【短編】トイレットペーパー殺人事件
猫とホウキ
前
佐竹警部補は、部下の相馬とともに殺人事件の現場にいた。目の前には血塗れの──おそらく連続殺人事件の被害者であろう死体がある。
「警部補。今回も死因は鋭利な刃物による刺殺。傷口の形状を見る限り、凶器は前回、前々回の事件と同様と思われます」
佐竹は「分かった」と返事をして、少し綺麗な空気を吸おうとベランダに出た。ここは五階建てのマンションの一室である。二階なので外から入ろうと思えば入れなくもない。今回の犯行も、どうやらこのベランダから侵入し行われたものらしい。
この事件。警察も世間もすでに連続殺人事件と決めてかかっている。何故なら、わずか数百メートル以内の近隣で同じ(と思われる)凶器を使用した殺人事件が三件も起きているのである。連続殺人事件と考えない方がおかしい。
しかし思い込みはいけない。冷静になって、アレを紐解かない限り、正しく犯人を追い詰めることはできない。
「警部補」
「おい相馬。あちこち触らんように気をつけろよ」
「はい、気をつけます。で、警部補。今回のアレ。どう思われますか?」
「見た以上にはなにも思わんな。トイレットペーパーが散らばっている。だが芯が見当たらない。それだけだ」
「はい。ただこれまでの二件のことを考えると、犯人を示すメッセージ、すなわちダイイングメッセージであると考えられます」
「その可能性は、否定はせん」
一件目の殺人事件。それは一戸建ての住宅で起きた。庭から侵入したと思われる犯人に、被害者の男性は一突きで殺害された。
ただ即死はしなかった。刺された彼は必死に庭まで這いつくばって移動し、『草』を引き抜いてから息絶えた。
二件目の殺人事件。それは団地の三階で起きた。玄関から押し入ったと思われる犯人に、被害者の女性はやはり一突きで殺されている。
彼女も即死はしなかった。刺された彼女は必死に玄関まで移動し、『回覧板』を掴んで息絶えた。
「今回の被害者も、おそらくあの男と繋がっている可能性が高いです」
「おい相馬、決めつけるな。まだ被害者のことはロクに調べてもいないだろう」
「ですが、すでに二件のダイイングメッセージがあの男を犯人と示しています。今回のトイレットペーパーがなにを示しているのかは分かりませんが、たぶんあの男を示すのではないかと」
佐竹は相馬から視線を外す。この部下の言い分はもっともである。物的な証拠はないが、状況証拠は十分に揃っている。男がこれまでの被害者二名と知人であったことも分かっている。
その犯人と思われる男の名は、草刈という。苗字に草がついているのだから、最初の殺人事件のダイイングメッセージである『草』とぴったり適合している。
そしてその男は、二件目の事件の被害者と同じ団地に住んでいる。被害者が掴んでいた『回覧板』には、一箇所だけ赤い印──要するに血で染まった、部屋番号のチェック欄があった。その部屋番号は502。草刈が住んでいる部屋の部屋番号である。
この時点で、草刈という男が犯人である可能性は限りなく100パーセントに近い。ただダイイングメッセージというものは偶然と言い逃れされてしまう可能性もあり、目撃者や動機が見つからず、まだ草刈を捕まえられずにいた。
その中で起きた第三の殺人。草刈のことは十分にマークしていたはずなのに、警戒が薄くなったタイミングでやられてしまった。
「ところで相馬。草刈の下の名前って、なんて字を書くんだ?」
「和風に弓矢で、
「紙とか、便所とか、そういう字は使ってないのか」
「はい。出身地や職業、趣味なども、トイレットペーパーとは関係が無さそうですね」
「じゃあ、違う犯人を示してる可能性ってこともあるわけだ」
「警部補……。さすがにそれは無いかと」
「模倣犯の可能性もあるだろう。傷口だって、今はまだ似てるとしか言えない。だからなぁ、このトイレットペーパーの謎をきちんと解かんといかんのだよ」
この三件目の被害者は、大量のトイレットペーパーの中で死んでいる。トイレットペーパーは巻いてある状態ではなく、芯から外れたバラバラの状態である。
止血に使ったようにも見えない。そうであるならば、なにか意図があってこうしているのだろう。
このトイレットペーパーも、必ずあの草刈という男に繋がるはず。そう考えてみたものの、佐竹と相馬はどうしてもこのダイイングメッセージを紐解くことはできなかった。
しかしその後、細かな物証を集め、なんとか草刈宅への家宅捜査に至った。そこで凶器のナイフを発見。完全な物的証拠を見つけたことで、佐竹たちはトイレットペーパーへの興味を無くしていた。
その詰めの甘さが、裁判でまさかの事態を招く。
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