囲う国家群で形成されている。
通称は一番最後の【ユニオン】。
・《ザ・タワー》
ユニオンが所有する軌道エレベーター。
南米アマゾン川上流域に建造されている軌道エレベーターの名称であり、一番最初に建てられたエレベーターである。
・《アメノミハシラ》
ユニオンが所有する軌道エレベーター。
ソロモン諸島北方地域の海上に建造されており、名前の由来は『天上へ導く柱』という意味。
【ユーラシア大陸連邦】
【Eurasian Federation】
ユーラシア大陸およびアフリカ大陸にある国家群で形成られた一大勢力。
通称は【ユーラシア】。
・《神道》
インド洋の赤道直下の海上に建造されており、
連邦勢力が初めて建造したエレベーター。
名前の由来は『神界へ至る道』という意味。
・《ユグドラシル》
アフリカ大陸中央部、ヴィクトリア湖西方地域に建造されており、ヨーロッパ、アフリカ圏域のエネルギー供給をになっているエレベーター。
名前の由来は北欧神話に出てくる世界樹。
四基のうち最後にできたエレベーター。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
電子黒板に打ち込まれる文字列。
現在、地球赤道直下に建造されたエレベーターは四基。
その構造物は、この地球上で最も脆い高層建造物として、全世界の人々に認知されている。
故に建造に参画していた先進国は、相次ぐテロ行為に対抗するため、エレベーターを守護する事を目的に各国の軍事力を集結させて、軌道エレベーター防衛網を展開させてきた。
それは、エレベーターの建造が始まる前から思案していた事であり、実際に建設計画がスタートするのと同時に、世界中でテロが勃発。
各国は急ぎ軍備の増強と連携を強める形になっていった。
そしてその後の体制を整える策として、エレベーター守護を第一として形成された勢力が、電子黒板に打ち込まれた二大勢力である。
「ここ人工島【クラミツ島】は、元々『アメノミハシラ』建設計画を進めていた作業員や監察員の人たちが駐留して生活をしていた人工島というのは、皆も知っていると思う。
いま我々が、こうして平和な日々を享受していられるのも、先代の人たちの尽力があってこそ……と言えるのです」
男性教諭がそう言って締めくくった時、ちょうどいいタイミングでチャイムの音が鳴る。
「時間ですね。それでは、今日の内容をまとめたレポートは、週末に提出してもらいます。
このクラスネームでファイルを作成しておきますので、そこに送っておくように」
男性教諭からの宿題に、各々が気だるそうに反応する。
まぁ、いつの時代も宿題や課題というものに、学生は誰であれ不満を漏らすものだ。
アキトは開いていたPC端末のファイルを保存して、カバンの中に端末を入れていく。
「平和な日々……か」
ふと、そう呟いた。
確かに、今の世界は比較的平和と言える。
かつて経験したテロリストによる襲撃も、もはや確立した正規軍大隊により、動きが見られた瞬間から捕捉され、即座に迎撃される。
それに付け加え、テロリストという明確な敵の存在が、世界中の人々の意識を集合させている。
その結果が、先程講義でしていた二大勢力の話だ。
二大勢力はそれぞれの利益と保安のため、一時的に協力はしたものの、今ではそれぞれの勢力のみで軍事力を強化して、エレベーター事業を展開している。
一番最初に建造された《ザ・タワー》そして太平洋上に建造され《アメノミハシラ》の二つによって、広範囲にわたるエネルギー生産を可能としたが、その分防衛に対する難易度も上がった。
それ故に、ここ【クラミツ島】のような人工島がいくつも存在する。
元々は建設作業員や契約、進行状況などを見積もる監査員たちが居住していたものというのは間違いないが、それ以外にもエレベーター防衛のための防空戦力を置いておくための拠点にもなっていた。
