67.誇りを賭けて
出発を次の日に控え、俺とリッテは冒険者ギルドを訪れていた。目的は一つしかない。リッテはギルドの中に入るなり、奥に座っている一人の男に鋭い一瞥をくれた。
「ガムリっ! あたしと勝負して! ……この間の借りを、街を出る前に返したいの」
「……寝ぼけたこと言ってんじゃねえ。何でおれがそんな一銭の得にもならねえことをしなきゃならねえ? 負けたら手前が金でも払うってんなら別だが、それとも、手前の貧相な体でも賭けるかよ?」
ガムリは足元にあった木製の椅子を蹴とばすようにして威嚇する。やはり、いつも通りこの男は悪党の態度を崩していない。あの子供達の前で見た彼の姿が、幻であったかのように。
珍しくリッテは舌打ちしたが、引く気はないのか一歩足を踏み出す。
周りの取り巻きが殺気立ち、武器を手に取るものも居る中、流石に俺は止めるべきかと思ったが、それより先にカウンターの奥からロージーが口を出した。
「……勝手な真似をしてるんじゃない。ここのギルドを取り仕切るのはアタシだ。ルールを決めるのもね。ガムリ、あんたは何が欲しいんだい?」
「さっきも言っただろが……俺は金が欲しいだけだ。金さえもらえればそのガキ娘に黙って殴られてやってもいいんだぜ? ハハッ」
「そうか……なら、あんたが勝ったらここをくれてやる」
彼女はこの冒険者ギルド自体を担保にして、賭けに乗ると言っているのだ。その言葉にガムリは目を剝いた。
「……正気とは思えねえな」
「ならほら、権利書だ。改めな」
ロージーはガムリに円筒の紙筒を放って見せる。引き抜いた筒の中から一枚の書類をを見て本物と確認したガムリは顔をしかめ、投げ返した。
「……どうだい? 国印もちゃんとされてたろ。もし話に乗るんなら、あんたも何かを賭けな」
「ロージーさん……それは!」
リッテがその無謀な賭けに異を唱えようとする中、ロージーはリッテの頬を張った。
「あんた、隣にジローを置いといて勝手な真似をしようとしてんじゃない。しばらくすれば頭も冷えるかと思ったけど……馬鹿だね。あんたがもし逆の立場だったらどうするつもりなんだ? あんたが負けたら間違いなくジローはガムリに喰って掛かっただろう、下手すりゃ殺し合いになるよ」
「……ごめんなさい」
その様子を見ていたガムリは、筒を手元で回しながら、顔色も変えずに条件を確認する。
「……そこまで言うならやってやってもいいが、ロージーよぉ……俺はこのギルドの建物と釣り合うような価値のあるもんは持ってねえぜ。どうすんだ?」
「なら、リッテ。あんたの勝負だ、あんたが決めな」
「……なら、あたしが勝ったら、あんたが紙くずだって馬鹿にしたこれの前で、きちんと謝って……本気で」
彼女はかつて彼に踏みつけにされた自分の冒険者証を懐から取り出して、はっきりと前に突き出した。それを見て、ガムリは怪訝そうな顔をして喉を震わす。
「謝る……そんなもんでいいのか? 這いつくばってすいませ~んって情けない声出して靴でも舐めりゃいいってのか?」
「いい加減にして! あたしが言ってるのはそういうことじゃない……もっと真剣にやってよ!」
灼けた鉄のように光る彼女の目を見て、少しは感じるものもあったのか、ガムリは薄笑いを引っ込めた。
「ふん……まあ、いいだろ。どこまで真剣にやるかはお前次第だ。そんで、ルールは?」
ロージーは前に出て、二人を遠ざけ、周りの冒険者に退くように言う。入り口側と奥側、丁度いい場所に一つずつ椅子を置く。
「この範囲から出たら負け、武器は無し、殺しは無しでなんでもありで殴り合いな。双方のどちらが背中か膝を着くか、意識を失くしたら、それで終わりだ」
「……何か仕掛けがあるんだろうが、……まあいい、やってやる。後、外部からの手出しは無しだぞ」
「わかってるよ……」
ガムリが警戒しているのは俺の支援魔法だが、元よりそれは頭にない。
「リッテもそれでいいね?」
「うん、願っても無いよ」
「なら、両者とも同意と見なす。少し離れな……開始の合図はアタシが出そう」
両社はそして別れて睨み合う。ガムリは細身とは言え、少し小柄なリッテより、一回り以上体格は大きく、背も頭一個半は抜け出ている。相当なリーチの差がある……懐に潜り込むことさえ難しいはずだが、一体どうやって戦うつもりなのか。
「では、双方構えを。……開始!」
緊張に汗を滲ませる俺の前で、ロージーが手の平を打ち鳴らし、二人の戦いが始まった。
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作者都合で済みませんが、次々回の69話で完結の形とさせて頂きます。
詳細は69話の後書きに記載します。
読んで頂いた皆様、誤字修正など協力していただいた方々、本当にありがとうございました。
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