「戦島の守り神」

低迷アクション

第1話


あの時代を思い出すと、まず初めに出てくるのは、深い…非常に深い溜息だ。

誰もが仕方ないと呟く、呟くしかなかった。だが、77年経った今…自身が体験した戦争自体が風化している。我々があの日、命を賭けて守ってきた国家自体が積極的に、それを忘れさせようとしている。


10年前の震災、現在の流行り病…これだけの大事をも、曖昧な言葉で誤魔化す彼等には期待できない。だから、明日は死ぬかもしれない私と戦友達の最後の記録として、君達の取材に協力したい。いや、協力をさせてくれ。これは、我々からの願いだ…



 昨日、君が起してくれた原稿を呼んだよ。わざわざ、文字を大きくしてくれたな。ありがとう。良く出来ていたよ。ハハッ、まさか…気づいていたのかい?老眼鏡は机の中に隠していたのにな。


ああっ、まるで、君は“X線の目を持つ男”だな。えっ?…ほぉっ“ウィアード・テールズ”を知ってるとはな。


何っ?おやおや、古典物ファンなら、知らないといかん。1920年代から、この国にも出版されているよ。登場人物とかは日本風にアレンジされているがな。


話が逸れてしまったな。いや、実を言うと、そんなに逸れてはいないんだ。この話をしたのは、実は戦場で“ある体験”をした事を思い出したからだ。


別に信じなくていいし、記録に残さなくてもいい。私自身、この話を墓まで持ってくつもりだった。いや、すまない大変古い言い回しだな。全ては終わった事…いや、わからないな…だから、まぁ、一つ、ウィアード・テールズを読むようなつもりで聞いてくれ…



 あれは、1944年、士官学校に通っている最中の事だった。我が国の戦局は押されに押され…学生である私まで最前線に送らされる始末の時代…


それでも、私は使命に燃え、軍刀一本と准尉(少尉見習い)の階級を引っ提げ、南方の島への輸送船に乗り込んだ。夕日に染まる横浜の港を今でも思い出すよ。波に揺られ、船酔いにも耐えた後、目的の島への、夜間上陸は意外にも、すんなりと終わった。