今では別の軍事拠点が敷かれ、エレベーターの基部拠点にも防衛戦が可能なほどの軍事力を保有している。
確かに平和……。
しかし、その平和な日々は、果たして真実の平和と言っていいのだろうか……。
「はぁ……」
「なぁーに辛気臭い顔してんだよっ!」
「うおっ?!」
いきなり背中を叩かれた。
背中に感じた衝撃で、脳内で順繰りしていた思考が加速する。
すぐに後ろを振り向くと、ニヤニヤとした表情をした男子生徒がいた。
「よっ!」
「ジンっ……ビックリするじゃないか」
背後にいた男子生徒。
180センチと高身長の出立ちに、目を引く赤色の長髪。
その赤髪に合わせているのか黒のバンダナを頭に巻いている。
名前は
中等部で知り合った同級生であり、腐れ縁の親友でもある。
「さっきも言ったろ? お前が辛気臭い顔してるからだよ。
つーかお前、もう進学は決まってんだろ? なんでわざわざ学校来てんの?」
「教授に頼まれて、このレポート渡しに来たんだよ。
そしたら今の時間は研究中だから、後にしろって言うからさ……ったく、人にレポート頼んでおいてさぁ……」
アキトはカバンから別の端末を取り出す。
それは先程の講義とは違うデータの入った端末で、外枠には【教授】という単語が書かれていた。
「あぁ……そういえばお前、進学後はカトウ教授の研究室に行くんだったか?」
「行くって言うか、強制的に入部させられたんだよ……ったく。
そりゃあ、教授が勤めてる研究内容を学んでいるのは確かだけどよ……」
「エレベーター事業関係だったか? でも教授の目に止まるって事は、やっぱり優秀だって事じゃねぇか……いいねぇ〜、もうその歳で未来は明るいってか?」
「茶化すなよ……それに、お前だって本当は優等生だろうが……変に不良ぶってるから補習に出なきゃいけなくなるんだろう……」
「うぐっ……それはだな……」
「まぁ、頑張るのはいいけど、あまりレンちゃんやおばさんに心配かけんなよ?」
ジンの家は母子家庭なのだ。
家族は母親と妹の三人家族で、父親は数年前、エレベーター事業の仕事をしていたエンジニアだったそうだ。
しかし、ジン達がまだ幼かったある日、エレベーター内部の点検作業をしていた時、テロリスト達の襲撃を受け、点検作業中だった足場が崩れ、父親はその下敷きとなってしまい、そのまま帰らぬ人となってしまった。
そのため、母親朝から晩まで働きに出ており、ジンも中等部の生徒でありながら、親や教師達も内緒でバイトをしている。
しかし、中等部生が普通バイトなんてできるはずもないため、自身の見た目を利用して、無理やり高等部生や大学生に見えるようにしているのだ。
それが理由など知らない教師陣からは不評を買っており、主に夜が主体となるバイトをしているため、生活リズムは当然夜型になり、朝からある講義には出て来なくなった。
そのため、こうして補習を受ける羽目になっていると言うわけだ。
「バイト、大変そうなのか?」
「いや、まぁ個人営業している知り合いのカラオケ店で、厨房の仕事させてもらってるだけだからな。
言っとくけど、なにも危なくねぇから、レンや母さんには言うなよ?」
「分かってるよ。お兄ちゃんも大変だな」
「お兄ちゃん言うな、気持ち悪い……。大変っていうなら、お前もだろ?
最近じゃあ、あまり見かけなくなったが、お前の姉さん絡みは今も面倒なんだろ?」
「あぁ……」
かく言うアキトにも、両親がいない。
いや、正確に言うならば、物心つく前からいなかった……が正しい。
今の家族は一人だけ……自分よりも10も歳が離れている姉が一人。
その姉がとにかく優秀で、学校成績や運動成績は常にトップであったとか、自分たちの通う学校では生徒会長をしていたとかで、いやでもその名前を聞くことになる。
そんな姉・『織群ユキネ』の存在が、アキトの周りでも影響しているのだ。
「この間聞いたけどよ……ユキネさん、なんかの作戦で、また功績を挙げたんだって?
