68.決着
ガムリは先に動いた。警戒するまでも無いという事だろう……速い。シルヴァンと戦っていた時にも思ったが、粗野な態度とは裏腹に、戦闘時の彼の動きは無駄がなく精密だ。
腰を低く沈ませながら身を寄せ、彼はリッテに右拳を繰り出す。その矢のような牽制のジャブを彼女は首を振ってかわしながら後ろに下がる。
だが彼の攻撃はそれだけでは終わらない。鋭く足元を狙ったローで足を払うと見せかけて距離を詰め、両利きであるかのように自由に左右の手を振り回し連打を繰り出す。
俺にはその軌跡は完全には辿れなかった。紙を裂くような風切り音が辺りに何度も響き、やがて一息つこうとしたのか、ガムリは少し距離を空けた。
「随分と、ちょろちょろ動きやがる。どうやら、勘じゃねえようだな」
「……当たり前でしょ、あんたよりロージーの方が何倍も速いんだから」
「ハ、こそこそ隠れてなんかやってたわけかよ。だが、逃げ回ってるだけじゃ何にもなんねえぞぉ!」
ガムリはまた距離を詰め、容赦ない打撃を連続で繰り出す。ガムリのレベルが幾つなのかは知らないが、長期戦になれば彼の方が有利なのは確実だろう。
リッテは相変わらず、彼の攻撃を避けることに専念している。拳が頬をかすめ、その銀色の髪を散らした。
だが……重たい音の後、後ろによろめいたのはガムリの方だった。彼は、二歩ほど後ろに下がり、腹をその手で押さえ、脂汗を滲ませた。
「てめぇ……何をしやがった……」
対照的に彼女は、そのままの姿勢で見下ろすように構えたままだ。特段変わったところは無いように見えるが、良く見ると彼女の周りにうっすらと何かが漂いその髪を、上下に揺らしている。
風……いや、室内に風を起こす様なものはないはずだが……。もしかして、あれか!?
――俺はロージーとの訓練時にリッテが試していた技を思い出す。彼女が自身の体に、風を纏わせて行動の加速をできるようになったのははつい最近のことだ。それを瞬間的に操りながら、要所要所で動きを加減速しながら、トリッキーに動いていた。残念ながらロージーの体に触れることはなかったが。
リッテは魔力は低いが、生まれつき風を読むのに長けていたらしい。ブーメランを操るのが得意なのもうまく風に乗せることが出来るからこそで、その才能がLVの上昇によって風を操る魔法へと開花したのだ。
そしてその威力は今ガムリ相手に十分に威力を発揮している。
「……風魔法か」
「わかるでしょ……あんたの攻撃は当たんないし、あたしの攻撃が当たれば、あんたは無事じゃ済まない。負けを、認めてよ」
「御免だね……まだ負けちゃいねえぜ」
ガムリは、健在をアピールするように打ちかかったが、先程と違って動きに精細が欠けている。
対してリッテの動きは淀みなく、軽快なフットワークでかわしざまに懐に入り、右拳を脇腹にもろに突き刺した。
しかし、鈍い打撃音に顔をしかめたのはリッテの方で、ガムリは倒れずにそのまま大振りのカウンターを放つ。それも力なく、リッテの顔を捉えることは結局出来なかったが。
どこか、内臓を傷つけたのか彼は口から血を流しながらも、闘志を失うことは無く、逆にリッテが顔を歪め、悲痛な叫びをあげた。
「もう勝負は決まったでしょ! 降参してよ! いくらあんたが気に入らないやつだからってこれ以上痛めつける気にはならない……」
「甘いこと言ってんじゃねえ……このクソアマ! お前が仕掛けた勝負だろうが、なら最後まできっちり、ケリをつけやがれっ!」
ガムリは地面に血反吐を吐き出すと、また彼女に打ってかかる。見ていられない程緩慢になった彼の動きだったが、それには戦う者の執念が感じられる。
それに答えるように、リッテが決意したようにこぶしを強く握りしめた。
「……わかったわよ! 歯の一本や二本覚悟してよ……せやぁっ!」
片や一枚の紙きれのために、そしてもう片方はただ自分のプライドを守るために。お互いに形のないものを守ろうと、必死に心を奮い立たせて戦っている。
その様は、周囲の物に口すら挟ませない重々しさがある。
汗と血を飛び散らせながら、ガムリが必死の抵抗を見せ、時折リッテの体を拳が掠めた。
彼女の吐く息も荒く、このまま長引けばガムリにも勝機はあるかと皆が固唾を飲んで見守っていた時だった。
足が震えてガムリの足が止まり、咳き込んで血を吹き出す。やはり先二発の打撃は彼に重いダメージを与えていた。
そして、その瞬間を見逃さず、リッテが威勢よく繰り出した拳は緑色の輝きを放ち、ガムリの顎を下から突き上げた。
長身の彼の踵が半ば浮き上がり、ぐらりとよろめいた彼は、体を支えきれずについにその場に崩れ落ち、膝を着いた。
「……そこまで! この勝負はリッテの勝ちだ、文句ないね?」
戦いの終わりをロージーが告げ、辺りがしんと静まった後、罵声が飛び交い始める。
「待てよ! ま、魔法の使用は卑怯だろ! それが無きゃガムリが勝ってたに違いねえ!」
「あんたらもうるさいね……魔物との殺し合いなら命を取られてるんだ。後からの物言いなんざ意味の無いこと位、冒険者として理解してるはずだろう」
「それとこれとは話が違うだろうが! こんなのは無効だ!」
ガムリの取り巻き達から異論が上がり、血相を変える彼らの声はどんどん大きくなり、誰からともなく武器を取り出し、鞘走りの音が辺りに響き出す……だが。
「――うっせえぞ!!」
それらを静めたのは、俯いたままのガムリが血の唾を吐きながら放った怒声だった。
辺りが静まり返り、ガムリはふらつきながら顔を上げる。くぐもったその薄笑いは周囲では無く、自分を嘲るものだ。
「ハ、ハハ……みっともねえ奴らだろう。俺もそうさ……。弱い奴をを見下して、自分の思い通りにいかなきゃ何時でも他のせいにして。自分のちんけな
ガムリは腰の鞄から自身の、銀色に輝く冒険者証を取り出すと、それを目の前に置く。
そして……何を思ったのか両手で握りしめた己の剣を思い切りその上に突き刺し、半分に断ち割った。
「……これが俺なりのけじめだ。負けを認める、済まなかった。今日限りここへは来ねえ、二度とな……世話になった」
彼はそれをロージーに投げ渡すと、ふらりと立ち上がる。
取り巻きが肩を貸そうと駆け寄ったが、その手を強く弾き、ゆっくりと足を引きずりながらその場を後にした。たった今、彼は冒険者を辞めたのだ。
「ちょっと待ってよ! 何よ、それ……! そんな……」
後を追おうとしたリッテをの肩をつかみ俺は首を振った。勝者が敗者に声を掛けても惨めにしかならないじゃないか……そう思ったのだ。
リッテは、腕をだらんと垂らしたまま、しばらくその背中を見つめていた。望む望まざるに関わらず、勝つことで、人の生き方を変えてしまう事も有るかも知れないということを今俺達は思い知った。
この先前に進むたびにこうした重い荷物が増えていくのかも知れない。まっすぐな彼女の心が折れないよう、少しでも支えになればと思って俺はその背中に手を当てた。
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