白銀のエインヘリアル

剣舞士

第1話 プロローグ


 西暦2120年。

 地球の化石燃料の枯渇化に加え、人口増加によるエネルギーの過剰消費問題を抱えて100年が経過。

 当初、人類は生き残るための手段として、宇宙空間に新たな拠点を築き上げ、そこに移住することを考えていたが、国家間での宇宙開発投資が抑制され合い、思うように宇宙開発は進まず、その間もエネルギー問題は深刻化していくばかりだった。

 そんな中でエネルギー問題の件で出された解決策……それは、無限に照り続ける太陽からエネルギーを供給するという物だった。

 地上50キロメートルの地点……そこにあるのは『成層圏』と呼ばれる場所。

 人類は、その場所でもっとも多く降り注ぐ太陽光やそれに伴ってやってくる強い紫外線を利用して、新たなエネルギー資源にしようと動き出した。


【軌道エレベーター建設計画】


 巨大なプロジェクト名で広まった建設計画に、各国はそれぞれの技術の粋を集めて、この計画に賛同し、着実に遂行し続けた。

 これが、人類の生きる希望になるのだと……。

 ほとんどの人類がこの計画を支持し、資産家たちも多額の投資を行った。

 しかし、それをよく思わない者たちも現れる…………。






「避難船は随時発進しますっ!! 急いで下さい!」


「お年寄りや子供を優先してっ! 大丈夫ですっ、避難船はまだまだありますっ! 誘導に従って移動して下さいっ!」


「速く乗ってくれっ!! すぐそこで爆発が起きてるんだよぉー!!」


「落ち着いてっ! 大丈夫ですからっ、自衛隊がいま必死に戦ってくれてますからっ!!」



 混乱する港町。

 辺りは一面人だかり。

 そのほとんどの人が大荷物を抱えて、港に停泊している大型船に乗り移ろうとしていた。

 その理由は、人々が逃げ仰せてきた道の先にある。

 目に写る一面赤と黒、時々時々閃光が飛び交う。

 赤は炎。黒は黒煙。

 それも、ただのボヤ騒ぎなんて可愛いものではない。

 町は一面焼け野原と化し、ものすごい勢いで炎が上がっていた。

 そしてその炎が燃やしたあらゆる物質から出る黒煙。

 燃やしているのは家屋、車、そびえ立つビル群、町に根付いていた地元の商店街に建てられているお店……。

 それら全てが大火となっていた。

 そして、それらを生み出した存在は、今もなお逃げ惑う人々の上空を飛び回っていた

 

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ!」


「急げアヤノっ! もうすぐ避難船に乗れるぞっ!」


「う、うん……!」



 その中を懸命に走る子供が二人。

 幼い外見……見たところ10歳くらいの年齢の子供達だ。

 まだ幼いその手を互いに握りしめ、必死に漁港へと走っていく。

 目に映る光景は、あまりにも異様な物だった。

 逃げ惑う人々……年齢は様々だ。

 自分と同じくらいの年頃の子供達もいれば、一回りも二回りも歳を重ねた大人たちの姿もある。

 そんな大勢の人々が、必死になって駆け抜け、我先にと避難船に乗り込もうとしている。

 他の人を押しのけて、列に割り込む人もいれば、警備員や警察官の発する大声に従い、誘導された避難船に乗り込む人たちの姿が見える。


 

 西暦2125年。

 【軌道エレベーター建設計画】開始から5年が経ったその年。

 世界同時多発テロが勃発した。

 一番に最初にテロが起こったのは中東エリア。

 彼らテロリストは自ら立ち上げた独自宗教家を名乗り、神に仇なす敵を撃てと、その手に銃を取り、敵の鏖殺を行い始めたのだ。

 