テレビでそんな事言ってたような気がしたが……」
「あぁ、ユキ姉の指揮していた部隊がテロリストの拠点の一つを発見して、それを壊滅して、そこに陣取ってたテロリスト達を逮捕したってやつな……。
おかけで自称ファンクラブの会員から詰め寄られたよ」
「人気者も大変なんだなぁ〜」
「興味ないくせに……」
「まぁな」
姉のユキネは連合国軍の一部隊を任せられている隊長である。
軍に入った当初から成績優秀、実績も多く残しており、上層部の面々もユキネに一目置いているという噂があったり……。
そんな姉を持つ弟からしてみれば、周りの目も色々と期待した目を向けられる。
あの“織群ユキネの弟”なのだから……と。
迷惑な話だが、こればかりはどうしようも無い……ユキネはユキネで、家族のためにと必死に働いてくれているだけなのだから、こちらも頭が上がらないわけで……。
「そんじゃあ、俺もう行くわ」
「おう、まぁカトウ教授が自分の研究に区切りをつけてたらいいけどな」
「ほんとそれな。まぁ俺は大丈夫だから、お前は絶対寝るなよ?
これで進学出来なかったら、それでこそおばさんやレンちゃんに顔向け出来ねえだろ」
「ふあ〜あぁ……了解、わかってるよ」
「……ほんとに大丈夫か?」
親友としてもっとしっかり言い聞かせてやりたいと思うが、ジンもそこの所は自分で認知しているはずなので、今日は大丈夫だと思うが……。
心配しながらも、アキトは課題を出されてたカトウ教授の研究室へと足を向ける。
アキトのいる学校は、大学までエスカレーター式で上がれる学校で、もちろん進級試験などがあるため、それに合格しないと進学はできない。
先程のジンのように出席日数などが足りなくなると、単位が落ちるため、補講や補習などで賄わなければならない。
(本当に大丈夫だろうか……)
ジンとは家族ぐるみの付き合いがあるため、当然家族である母親と妹には顔を合わせているし、もはや家族のように扱ってもらっている……。
なので親友である前に、家族のような存在であるジンの事が、気がかりだった。
そう考えながら歩いていると、いつの間にか研究棟のある区画に足を踏み入れていた。
入り口には完全な生体認証の防犯ゲートが完備されており、学校関係者に配られた本人証明のIDの確認と、指紋認証や瞳の虹彩認証のシステムもあるため、入るだけでも一苦労なのだ。
それに付け加えて……。
「学生番号 2883416 中等部3年 織群アキト……カトウ教授に提出するレポートを持参しました」
『確認します。レポートの端末を置いてください』
機械的なアナウンスが流れ、ゲートの目の前にあるポストが「カパンッ」と音を立てて開く。
そこに例のレポートを書き込んだ端末を入れると、ポストは再び閉まり、何やら機械の音が聞こえてくる。
たった今、アキトの持ち込んだ端末が爆発物かどうかを確認しているのだ。
大仰な対応……と思うが、アキトの踏み入った場所が研究棟であるため、これも仕方のない事なのだ。
この学校の研究室では、軍で使用するシステムのOS開発なども行なっているという噂があり、この仰々しい措置もテロリスト達の襲撃を防ぎ、データの漏洩を防ぐためであるらしい。
「相変わらず面倒だなぁ……」
アキトはここに何度も呼び出されているため、度にこの工程を繰り返し行っている。
なんなら教授自らがドアを開けてくれればいいのにと、何回思った事か……。
ようやく端末の解析が終わったのか、端末を返されて、今度はアキト自身のボディチェック。
スキャンするセンサーがアキトの体を通り抜け、異物などを持っていないからチェックされているのだ。
今回も難なくクリアして、アキトは施設内に入った。
そしてそれから数分後、目的のカトウ教授の研究室に到着する。
ピリリリリリリーーーー!!!