もう海も空を掌握していた連合軍の監視は緩いものだったし、護衛も無しの輸送船1隻、大した戦力ではないと判断されたのかもしれん。


足を踏み出した砂浜には、戦車の残骸に薬莢、そして、鉄帽に薬きょう、砲弾の破片…

高揚した気分は漂う戦場の臭気によって、一瞬にして掻き消された。


ボンヤリと所在なさげに立つ私と数人の補充兵を促すように、島側の丘から、味方が蝋燭の明かりを灯し、新兵達を導く。


「えーっと、補充の兵は、貴方を入れて…10名、ちと少ないか…まぁ、  いいっ、年はいくつですか?准尉殿…」


島に入り、自分の背丈より高い草に驚く私を楽しそうに見つめた、

父親位の“曹長”が、優しい顔で尋ねてくる。私が年齢を答えると、

彼は呆れたように肩を竦め…


「このジャングルで1年も頑張ってますが、全く、大本営は何を考えてるんですかね?こりゃぁっ、いよいよ自分等も年貢の納め時かな?」


とおどけた後、戦争の現実にすっかり辟易している自身に、片目をつぶった。


「大丈夫ですよ。准尉殿、俺達には“守り神”がついていますから」


その時は、私を気遣い、声をかけてくれたのだと思った。だが、それは実際に戦闘が始まってから、真実だとわかった…



 翌日、洞窟を改造した前哨基地で、眠れぬ夜を過ごした私は、部下の兵士が見せてくれた双眼鏡を見て、雷を浴びたように棒立ちになってしまう。


まさに、鉄が海を支配していると言って良かった。数十隻の上陸用舟艇と軽巡洋艦が、この小さな島目がけて、向かってきていたのだ。


島の守備隊は100人もいない。それに敵を迎え打つための大砲も、機関銃のほとんどは使えなくなっていた。あるのは、僅かな手榴弾と小銃だけ…


“玉砕”と言う言葉が各戦線で囁かれていた時代…この島で死ぬしかないのか?せめて、最後は本土の土を踏みたかった…あらゆる思いが一瞬にして、駆け巡った。


信じられない事が起きたのは、その時だ。島まで迫った船が、急に向きを変えた。まるで、目標を確認していたが、途中で島自体が消えてしまったかのようだった。


「どうですか?准尉殿…自分等は守られてんです」


敬礼する曹長(後で聞いたが、私が来るまで、この島での最上階級は曹長だけだった)の横で、他の兵士達も頷く。


彼等に聞けば、ここへ赴任し、島内を探索した時に、日本で言えば、祠のようなモノがある洞窟を発見したと言う。


私の前任の指揮官が、そこを本部とし、備え物などをして、祀った時から敵の上陸が止んだとの事だった。


「まぁ、こちらが銃を撃っても、相手には当たらんらしいので、勝つ事も出来ませんが、もう、戦う事はないってだけ、ありがたいもんでして、ここで粘ってりゃ、その内、本土から迎えが来るって寸法でさぁ」


笑って、説明する曹長に、私もぎこちなくだが、了承する形で頷いた。正直、学校の授業で聞いていた我が軍の優勢、勇猛果敢っぷりと、程遠い現実の戦場は


私の心を嫌が追うにも打ちのめしていたし、誰が見てもわかる戦力差の敵と

戦う恐怖から早く逃避したいと言う気持ちが勝り、曹長の言葉を、ワリとすんなり受け入れていた。


あの時の感情は、実際の戦場に立った者にしかわからん。確実に自身の死が視える現状で、死ななくていいと言われれば、誰だって納得するさ。


ただ…、やはりそう、上手くはいかないもんでな…



 信じられない奇蹟を見た時から、2日目の夜が来ていた。夜間の見張り…と言っても、昼間の戦闘でも、敵は私達の島を見つける事はできず、上陸の心配はなかったが、一応は形式として、行っていた。その当番を、私は引き受けていた。


本来、士官がやる仕事ではないが、戦いもない島では、仕事をしてないと、気後れするし、何より、一番最年少の自分…階級云々はそっちのけで、少しは役立つ所を見せたかったからだ。


夜の洞窟から、静かな海を見ている内に、何だか、戦場に来たと言うより、旅行しているような気になってきた。自分は、まだ、誰も殺してはいないし、味方も敵も、1人も死んでない。最初は戸惑ったが、その内、自分は幸運なのでは?と考えるようになった。


(敵も、毎日姿を見せるが、本気で上陸を考えてる訳でもなさそうだ。これはひょっとすると…戦略的にも重要な島ではないのかもしれない。曹長達もそれを知っていて、自分を

慰めてくれたのでは?)


などと、自身に都合の良いように解釈したりもした。若かった。若く、非常に浅はかだった。考えてみれば、わかる事だった。島に初上陸した日、あれだけの残骸があったと言う事は、相当の戦闘があったのだ。それにも関わらず、浜には、死体はおろか、骨の一つも転がっていなかった。


加えて、案内された洞窟の中には、医薬品や包帯はあったが、負傷兵も、仲間達の墓や、死体を捨てる場所もなかった。いや、あったのかもしれないが、当に空だったと言うべきか?


そういう意味では、いるべき軍医も、すぐに補充されなければいけないであろう士官もいない島…戦場だからと言って片付けるには、あまりに異様な事だらけだった。


私が感じるべきだった当然の疑問は洞窟奥から低く、だが非常に鋭く響いた声で、証明される結果となった。外からの敵の攻撃ならまだしも、内部から?


訝しむ私はフラフラと導かれるように、洞窟の奥へ歩いていった。

武器を持っていくべきだったと、今でも思う。そうすれば、もっと早く、多くの仲間を救えたかもしれないと今でも後悔している…



 洞窟の奥は、下りだった。曹長の話では、この先に祠があるとの事だったが、今、そこには蝋燭の明かりが灯され、地面を無数の軍靴が続いていた。


私は明かりを頼りに進んでいった。何故だか、声は出さなかった。味方の陣地なのにな。異様な雰囲気を本能が感じ取ったのかもしれない。


やがて地底の底ともいえるような開けた場所に出た時、私の全身は2日前の艦隊を見た時と同じになった。


空間中央に、全てではないが、曹長を筆頭とする島の守備隊の兵士達が

軍隊特有の行進前の隊列を組んだ格好で並んでいた。彼等より数メートル先前方には、真っ黒い開口を見せる、直径2メートル程の穴が開き、


その真ん中には、私と一緒に来た補充兵の1人が縛り上げ、口に詰め物をした状態で寝かされていた。いや、意識はあるのだろう。恐怖に見開いた目を、彼を見下す同胞達に向けている。先程、私が聞いた悲鳴は彼の上げた声のようだ。


