連続殺人事件の容疑者、草刈和矢の裁判が行われていた。


 裁判は検察側主導で進む。被告人である草刈は質問されても、「記憶にございません」を繰り返すだけで、有効な反論はない。弁護人もほとんど黙ったままである。


 裁判はこのまま終わるかと思われた。しかし第三の殺人に話が移ると、その流れが変わる。


「つまりトイレットペーパーの謎は解けてないわけですよねぇ」


 分厚い眼鏡をかけた男──弁護人が言う。くいくいっと、眼鏡を指で動かしながら。


「弁護人。検察の言い分に異議がありますか」

「ええ、大ありですとも、裁判長。発言してもよろしいですか?」

「発言を認めます」

「ふふ、それでは始めましょう。無能な警察どもが導いた出鱈目なこの捜査結果を、私が修正して差し上げます」


 弁護人の男は言いながら、眼鏡を指でくいくいくいくいとずっと上下に動かしている。検察はイライラしたように、「裁判長、この男は我々を馬鹿にしています」と言い、裁判長は「挑発はやめるように」と注意した。


 弁護人は眼鏡を触るのをやめ、代わりにやたら長いボールペンを指先でくるくると回し始める。


「さて、発言させていただきます。これまで話を聞いていた傍聴席の皆様、そして裁判長。ついでに検察官の無農薬野菜ども。おかしいと思いませんか。確かに第一の殺人、第二の殺人はダイイングメッセージが残されており、それは一見、ここにいる草刈を犯人と示しています。しかし果たしてそれは、本当に被害者が残したものなのでしょうか。その証拠はあるのか。ええ、無いんですよ。無い。つまりあれは真犯人が残した偽のダイイングメッセージである可能性もあるわけです」


 傍聴席がざわめく。検察官は少し苦い顔をした。


「つまり草刈を犯人に仕立て上げるために、真犯人はあのような分かりやすいダイイングメッセージ、否、偽のダイイングメッセージを用意したと考えられるわけです。そこに見事に嵌った無能な警察官ども……ではなく無農薬野菜好きな警察官ども。ぐふふふ、そう考えると凶器のナイフが草刈の家で見つかったことも不自然に思えますな。自宅で見つかるくらいなら殺人現場に残しておいても良かったわけです。捨てることもできたかもしれません。ただ彼はそれをしなかった。いや、そもそも捨てることができなかったのかもしれない。真犯人がこっそり草刈の家に置いたという可能性だってあるわけですから」


 傍聴席のざわめきが大きくなる。検察官は「弁護人はただの憶測を真実のように語っています」と言って、弁護人の発言を止めようとした。


「弁護人。発言を裏付ける証拠はありますか?」

「いえ、これはまだ推測です。ただ第三の殺人については、証拠を示すことができますよ」

「なるほど。では発言を認めましょう」

「ありがとうございます。では発言を続けます。さてさて、いよいよおかしいと思うところは第三の殺人ですな。二件目まで、あんなに分かりやすいダイイングメッセージが残されていた連続殺人事件。でも何故か第三の殺人だけは、意味不明なダイイングメッセージが残されているだけでした。トイレットペーパー。これは被告人草刈となにも結びつくものはありません。このあたりが警察どもの無能……無農薬野菜の極みですな! 容疑者に結びつけば証拠だと言い、結びつかなければ無視するわけだ!」

「弁護人。結論を急ぎなさい」

「はーい。では結論を言いましょう。第三の殺人事件現場にあったトイレットペーパー。あれはダイイングメッセージではありません。何故ならあれは、ものなのですよ」

「裁判長! 弁護人はまた憶測で話をしています!」


 検察官が言うが、裁判長は止めようとしない。ひとまず話は聞こうというスタンスなのだろう。


「私が調べたところによると、あの現場の近隣に、がいるらしいのですよ、裁判長。つまり、あの大量のトイレットペーパーは、犯人が被害者を刺した際、うっかり口から吐き出してしまったものと私は推測、いや確信しております。その場合、被告人は犯人ではないということになります。口からトイレットペーパーを吐き出さない限りですねぇ。さて、証拠は……来た。ぐふふふ」


 一人の女性が弁護人に近寄り、メモを渡した。


「トイレットペーパーを吐く男を捕まえて、そのトイレットペーパーを分析すれば、殺人事件現場にあったものと同じものかどうか分かるでしょう。ああ、その男の名ですが……ぐふふ、検察官さんこっちにおいで。このメモに書いてありますよ。さすがにオフレコ情報ですが、こっそり教えます。今度はちゃんと捕まえるんだぞー」


 検察官は少し躊躇った後、弁護人に近寄り、弁護人と一緒にそのメモを見た。


 口からトイレットペーパーを吐く男。その名前は──



 



「って、結局お前じゃねえかよおー」


 弁護人が崩れ落ちる。その様子を検察官は生ゴミを見るような目で見ていたが、思い出したように被告人に視線を向けた。裁判長も被告人を見ている。


 被告人──草刈和矢は口から大量のトイレットペーパーを吐き出していた。



 れろれろれろれろれろれろれろ。

 オロオロオロオロオロオロオロ。



 ざわめきさえ無くなった裁判所内に、その不気味な音が鳴り響く。やがて被告人はそのトイレットペーパーを自らの体に巻き付け始めた。


 裁判は新たな局面へと突入する。




【了】

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【短編】トイレットペーパー殺人事件 猫とホウキ @tsu9neko

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