69.旅は続き、いつかは……

 大地を照らし出す曙光に包まれながら俺達はギルドを後にした。二人とも、ロージーの訓練ですっかり早寝早起きになってしまっている。


 とはいえリッテは少し体がだるそうだ、先日の戦いでの疲れや、魔法の負荷に体がまだ慣れていないのかも知れなかった。


「ねえ、本当に来るの? あの黒シスター」

「さあな……半々くらいだと思ってるけど」


 俺の言葉をアンナがどういう伝え方をしたのかはわからないし、そも彼女が世界を回りたい思っているのもアンナの想像でしかないかも知れないのだ。


 彼女は神聖魔法の使い手で、病気に関しての知識も有るので、着いて来てくれればとても心強いものはあるが……それを望むのはただのエゴだろう。


 待つ間に俺は馬車を眺める。いや、流石に生馬車は間近で初めて見る。


 どことなく馬臭い(?)匂いが漂って来るその場所は、コルン北側の出入り口だ。

時折甲高くいななく彼らの姿は俺達よりずっと大きく圧倒されるものがある。


 向こうの世界だと見るとしたら競馬場か動物園位しかないので中々新鮮だ。どんな道のりになるのかちょっとワクワクするな。


 しかし、流石に高い料金を払うだけあって、中々立派な馬車だ。馬四頭に引かせ、しかも騎馬で護衛までしているらしい。

 よく見ると、車輪部分や台車の部分に装飾の様な幾何学模様が書いてあったりする。もしかして部分的に魔具を使用しているのかも知れない。


 リッテは、懐かしむように目を細め、街を見やると鞄から一枚の銀色のカードを取り出した。それは出立の前にロージーが用意してくれたC級の冒険者証だ。


 ――昨晩のこと。


 ガムリを打倒したリッテは、冒険者ギルドの二階、居住スペースのリビングで寝そべっていたロージーに就寝前、俺と共に最後の別れを告げたていた。


「「長い間、お世話になりました……!」」

「ふん……全くだよ。お前達の相手をしてたせいで、寝不足で肌は悪くなるわ、稼ぎ頭は止めちまうわ、良いこと無しだ」


 その言葉にリッテは少し表情を硬くした。それを見て、ソファから立ち上がったロージーは彼女の頬をつまむ。


「いひゃ……いひゃいよ、止めて」

「嬉しくないのかい? あんたは自分の言った事をちゃんとやってのけたんだ。自分の家族を馬鹿にした奴をぶっとばした。そうだろ?」

「うん……でもさ。何か、思ったより嬉しくなかったって言うか。しっくり来ないっていうのか」


 ロージーは、ふっとため息を漏らしながら、少しだけ表情を崩した。そしてリッテの細い髪を梳くように撫でた。


「馬鹿な子だね。あんたは余計な事考えなくて良いんだ。まっすぐなのがあんたのいいトコだろ。小難しいことは全部こいつに任せて、笑ってりゃいいんだよ」

「痛づつ……」


 ふくらはぎにぼすっとロージーの蹴りが淹れられて、呻く俺にリッテは少し笑顔を取り戻した。


「そう、それでいい。そういう奴がいないと、始まんないからね。ほら……受け取りな」


 彼女は小さな紙袋をリッテに押し付ける。中には一枚の薄い銀色の板。それには、間違いなくリッテの名前が入っている。


「これ……あたしの、新しい冒険者証? それと指輪が二つ?」


 金色でできた、小さな花の模様が入ったリング。それをロージーは一つは俺に身に着けるように言った。


「お守りって奴さ……。あいつはいつでも誰かの助けになりたがってたから、あんた達にやった方があいつも喜ぶ」

「もしかして、フラーミルさんの……」


 恐らく、鋳潰しでもして形を整えてくれたのだろう。


「そんな大事な物……。本当にあたし達が貰ってもいいの?」

「あたしにはこれがあるからね」


 そう言って取り出したのは、ロージー自身の物ではない、今は無き友人の黒銀の冒険者証。それを大事そうに一撫でして、懐に仕舞い、彼女は俺達二人の間に入る様にして肩を抱いた。


