転生令嬢は攻略したくない

リオール

転生令嬢は攻略したくない

 

 

「駄目だ、攻略したいと思えない!」


 のっけから叫ぶ。

 頭を抱えたくなるような状況なのだ。


 私はいわゆる転生令嬢というやつだ。病弱で、乙女ゲーム三昧だった前世の私がやっていたゲームの一つが、この世界。病状が悪化、アッサリ死んでしまった事でコンプリート出来なかった心残りから、この世界が選ばれたんじゃないだろうか。


 未コンプなわけだから、当然やり込んでいたわけでもなく、ましてや全キャラの攻略方法を知ってるわけでもない。この世界を『知ってる』だけだ。


 かろうじてクリアした数名を、学園入学後に見かけたわけだが――

 駄目だ。全っ然、好みじゃない!


 大好きなアニメが実写版になった時、これじゃない感が強い俳優に違和感を感じたことはないだろうか。むしろ見てられないくらいに心が苦しくなった事はないだろうか。

 今まさにそんな感じである。


 これ以上、私の好きなキャラのイメージを崩壊させないでぇぇ!!!


 そんな叫びは何処にも届かない……。


 未コンプとは言え、何人かはクリアした。美麗スチルにウットリもしていた。

 でもいざヒロインになってしまったら、誰にもときめかない自分がいた。


 病弱で恋に恋したまま亡くなった前世の自分と、病気とは無縁の健康な今の自分とは違う。

 夢見る人生ではないのだ。


「現実、現実を見つめなきゃ……!」


 子爵程度の自分が、公爵や王家の人間に取り入る事なんて出来るわけもない!いざその立場になれば分かる。ゲームのヒロイン、バカだろ、異常だろ!

 高位貴族の男子をどうやって攻略しろというのか。下手に話しかけようものなら、不敬罪で処罰されるわ。


 まあどちらにしろ、好みのタイプじゃないから、攻略出来たとしてもしたくないのだが。


「一押しの王太子がアレだもんなあ」


 仮にも最高権力者の王家の者を『アレ』呼ばわりしたのだ。誰かが聞いてれば即処分だろう。だが今は自室のベッドで毛布を被っている状態。一日を振り返りつつアレコレ考える時の癖だ。夜中だから叫んでも大丈夫な為に毛布は頭までしっかり被っている。誰にも聞かれる事はない。


 金髪碧眼の、いかにもイケメンのメイン攻略対象の王太子は、けれど自分の好みとはかけ離れていた。あくまでゲームのスチルなら一番だった。だが、現実はモヤシとしか思えない。頼りない。男らしくない。

 二押しの騎士団長子息は、逆に暑苦しすぎる。程よい筋肉に小麦色の肌は良いのだが、それは滝ですか雨ですか、と問いたくなるような汗臭さは遠慮したい。


 偉そうに相手を評価出来る立場かと聞かれれば返答に困るが、思うのは自由。関わらないから好きに評価させて!


 他にも第二王子や宰相子息に大魔法使い……あれやこれやと居るけれど、どれもこれも魅力を感じないのだ。


「これはもうノーマルエンドを選ぶべき?」


 誰ともくっつかない、普通に学園生活を謳歌し、そのまま卒業。親が決めるどっかの貴族と結婚。

 もうそれでいいんじゃないかな?


 そのルートは未プレイなのだが、このまま誰とも関わらなければ、自然とその流れになりそうだ。

 そう、関わなければ。なのに。


「どうして関わってくるかなあ!」


 毛布を被ってても響く声で叫ぶ。なんでなんでなんで……


「今日はなんだっけ。うっかり落としたハンカチを、王太子が拾ってくれたんだっけ?それから……あの筋肉馬鹿(=騎士団長子息)が、稽古をつけてやろうとか言って本気で打ち込んできたよね。あとなんだ、インテリメガネ(=宰相子息)が、学園のレベルを下げるなと勉強を教えに来たんだっけ。学年最下位の自分が恨めしい!」


 落とし物をしない為には何も持たない!

 稽古は、あいつに絡まれる前に、女子ナンバー1実力者のアリッサと一緒にしよう。

 あと勉強しよう。


 なんでか絡んでくる攻略対象たち!ふざけんな、こっちはお近づきどころか顔も見たくないというのに!