補充兵の、表情の凄さに、気づくのが、遅れたが、夕方に開かれた歓迎会以降、姿を見せなかった下士官だとわかった。私が確認したところ、腹が痛いから休ませていると曹長から説明があった男だ。


(一体、何をするつもりだ?)


私は曹長達に悟られないよう、少しずつ距離を見つめ、事の成り行きを見守った。いや、実際には、さほど時間をかけず、それは起こった訳だが…


兵士の1人が手にした進軍用のラッパを吹かすと、洞窟全体が少し揺れたような感覚が襲い、思わず、地面に手をついてしまった。


次に顔を上げた時、私は自分の口を抑えるタイミングが、間一髪で間に合った事を、今でも褒めてやりたい。


床に転がされた男の前方に、不気味に開く黒い穴…その穴から嫌な扇動音を響かせ、赤黒いゼリーのような液体、いや、液体ではなく、アメーバのようなモノがズルズルと現れ、人一人に覆いかぶせそうな巨体を這わせ、男に向かって這い進んでいく。


ヒルか、巨大な海鼠の先端が、男の頭に触れた瞬間…肉を焦がすような“ジューッ”と言う音と、男のくぐもり、恐怖に満ちた唸り声が洞窟内に反響した。


ゼリーの怪物は、それから数分間、ゆっくりと男の全身を溶かし、最後には、骨と皮だけになった肉体を穴の中に引きずり込んでいった。


その間、曹長達は黙って、列を崩さずに、地獄の光景を見ていた。彼を助ける訳でもなく、祈りの言葉も、敬礼もなくだ。


下腹部に熱いモノが広がり、正気に戻ったのがいけなかった。私は知らず知らずの内に、絶叫していたようだ。私の動行を尾けていた兵士の1人が後頭部に鋭い一撃を見舞い、気絶するまで、私の悲鳴は止まなかったと後に聞いた…



 次に目を開けた時は、ベットに寝かされていた。慌てて起き上がろうとするのを、ヤンワリと止めたのは、曹長の太い腕だった。


「准尉殿、もっと早くにお話しすべきでしたね?」


その目には妙な優しさがあった事を今でも覚えている。


「そ、曹長、一体あれは何だ?味方を、仲間を殺した、あの怪物は、あれは…」


言葉途中で、地底での光景を思い出し、吐き気を覚えた、私の背中を曹長が優しく撫で、含めるように、いや、自分達の諦めをわからせるように、ゆっくりと囁く。


「准尉、やっぱりこの世ってのは、上手くできてる。良い事には、それなりの対価、いや、代償が必要だって事ですよ」


守り神の存在に気づいたのは、前任の中尉だったと言う。戦闘で負傷した兵達のベットや寝かせる場所が足らなくなり、あの、広けた場所に運んだ。祠を突き動かし、穴から怪物が現れたのは、すぐの事だった。


軍医によれば、血の匂いに誘われ、出てきたのではないかと言う。


「はじめは、退治しようとしました。しかし、アレが、穴の傍の1人目を呑み込んでから、嘘みたいに米帝の攻撃が止まった。そこからは全員が取り憑かれたように、アレを調べ、捧げものを用意しました。浜や洞窟に転がってる死体を搔き集めてね?


