ふたつめ・これから
「中学三年生にもなってさ、五百円までってな〜んか微妙だよねぇ」
彼女が、ふん、とつまらなさそうに鼻を鳴らした。
「いやでもほら、明日のバスの中で食べる分だから。三日通じてのおやつじゃないから」
彼女のクリアピンクのわざとらしいかごの中にまたひとつ駄菓子が増えるのを、私は見ていた。
明日から三日間、修学旅行で本土を離れて沖縄に行く。私達は飛行機内で食べるお菓子を、学校が決めた五百円という制限の中でどれだけ楽しめるか、駄菓子屋で長考していた。外は目が眩むほど眩しくて、熱気で地面がゆらゆらして見えた。セミの鳴き声の隙間で「あれも違う、これももったいない……」とぼやきが聞こえてくる。
……こうやって駄菓子屋さんで五百円のお菓子で思考回路をショート寸前まで追い込むのも最後なんだろうな、と一歩だけ大人になってしまった自分がいることが寂しい。
幼稚園に入った頃からずっと一緒でここまで育ってきたけど、それぞれ目指す高校は違う。来年からは、それなりに忙しくなってそれなりに友達ができてそれなりに忘れていくんだろう。今こうして駄菓子屋の影の中彼女の丸まった背中を眺めているけど、この背中は他の誰かのものになってしまうんだろう。天真爛漫な彼女はきっと人気者になる。喜ばしいことなのに、それなのに、どうして素直に喜べないのかな。
バッと勢いよく振り向いた顔にドキリとした。
「これ! これ一緒に買おうよ!」
彼女の手のひらには宝石型の飴玉のついた指輪。味と色がランダムの小分けのもので、舌に色がつくという駄菓子要素盛り合わせのもの。
「あ、飴玉とかガムはいけないって栞に書いてあったよ」
「明日用じゃないから大丈夫だよ」
半ば無理矢理かごに指輪を入れられる。
「じゃあレジ行こ、おばちゃ〜ん!」
あいよ〜、とのそのそ歩いてくるいつものおばちゃんに仕方なくかごを渡した。
夕方。急な雨でびしょびしょになった私達は、家に帰ることもできずに公園の桜の木の下で雨宿りしていた。元気よく茂った葉の隙間から時たま、大きな雨粒が、ぼたん、と額に落ちてくる。それにはしゃぐ彼女をぼーっと見ていた。
「あー、今こそあれだ、あれの出番だよ」
彼女が思い出したようにビニール袋をカサカサゴソゴソ探る。
「これ! 指輪!」
「え、今?」
「そう、一緒に開けてみよ!」
雨で濡れて染みたりしないだろうか。そもそも勢いで買ってしまったけど、好きじゃない味だったらどうしよう。色んな不安が今になって芽生えてくるけど、袋の端を切る彼女のあとを続くほかなかった。
彼女のはすみれ色。私のはオレンジ色。私は食べるならすみれ色のぶどう味がよかったから、少し残念だったけど、オレンジ味は彼女が好きな味だから嬉しかった。と、隣からの視線につい意識が逸れる。
「交換しよう。これとそれ」
「えっ」
「交換! 偶然! そっちの味のが好きだし!」
えっえっあの、ちょっと、あれあれあれ、気付くと彼女の左薬指にはオレンジ色の指輪。右手に持つのは彼女のすみれ色の指輪。そして掴まれる私の左手。
「はい、こうか〜ん。六月過ぎちゃったけどジューンブライドごっこも兼ねて」
そんな簡単に誓ってしまっていいものなんだろうか。いや、ぶどう味もすみれ色も、彼女の指輪が薬指にはめられたということも、私の指輪が彼女の薬指を独占しているということも、もちろんそういうことも、嬉しいけど、彼女は
「あのね、私、離れてもずっと想ってるよ」
「……見透かされてた?」
「おセンチな顔してたからね〜、何年一緒にいたと思ってるの。わかるよ、それぐらい」
恥ずかしい。みっともない。そんな酷い顔してただろうか。いつも通りの笑顔でいたはずなのに。
「だからその顔! 泣きそうな顔しなくても大丈夫だよ。ずっと一緒だよ。君が思ってるより私は君のこと大好きだから」
「ごめんなさ、い」
「えっ、泣くほど嫌だった!? ごめんなさいって、私振られた!?」
「ちが、違うの、私」
「も〜雨は止んだのに代わりにこっちが止まらなくなっちゃったね、大丈夫だよ。そばにいるからね」
本当に雨はあがっていて、涙で揺れる視界にはすみれ色とオレンジ色の空が、指輪が、彼女が見えた。
「これからもずっと大好きだよ」
暑中見舞い申し上げます しろたなぎ @Sirota_nagi
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