 

「これがゲームの強制力というやつか……」


 対策を考えるも、いつもなぜか関りが起こる。

 そろそろ他の令嬢達に何か言われそうだ。


「ううう、それは嫌だなあ。むしろ野郎どもより令嬢達と仲良くしたいなあ」


 前世ではまともに学校も行けず、だから友達なんていなかった。

 友達欲しい。


「じゃあ俺が友達になってやろうか?」


 不意に、声がした。


「!?」


 驚いて、ガバッと起き上がる。跳ねのけた毛布が床に落ちるのを見やり、そして――


「だ、誰!?」


 窓から入る月明りのみが部屋を照らす。

 その月明りの中に――その人はいた。


 闇より暗い漆黒の毛は――肩より長いと思われるそれは、無造作に後ろで束ねられている。瞳は燃え輝くような――悪戯っぽく好奇心に溢れたその目は、ルビーのような透き通る美しさの赤。目鼻立ちはキリっとしていて――整いすぎてどこか冷たい印象の、けれどとても美しい顔をしていた。

 身長はベッドの上からかなり見上げる体になるほどには高い。スラッと無駄な物は何も無い、必要な筋肉のみがあると思われるガッシリした体躯は、漆黒の服とマントを羽織っていた。

 まるで闇の化身だ。


「誰なの!何処から入ってきたの!?」


 どれだけ美しかろうと、突然部屋に音もなく入って来るなんて尋常ではない。

 恐ろしさもあってか、声がつい大きくなってしまった。出来ればこの声を誰かに届けたい。そしたら誰か来るかもしれない。


 恐怖心に負けないように相手の顔をキッと睨みつけた。


「人に尋ねる前に自分から名乗るべきだろう?」


 静かに話してるはずなのに、妙に耳に響く、心地よい声。その声は今、確かに楽し気だ。 

 面白がっている。


 目の前の不審人物に苛立ちを感じつつ、けれど絶対的な脅威の前に、唇は震えた。


「私は――モモラティアよ……。ほら名乗ったわよ!あんたは!?」

「私はガイアッシュだ」

「……ガイアッシュ?」


 思わず繰り返した。ガイアッシュ、ガイアッシュって確か……。


「魔王?」


 ガイアッシュ。そんな名前を冗談でもつける者などいない。太古より存在し続ける魔王の名前を。

 魔界は、人間界とは絶対的な不可侵条約ゆえ、互いに干渉はしない。――少なくとも表面上は。

 その魔界の王が、今、平凡な子爵令嬢である自分の目の前にいると?

 冗談言ってるようでもない相手を、ただただ凝視する。


「さすがに知ってるか、転生者よ」

「!!??」


 転生の事を知ってる!?前世の事を思い出してから今まで、同じ転生者など出会ったことなかったというのに。ひょっとして、彼もなのだろうか。彼も前世があるのだろうか。ならずっと抱えていた、誰かと前世の世界での話をしたいという欲求は、ついに叶えられるのだろう。


「貴方も転生者なの?」

「いいや」


 しかし、その期待はあっさり砕かれた。


「何それ」

「だが、お前が転生者だということは知っている」

「どうして?」

「お前は、前世で俺と一緒にいたからな」

「???」


 私の前世は地球という星の日本という国の、病院という狭い世界の、ベッドの上という小さい空間で始まり、終わった。親族と病院関係者以外に知り合いもいなかったというのに。この男は何を言ってるのだろう。


「正確には、お前の前々世と、だ」

「前々世!?」


 そんなものあるの!?


「その前もその前も……何度も生まれ変わっては、お前は俺の元に来た。だが前世では何の間違いか、別の次元に飛ばされたようだな。この世界のどこにもお前の気配を感じなくて……つまらなかった」


 つまらなかった、と言いながら、寧ろ「寂しかった」と言われた方が合ってるような声音で、表情で魔王は言った。


「だが今世はまた戻ってきてくれた。なのに一向に俺の所に来る気配がない……人の一生は短いというのに。いい加減待ちくたびれたぞ」


 だから迎えにきた。

 そう魔王は言って、手を差し出してきた。


「友達が欲しいのだろう?なら俺にすればいい」


 ずっとそうして一緒に居たのだから。


 魔王の顔を見つめ、そして差し出された手を見つめ――


 彼の姿を見た時から感じていた何かが分かった気がした。


 誰だと問いながらも、私は彼を知っていると思った。

 魔王かと確認の問いは、けれど確信だった。


 けして恋人ではない、甘い関係ではない。


 けれど一緒に居るのが当然の存在。それが彼なのだと不思議に納得した。


 ああ、だからか。だから私は誰も攻略したくないと思ったのだ。彼を――ガイアッシュのことを魂が覚えていたのだ。


 もしかしたら彼は隠しキャラなのかもしれない。結局はゲームの世界の中の話なのかもしれない。

 それでもいいと思った。それでいいと思った。


 私は、そっと彼の手に己のそれを重ねるのだった。








 転生令嬢は攻略したくない。

 誰も攻略したくない。

 そう思っていた。


 けれど。


 魔王は――彼ならば、攻略したいな。


 そう、思うのだった。


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