第9話 いにしえの賢者も今は落伍者

 若者の政治離れが嘆かれる昨今で、僕自身も幼いころの予想に反して、特に投票への関心は薄いままだった。

 目立った政治信条もない僕は、こんな状況に陥っても、鳥羽ちゃんを選びかねないのが事実だ。

 だが、【マジェスティ】も言っていたように、既に宣戦しているだけでなく、鳥羽ちゃん一人を狙って人形化させてしまう相手に、どのように勝てるというのだろうか。

 功利主義者でなかったとしても、僕には鳥羽ちゃんの未来しか保障できない気がしてならない。


「決まったかな?」

「……第三の案を提案したいのですが」

 眉をひそめて、僕の真意を探っているような顔だ。僕は悪魔になるくらいなら、【マジェスティ】の庇護下にあるの方がいい。

「宣戦という過ちと、僕に課された無理難題への解決として僕はこれを提案します」


 *******


「え?どこ!?」

 なんだか数週間ぶりに話したかのような感慨深さがある。

 僕の交渉の甲斐あって、鳥羽ちゃんは何の異変もなく再び

「あ、そうだ!戦争!」

 この上もなく物騒な言葉を思い出したようだが、もうその心配はない。

「戦争は回避されたよ」

「え、そうなの?よかったぁ~」

 涙目で彼女は平和に感謝していた。やはり僕のは間違っていなかった。

「僕と付き合ってください」

「え?」

「君が眠ってる間に僕、気が付いたんだ。僕も君が好きだって事に」

「ホント?」

「もちろん」

 唇が重なるとともに、彼女の透明な涙が僕の肌を伝うのを感じた。純粋な、あまりにも純粋な口づけを、もはや誰も妨げ、罰することはできない。

 虚しく響くパブリックニュースには、総理大臣が自らスマホのカメラを使って配信している様子が映されていた。曰く『【マジェスティ】と独善的に交渉し、人類の9割を停止させたあく左府さふを許すな』と。



 人類が大幅に減ったことで、空気と人間の活動源である太陽エネルギーが豊富となり、産業はより発展した。

 結局、僕の本名が明かされることはなかった。残された者のせめてもの倫理へのすがりだろう。あの世で奴は裁かれるに違いない、という望み。

 結局、善が存在して悪が見つかるのではなく、悪があって、それの対照が善なんだろう。まさに勝てば官軍かんぐん負ければ賊軍ぞくぐん

【マジェスティ】からは『さすがは博物趣味のある選民らしい発想だ』と褒められもした。



 全てを知った鳥羽ちゃんは、二日後に笑い狂いながら、ブランコのチェーンを首に巻いて帰らぬ人となった。


 驚異ヴンダー部屋カンマーの管理者ではなく、一恋人として接した結果、鳥羽未来という穢れなき少女コレクションは土にかえっていった。

 でも、本当に動かなくなったとは言え、彼女にとびきりオシャレをしてもらって、恋人として改めて撮り直した写真があれば何も怖ろしくない。

 それはあたかも特攻する者の心理のようで、妙に奮い立った、アンバランスな活力に満ちた死にざまである。


「あぁ、良かった、これで」


 風をこの身で切りながら、重力を伴って海面へと進む最中、ふと写真の彼女ではなく、かつての彼女が僕にささやいた気がした。


 ―――結局、選ばれたのは私なんだね―――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

わがまま“驚異の部屋”入り娘 綾波 宗水 @Ayanami4869

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