「また、全部終わったらまた戻って来て顔を見せてくれ。そしたらさ、多分……」

「……ロージーさん」


 彼女の香水の香りと、微かに薫る煙草の匂いに包まれながら、リッテは涙をぐっとこらえてしがみつく。

 そして、俺達を送り出すかのようにロージーはとんと軽く突き放すと、背中を向けて小さな呟き一つ残し、ひらひらと手を振った。


「頑張んなよ、二人とも」……――。


 ミスリルでできたそれは朱色の日の光を反射して美しく輝く。

 ちなみにおれも昇級点は貯まっていたようで、D級まで昇格したのだが、冒険者証自体はまだ白い紙の札のままだ。


 差は縮まっているはずなのに、なんとなく逆に差を付けられたようなで悔しい。


 しかし、エスクルデル……一体どんな街なのか。ロージーから聞いた話では、山裾で、鉱山などの採掘がさかんで、鍛冶や魔道具生産などが発達しているとの事らしい。


 勝手なイメージだと、ドワーフとかがいそうな土の街っていう感じだ。山々の傾斜に沿って色々な建物が建てられていたり、穴を利用してその内部に居住していたりとか……。


「ね……次の街も楽しみだね。山越えの案内人とかも探した方が良いって言ってたし、良い人と出会えるといいね」

「だな……装備とかも出来れば整えたいし、しばらくはそこでしっかり準備を整えて、金もしっかり貯めてから進むようにしよう。リッテがC級になったから、受けることが出来る依頼も少し増えるだろうし」


 級が上がったからと言って過信は禁物なのだが、安全が確保できているような依頼にはどんどん挑戦していくようにしたい。


 今まで、配達とか店の手伝いとか、害虫や野生動物の駆除とかそんな仕事しかしてこなかったから、そろそろちゃんとした依頼に挑戦してみるのもいい頃だ。ロージーの訓練の成果も試してみたいし。


 要人の護送、希少なアイテムの採取、人探し……あまり思い付くものも多くなかったが、これからは自分達で判断してこなしていかなければならない依頼も増えるだろうし……役割分担がより必要になって来るだろう。


 うまく支援魔法を使いこなせるようにならないと……。今も地味に練習中で、俺の体には薄く色とりどりの光が代わるがわる映る。


 そうこうしている内に、山間から太陽が完全に姿を現わして、空が清々しい青へと塗り替わっていった。そろそろ出発の時間だ。


「……残念、来なかったね。ま、しょうがないよ……ここにはアンナちゃんもいるから、皆と仲良くするのも楽しいと思うしさ」


 リッテがぽんと俺の肩を叩いた。複雑な気持ちが垣間見える表情だ。彼女とアルトリシアは未だに折り合いが悪いままだから仕方ない。


「そう……だよな。うん……まあでも、ギリギリまで待つよ。馬車の乗り口に行っておこう」


 俺とリッテが馬車に向かって、踵を返した時、遠くで黒いものが風に揺れ騒々しく石畳を叩きながら走って来る人間の姿が見える。


 黒髪を風に散らしているのと、赤いお下げ髪を揺らした二人の少女……アルトリシアとアンナだ。アルトリシアの手には大きな革製のトランクを抱えている。


「うわ……来たし」


 リッテはちょっと……いや、結構嫌そうな顔をして、一方のアルトリシアが目の前で息を荒げながら足を止めた。

 それから幾分か遅れてアンナがトテトテと歩み寄る。


「ハァ、ハッ、ハッ……間に合った。私も、行きます」

「ごっめ~ん、私とろくて~……足引っ張っちゃった」


 アルトリシアは乗車券を係の者に渡して、俺に向かって手を差し出す。すっきりした笑顔が眩しい。


「しばらくの間……私も連れて行って貰えるかしら。アンナ達には迷惑をかけるけど、背中を押してもらったしね……やりたいようにやってみようかと思ったの。一人で回るには、この世界は危険も多いしね」

「ああ、歓迎するよ……。ええと、少し長いし、アルでいいのかな? 俺はジロー・カズタ」

「好きに呼んでちょうだい、ジロー。ほら、そっちのあなたもいつまでもへそを曲げてないでこっちを向いてよ!」

「……わかったわよ。リッテ・マリアクラム。リッテでいいからさ……取り合えずその手、二人ともそろそろ離さない?」


 リッテはそっぽを向いたまま、指を二人の固く握った手に向けた。


「ああ……ごめん、気づかなかった」

「い、いえ……待たせては悪いし、もう中に入りましょう」

「……言われなくたって」

「ジロー君も、リッちゃんも……アルちゃんをよろしくねぇ。意外とおっちょこちょいなとこあるから」


 そして俺達をいつもの緩んだ笑顔で見送るアンナ。いつでも自分のペースを崩さない、それが彼女のいい所なのだと、そう思う。


「大丈夫だよ。アンナも変なもの食べて腹を壊したりするなよな」

「最後まで失礼だなぁ、ジロー君は。それじゃみんな~、またねぇ。お土産、一杯期待してるからねぇ~」


 彼女はまた再会できることを確信しているかのように、努めて気軽に手を振り、それを聞いた三人の間に笑みが広がる。

 もう出発の時間だ。俺達は馬車に乗り込み、皆を代表してアルトリシアがアンナを窓から見送る。

 

 動き出す馬車の窓から顔を出し、風が飛ばされない様に脱いだベールから長い髪が拡がるのを押さえながらアルトリシアは大きく手を振る。


 その視線の先には、遠ざかる小さな街を背にした友人の姿。いつになるかわからないけれど、きっと俺達は戻って来ることになる……そんな予感を胸に抱く俺達を乗せ、馬車はゆっくりと速度を上げ、遥か先の目的地へと轍を刻んで行く……。