「教授ーっ、いますかぁー!?」
『あぁ、入るがいい』
入るがいいって……。
どんだけ上から目線なんだよ……。
研究室内からの音声は、どこか機械的な通信音……。研究室の扉も、中にある人のロックが解除されない限り、開くことはできない。
心の中で不満を漏らしながら、こちら側にあるタッチパネルで研究室の扉を開ける。
中に入ると、奥の方で電子キーボードをタップする音が聞こえてきた。
「遅いぞ。全くどこで油を売っていた」
「いやいや、一度朝イチで来たじゃないですか! そしたら『研究の邪魔だから後にしろ』っていったのっ、誰ですかっ?!」
「ふんっ、研究の最中に話しかけられると、せっかく思いついた数式が飛んでしまうと、何度も言ったであろう」
「知りませんよ……。じゃあ今度からは時間に余裕を持って、指定してください」
「そんな都合よく行くわけなかろうが……。私はこれでも忙しいんだ」
「…………」
あー言えばこー言う。
ほんと偏屈な爺さんだ事……。
白髪の髪をかきあげ、立派にたくわえた顎髭、齢60歳以上でありながらも整った姿勢と足腰。
そしてこちらを見つめてくる鋭い目つきはまるで猛禽類のそれと同じだ。
この研究室の主であるクリストファー・カトウ教授。
日系アメリカ人のクォーターであり、機械工学の権威として世界中に知られている天才科学者である。
性格は陰険、人間嫌い、仏頂面……自分の興味の湧いた事しか研究せず、それによって周りを振り回したり、被害を被ったとしても知らん顔をする生粋のマッドサイエンティストである。
「おい、聞こえているぞ」
「っ?! あれ? もしかして漏れてましたか?」
「私は研究者だ。興味の惹かれる研究をして何が悪い」
「ぁぁ……」
どうやら全部聞こえていたらしい。
まぁ、こんな爺さんでも、学生だった頃に姉・ユキネがお世話になっていた事もあって、アキトも昔からの知り合いである。
まぁその関係もあって、こうして教授の実験の手伝いをさせられているわけで……。
「それはそうと……はい、言われていたレポート。確かに渡しましたからね」
「あぁ、ご苦労」
「それじゃあ、俺は失礼します」
「おい」
「はい?」
渡すべき物は渡した。
ならあとは帰るだけなのだが、退出しようとしたその時、そのマッドサイエンティストから声をかけられる。
「誰が帰っていいと言った?」
「……逆に聞きますけど、なんで帰っちゃダメなんですかね?」
「貴様は今から私の研究のデータ収集に付き合え」
「はぁ?!」
「なんだ? 不服なのか?」
「不服も何もないですよ! なんなんですか、いきなり!」
「私の研究を手伝えるんだぞ、名誉な事だろう」
素でこう思っているからこそタチが悪い。
そしてこちらがどれだけ疲労して倒れようが、労いの言葉もなく研究に没頭するのだ。
「全く……私の偉大なる研究の礎になれると言うのに……少しはお前の姉を見習え」
「……おかしいですね。姉はあなたの研究に付き合うのはもうゴリゴリだと言っていたのですが……」
「ふん。しかし、何度となく協力はしてもらってはいる。
さぁ、しのごの言わずとっとと座れ。データを収集するぞ」
「…………」
人の話は一切聞かない。
あくまで自分の研究が第一というのがこの老人の心情なのだ。
故に、ここで無駄に抵抗して抗っても、後々遺恨を残すだけになる。
「はぁ……言っときますけど、付き合ってられるのは少しだけですからね?
俺もこの後用事があるし……」
「それは貴様の頑張り次第だ。この間のレベルから始めるぞ」
「はいはい……」
アキトは言われるがまま、教授の操作する機材とケーブルで繋がれた台座に座った。
見た目は病院などで見るMRIの機器に似ているが、これは全くの別物である。
カトウ教授の専門分野……機械工学の中でも、とりわけ軍関係に属する内容の分野。
そのテストパイロットが、織群アキトのちょっとしたバイトである。
「では、前回のレベル7を改良したものから行く」
「はいはい」
「『はい』は一度でいい」
「はい……じゃあ、お願いします」
「シミュレーションスタート」
教授の言葉で、意識が遠のいていくのを感じる。
これから自分が、仮想の戦場に向かっていくの感じて、アキトの意識はそこで途絶えた。
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