 西暦2128年某日。

 計画が開始されてから8年後。

 世界的にテロが頻発しはじめてから3年が経った年……。

 太平洋海上の軌道エレベーターが建設されていく最中、突如として日本国、日本海側の沿岸部から船籍登録不明の船団が強襲。

 九州を始め、中国地方へと進軍してきた敵勢力は、自分たちが確立させた独自宗教のシンボルマークを旗印に、戦車や戦艦、航空爆撃機などを次々に投入して、日本国の掌握に乗り出したのだ。



「アヤノっ、見えたぞ! これでもう安心だっ!!」


「うん! アキトも一緒に乗るんだよねっ?!」

 

「あぁっ! アヤノとずっと一緒にいるに決まってるだろっ!!」



 離れないように……離さないようにしっかりと握りしめた互いの手。

 今もなお飛び続ける航空爆撃機。

 凄まじいエンジン音を響かせながら、自分達の頭上で飛び回っている。

 その爆撃機を撃墜しようと、航空自衛隊員の搭乗する戦闘機との激しいドッグファイトが目に映った。

 遥か上空で行われている戦闘にも関わらず、空気を切り裂く様に伝わる搭載された機関銃の銃声音。

 撃墜された瞬間に鳴り響く爆発音が鼓膜を振動する。

 一刻も早く、この場から逃げなればならない……!

 そう思いながら、幼い少年・織群おりむらアキトは、幼い少女・水無神みなかみアヤノの手を必死で握り、駆け抜けていった。

 あともう少しで避難船搭乗の入り口に到着する……と思ったその瞬間、突然の大爆発とその衝撃が、二人の背後から迫ってきた。



「うわぁっ!?」


「きゃあっ!?」



 凄まじい轟音は、聴音機能を一瞬にして一時停止させ、轟音と伴ってやってきた衝撃は、幼い子供二人を吹き飛ばすには十分な威力を持っていた。

 加えて飛んでくる石礫が、二人の体に容赦なく撃ち込まれ、被弾した箇所は青黒く痣となり、皮膚を切り裂いて、そこから多少の血を流した。



「うっ、ぁぁあっ……!」



 爆撃で吹き飛ばされた肉体に衝撃が走り抜け、地面に横たわる。

 苦悶の表情を浮かべながら、なんとか力ずくで体を起こす。

 爆撃された地点は、自分たちが走っていた場所の後方20メートルの地点。

 もう少しズレていたら、直撃か爆発の範囲内に入っていた。

 そうなればもう、手足の一つや二つは吹き飛ばされていただろうし、最悪の場合はそのまま爆死していたはずだ。



「うぅっ……くっ……はっ! アヤノっ!」



 なんとか体を起こして、隣に倒れているアヤノを抱き抱える。

 


「しっかりしろっ、アヤノっ!」


「うぅっ……」



 爆発による衝撃に、少女であったアヤノにはダメージが大きかった様で、アヤノは気を失っている様だった。

 アキトはすぐにアヤノを背に抱え、一歩ずつ歩き進む。



「アヤノ……っ、しっかりしろ。もう、ちょっとだっ……! もうちょっとで……!」



 港はパニックに陥っていた。

 敵爆撃機が防衛網を抜け、避難船に向けて爆撃してきたのだから当然だろう。

 ましてや目の前で凄まじい爆音と爆炎を見て聞いてしまったら、それは人々の恐怖心を大いに煽る。

 目の前では我先にと、意地でも乗船してやろうと必死に暴れ回る者たちや、近くで起きた爆音に恐怖し、その場で蹲り、頭を抱えて怯えている者……そんな人たちを救おうと、警備員や警察官たちが必死に誘導する。

 そして自分達の後方では、先程の爆撃に見舞われた人々が、地面に顔を埋め、微動だにせずそのまま倒れている。

 その他にもうめき声が微かに聞こえる……助けを求めている声だ。

 鮮血が飛び散り、体の四肢が吹っ飛んでしまった者たちもいる。

 そう……いまの場の現状を言い換えるならばそれは『地獄絵図』と呼んで差し支えないだろう。



「うぅっ……!」



 目の前に広がる惨状に、思わず胃の中の物を吐き出しそうになったが、なんとか堪える。

 背中に抱えている少女の存在が、アキトの足を動かし、再び走り出した。



「はぁっ! はぁっ! はぁっ!」



 気を失ったアヤノを必死に背負い、なんとか搭乗口までやって来れた。

 しかし、船に乗ろうにも目の前はパニックになった大人たちでいっぱいだ。



(どうすればっ……! 空いている船はないのっ?!)