 


 ――そして数年後……。


 照り付ける日差しの中、子供達があぜ道を元気に走って行く。

 夏の初め。畑は刈り入れを待つ麦の穂で金色に染まる中、少女が派手に足を絡ませて転んだ。


 盛大に泣きわめく少女……それを抱え上げたのは、簡素だが、品の良い衣服に身を包み、長い金髪を揺らす一人の娘だ。

 

「大丈夫? 足元をちゃんと見て進まないから……」

「うぇえん。痛いよぉ……ファリスお姉ちゃん」

「この位の傷なら大丈夫。手当してあげるから、ほら、背中に乗って」


 清水で傷口を洗い、少女を背中に乗せて彼女は家へと戻る。

家では今日は父が洋裁の内職をしている。

 二人を育てた際に、母がわりとして身に着けた技術は今も健在で、意外と村人からの評判も上々だ。


 この子を帰したら、丁度お昼時だし食事にしよう。隣家の人々から労働の対価に貰った食料を無駄にしなければ、そんなにあくせくしなくても、ここでは生きていける――。


 しばらく歩き、前で抱えた少女も泣き止む頃、ファリスの耳に、遠くから何かが届いた気がした。

 その声に、ファリスはとても懐かしい何かを思い出し、ゆっくりと振り返る。


「――――ぃ、お~い」


 昔と変わらず、日差しを浴びてまっすぐ伸びる麦の穂の間に見えたのは、とうにそれを追い越してしまった銀色の頭。


 でも強い日差しを反射して煌めきながら、風になびくその髪は、昔と変わらない。

 

(あの頃も……そうやって元気に良く走ってたよね、あなたは……)


 少し髪は伸びたかも知れないけど、でもその満面の笑顔は何も変わることが無く元気にこちらを照らしている。

 

 そして後ろには、少し背が高くなった少年の姿。


 彼は、約束をちゃんと守ってくれたのだ。


「ねえ、ファリスお姉ちゃん、あの人達だぁれ?」


 ファリスは少女に優しい眼差しを向けて、にっこりと微笑む。


「お姉ちゃんのね、大切な家族なの。長い旅をしていたけど、やっと……帰って来てくれたんだ」

「そうなの……? よかったね、ファリスお姉ちゃん」


 少女は不思議そうにファリスを見つめたが、彼女の顔にもすぐ、きらきらと輝く子供らしい笑みが浮かんだ。

 

 ファリスは「ちょっとだけごめんね」と少女に断わり、体をそっと降ろすと大きく手を振った。


 少しずつ近づく二人の姿を祝福する様に、金色の麦畑がゆらゆらと風に穂を揺らす中――。


 彼女は辿り着いた二人を、顔一杯に笑みを広げて迎えた。

 

「お帰りなさい、ずっと……待ってたよ――!」


(END)

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


(※)本編に全然関係ない話なのでどうでもいい方は読み飛ばして頂ければと思います。

 

 2021年9月22日、69話で完結です。1カ月程度の短期連載になりました。読んで頂いてありがとうございました。

本当はもう少し続けたく思っていて、ストックも八十話前後はあったのですが、色々未熟な点を感じ、これ以上続けても楽しんで頂ける物にならないと判断して完結させていただきました。


 個人的に悩んだのは、大まかに分けて以下の問題でした。(多分もっとあるかとは思いますが)


・キャラクター、特に主人公に魅力が無く誰の話を呼んでいるのか分からない。(登  

 場人物の言葉や会話に面白みがない)

・独自要素がほとんど登場せず、売りが無い。(テーマとして押し出せるような要素 

 が無いのでタイトルやあらすじなども非常に微妙になってしまいました)

・主人公の成長が描けていない。

・話の構成が下手でわかりづらい

・単純に面白い話が書けていない(有難い事にPVを7000程頂けたのですが、評  

 価も企画で来てくださった方の評価がほとんどでした。読者様の読みたい話が書け 

 ていないんだろうなあという感じです)


 面白さというのが何なのか、随分悩みながら書いていました。発想?キャラクターの掛け合い?ストーリー?バランス?結局これだという物が見つからないまま書いていた気がします。もっと書いて読んで勉強して行こうと思います……。

 

 色々問題の合った作品でしたが、読んで頂いた方、フォローして下さった方、応援や評価を下さった方、誤字脱字の指摘まで細かくして下さった方、本当に励みになりました!

 これを成長の糧にして、少しでも今後、読んで楽しかったと思える物を書いていけるよう頑張ります。本当にありがとうございました!


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ゆっくり強くなる異世界転移~召喚した神から匙を投げられ、仲間達と好きに冒険していたら神秘の力に目覚めました!~ 安野 吽 @tojikomoru

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