わかった事は、5日か、7日に一度、餌をくれてやれば、島全体を見えなくしてくれるって事と、動物では、効果が薄く、人間じゃないと駄目って事…


それでも感謝しましたよ。これで、俺達は生きて還れるって…


でも、すぐに絶望が襲った。


戦闘が無くなれば、死体は出ない。島には無限に死体がある訳でもなし…最課題の死から逃げたら、今度は別の死が襲ってきやがった」


白羽の矢が立ったのは負傷兵達だった。


「泣き叫んだり、暴れたりする奴もいました。でも、中には国の、仲間のお役に立てない命を有効活用してくれるって、感謝する奴もいましてね。そん時は、俺達も少しは救われたってもんです。だけど、負傷兵は死体よりも少なくてね」


最後はクジで決めたと言う。


「今残ってるのは、クジ運の強い奴等です。中尉も軍医も、みーんな、捧げられた。中尉は男らしく、立ち向かうように呑まれていきました。軍医は暴れて、俺が足を撃って、皆で抱えて、穴の中に放り込んだ。


そこに補充兵が来るって話があったんで、次は、何も知らない奴等から先に捧げようって事になった。そうすりゃ、戦争が終わって、本土へ帰れる。どうせ、皆、死なされる予定だった前線送り…そんな地獄を1人の生贄で、1週間、極楽に過ごせるっていやぁ、誰でもやる、ねぇっ、そうでしょ?」


終いはヤケクソのようになった、曹長の言葉に、何も返せなかった。

彼は秘密を知った私は、補充兵の贄から外すと言ってくれた。


そして、後、9人…つまり、2ヶ月とちょっと過ぎても、補充の兵士が来ない場合、また、クジが再開される事も教えてくれた。


勿論、この事を9人の部下達に伝えた場合、真っ先に、私が捧げられる事も付け加えた後、少し赤ら顔を綻ばせた曹長が照れたように言った。


「アンタはきっと大丈夫だ。内地にいる、俺の弟にソックリです。だから、一緒に生き残って、国へ帰りましょう」


私は曹長の提案と彼の言葉に反論する事も、納得もせず、だが、我が身可愛さに、それから7人の部下を捧げる事となった…



破局は突然、訪れた。曹長の話以来、平和な日々が続いていた。地底の捧げモノに対し、一切関わる事を拒否した私は、詳細を想像するしかない。


ただ、日を経つごとに減っていく私以外の新顔の兵達の間で、この島のカラクリが噂されていた事は確かだ。


8人目の捧げモノに選ばれた男は用心深い男だった。彼は、最早、無用の長物だった武器類を秘かに点検し、使えるモノをいくつか用意していたようだ。


あの日、洞窟奥で聞こえた爆発は、明らかに、わが軍の手榴弾の音だし、

続く、怒鳴り声と悲鳴、何か大きなモノが地底の入口に向かって進んでくる音は8人目の行動がとった行動を容易に理解させた。


丘で海を見張っていた私と、事情を知る島の守備隊達が、洞窟内にかけ込んだ時、洞窟奥の入口には、曹長の姿が見えていた。


「准尉、逃げろ!」


私の姿を認め、彼が叫んだのと、曹長の全身を、あの嫌らしい姿の怪物が覆いつくしたのは同時だった。


声を上げる私達の前で、続けて起きた爆発により、入口は塞がり、曹長も、怪物の姿も岩と粉塵の中に消えていった。


外に避難した私達を待っていたのは、激しい砲撃と銃撃と言う現実の戦争だった。その日から始まった上陸戦で、武器もない、守備隊の壊滅は2日とかからなかった。


後の数日間、島の中を逃げ回った私と仲間達は、米兵と、かつては守り神と親しんだ怪物の報復に怯え、壮絶と言っていい、地獄を充分に味わった後、捕虜になった。


私の話はこれで終わりだ。怪物はどうなったか?


わからない。聞けば、あの島は、開発が進み、有名な観光地になったそうだから、もういないだろう。いや…あるいは、軍医が言っていたように、血の匂いを嗅げば、また、姿を現すかもしれない。


いずれにしても、全ては終わった事だ。ただ、この話を思い出す時、

いつも、最初に浮かぶのは、海を埋めつくした艦隊でも、洞窟奥底で繰り広げられた地獄でもなく


“弟にソックリです”


と言ってくれた、あの曹長の照れ臭そうな笑顔なんだよ…(終)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「戦島の守り神」 低迷アクション @0516001a

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