 周囲を見渡すも、今ある避難船はたったの三隻。

 三隻それぞれに多くの避難民が殺到し、どこへ行っても混乱に巻き込まれそうだ。



「ぁあっ……!! 敵がこっちに来るぞぉっ!!」


「っ?!」



 搭乗口付近にいた誰かがそう叫んだ。

 その声に、周りにいた大人たちやアキトも、一斉に空を見上げる。

 遠い空の向こうから、一機の爆撃機がこちらに向かって飛んでくるのが見えた。

 自衛隊の防衛網を掻い潜ってきたのだろう……その光景は、その場にいる全ての人々に『死』の宣告を告げにきた死神にも見えた。



「う、うわあああぁぁぁっ!!!!」


「いやあぁぁぁぁっ!!!! 死にたくないぃぃぃっ!!!」


「来るなぁ……こっちに来るなあああっ!!!」



 港はさらなるパニック。

 警察官と警備員の誘導も全く聞こえず、その場から蜘蛛の子を散らしたかの様に逃げ惑う。



「くっ……!」



 爆撃機が近づいてくる。

 鋼鉄でできた機体を降下させ、高度を低くしていく。

 パイロットの姿は全く見えない……しかし、こちらを狙っているというのは、たしかに感じた。



「くそ……っ、こんなところでっ……!」



 その場に座り込み、背に抱えていたアヤノを下ろして、両腕いっぱいに抱きしめる。



(死にたくないっ……!!!)



 平穏な世界で……家族と、アヤノとずっと一緒に暮らしていきたいと思っていた。

 しかし、現実は無慈悲で、残酷だ……。

 視界に入る爆撃機……自分の命を刈り取る死神が、刻一刻と近づく。

 もはや、これまで……。

 と、思ったその瞬間……一筋の光が走った。



「っーーーーーー」



 目を見張る。

 突然起こった出来事に、思考が追いついていかなかった。

 光が消えたその瞬間、爆撃機はその形を崩していき、胴体そのものが二つ折りになってしまった。

 そして、墜落するかと思ったその時、搭載していたであろうミサイル、燃料共々を巻き込んで、盛大に爆散した。



「んっーーーーーー!!!」



 またしても爆発による衝撃が全身を襲うが、まだ距離があったため、衝撃波が駆け抜けただけで済んだ。



(一体、何がーーーーーー)



 爆撃機が爆散するよりも前、その爆撃機に光が走った様に見えた。

 何かのパーツが破損したわけではない……一筋に、真っ直ぐな光が走ったのだ。



「ぁ…………」



 何があったのか、爆散した機体の方向に視線を向ける。

 そしてアキトは、その姿を捉えた。



「なんだ……あれは……」



 その姿は……“人” だった。

 そう、人の形をした何かだった。

 しかしただの人間ではないということだけははっきりわかる……なぜなら、その人型には本来人間が持ち合わせているはずのない物がついていたから……。



「翼……天使……?」



 こちらに背を向けている形なので、アキトにははっきりと見えていた。

 そう、翼……人間にはついていない、背中から生えている大きな翼が二枚。

 鳥などが持つふさふさ感の全くない、機械的な翼ではあるが、その後ろ姿には目を離せないでいた。

 そして、その人型の右手に握られていたのは、巨大な大剣。

 純白の機械的な細工が施された大剣。

 その光景でようやく理解した……先程の爆撃機は、この空飛ぶ人型の持つ大剣によって斬られたのだと……。



「助けて……くれた?」



 羨望の眼差し……。

 その時の自分が、どういう表情で空飛ぶ人型を見入っていたのかなんてわからないが、それを表現する言葉としては、おそらく『羨望』という言葉が似合うだろう。

 そして、その人型は次なる獲物を求めて、ものすごいスピードで飛び去ってしまった。

 その方角は、今もなお激しい戦闘音が鳴り響いている最前線。

 周りが呆気に取られている中、アキトの脳裏には、人型天使の姿が脳裏に焼き付いていた。

 


「あれは……一体……」



 周りの大人たちが、堰を切ったかの様に動き出す。

 周りの警官や警備員が再び叫びながら、避難船に誘導する。

 アキトとアヤノが乗船した頃には、本土を襲う爆撃の音はすっかり止んでいた。



 この数日後……日本政府によって自衛隊という組織に新たに新設された特殊部隊の存在が発表された。

 その名は【SHIA】シア

 新型機動兵器エインヘリアルを所有する特殊部隊。

 テロ組織の侵攻を、たった5機の《エインヘリアル》で食い止め、敵部隊に大打撃を与えたと言う報道に日本中が歓喜し、世界中が驚愕した。



 そして、西暦2133年。

 テログループによる日本侵攻から5年が経った後……世界は大きく変革した。

 かねてより進んでいた『軌道エレベーター建設計画』は成功を収め、地上50キロメートルまで伸びる鋼鉄の柱は、赤道直下の位置に四基製造された。

 それにより、無限に近い電力、及びエネルギーを確保することに成功。

 治安問題に対しては、まだまだ余談を許さない状況が続いて入るものの、世界最強の兵器エインヘリアルを所有している組織に対して、真正面から宣戦布告する様な馬鹿者たちはいない。

 世界は少しだけ……平和になりつつあった。



『本日正午、世界で最初に建造された軌道エレベーター《ザ・タワー》の稼動5周年記念式典が行われます!

 建設計画の発表から13年……。

 世界中で起こり続けるテロ行為に屈することなく、ユニオンとユーラシア、両勢力の尽力とそこに生きる全ての人々の願いが込められた平和のシンボル!!

 このタワー建設により、我々人類の繁栄と平和な世界の実現が可能となったのですっ!!』



 携帯端末から流れてくるニュース番組の音声。

 やや興奮気味に話している女性キャスターの謳い文句……。

 平和のシンボル……。

 赤道直下に建設された4基の軌道エレベーター。

 それは確かに、人類の抱えていたエネルギー消費問題を解決し、世界を平和に導く第一歩なっただろう……。

 しかし……。



「あぁ……今日も相変わらず暑いなぁ……」



 照りつける太陽。

 公共の場として提供されている大きな公園の一角にあるベンチで、織群アキト……15歳の少年は手にしていたPC端末を操作していた。

 電子モニターによって空中投影された画面を見ながら、電子キーボードをタップしていき、レポート画面に文字列を刻んでいく。

 


「平和な世界……ね」



 PC端末に文字列を入力しながら、傍に置いていた携帯端末の映像を見る。

 かつて経験したテロ襲撃の脅威。

 そして、新型兵器エインヘリアルの存在を初めて知って、5年の月日が流れていた。

 確かに世界は、テロに対する抑止力を手に入れた……これにより、世界からテロ行為による被害が減少したのは事実である。

 が、それは同時に世界の停滞にも繋がった。

 そして……。



「アヤノ……」



 携帯端末を操作して、電子モニターに映し出されたフォト画像。

 そこに映し出されていたのは、幼い日の記憶。

 自分と同い年の幼馴染……水無神アヤノが一緒に写っているフォト画像。

 5年前のあの日以来、水無神アヤノと連絡が取れなくなってしまった……。

 ずっと一緒いるという約束は……残念ながら果たされなかったのだ……。



 

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