66.友人の為に

 クルーガ連峰の麓、エスクルデルの街までは徒歩だと三、四日かかるという。

 まだ肌寒い中、野宿も出来る限り避けたい所だからという理由で、俺達は馬車で移動することを選んだ。一人頭50ルコを支払い、乗車券を二枚購入する。


 ここに来て一月以上があっという間に経過し、もう見慣れたのこの街を、感慨深げにぐるっと回る。


 教会の《存在証エクスタグ》の一件から始まり、ロージーやガムリとの出会い、初めての迷宮探索、アルトリシアやアンナと協力してのレッサーデーモンの打倒等、短い間に色々なことがあった。


 ぼんやりと考え事をして歩く中、自然と足は貧民街の方に向かっていた。そこでは今日も彼らが炊き出しを頑張っている。

 初日の二倍か三倍には人は増えて、教会の皆も交代で手伝ってくれているようだ。いずれまたこの中から、志を新たにして頑張ろうという人が出て来ると良いと思う。


 ふと見ると、アンナがこちらに手を振っている……目敏く気付いたようだ。妙に左右に揺れる走り方で近づいてくる。


「ジローさんだ~。どうしたの~? 炊き出しが~恋しくなってきたの~?」

「いや、そうじゃないけどさ……街を回ってる間になんとなくな。うまくやって行けそうか?」

「うん~。みんな結構そういうのが好きな人たちだからぁ~、心配ないと思うよ~。食べに来る人達が元気になったら~何かお仕事とかをさせて上げられるといいと思うんだけど……」


 意外にちゃんと考えてるアンナに俺は感心した。そうだな……短時間でもいいから真っ当な仕事について働くことが出来たら、生活も少しは豊かになって、張り合いも出るだろう。


 だが雇用を創出するまでするのは難しい。少しずつ、街の役人に働きかけたり、自分達で出来る事を探すなど、地道な努力が必要だ。長い時間がかかるだろう。


「先の話になりそうだよなぁ……」

「そだねぇ~……。あ、そうそう、ジローさんお願いがあったんだ~」

「……?」


 彼女は珍しく目をしっかり開いてじっと俺を見つめる……なんだろう。彼女は背が低いので自然と上目遣いになり……そんな風に見られるととても恥ずかしい。


「あの~、その~……う~ん」

「な、何だよ……はっきり言ってくれないと分からないぞ」


 どうもじれったく感じながらも、俺はしかし急かさないように待つ。彼女は皆とは違う時間の流れで暮らしているような所があるのだ……。

 そして、何かを迷っていた彼女も、やがて意を決したように口を開いた。


「あ~……アルちゃんを、連れてってあげて欲しいの~」

「……アルトリシアを? 俺が? どうしてさ」

「……だってアルちゃん~、ジローさん達が出るって言ってから、ずっと浮かない顔してるから……。多分ね~色々な街を回って、自分の~お仕事とか~これからのこととか~考えたいって思ってる気がするんだ~……。でも私達のことを考えて~ここに残ってくれようとしてる……ような、そうでもないような?」


 アンナはう~んと唸りながら、ぽつぽつと言葉を漏らす。どっちなんだそれは? それにもし彼女が出て行ったとして、残されるアンナは悲しくないのだろうか?


「あんたは、俺が彼女を連れて行っても寂しく無いのか? せっかくできた友達なのに」

「そりゃ~寂しいです。とっても寂しいけど~。でも~……」


 彼女は簡易診療所の方を見やった。今もあの中ではアルトリシアが働いているのだろう。そこをぼんやりと見ながら、アンナは少し羨ましそうに言った。


「アルちゃんはね~……もっと色んなところに行って、一杯の人を助けてあげられる人だと思うんだ。自分でもそうしたいって思ってたから、一人でもあんなことを始めていたんだと思うし。普通の人だったらあんなこと一人じゃ出来ないよ……とっても、強い人だと思う~」


 彼女はくるりと振り返り、その顔には元通りの笑みがこさえられていた。そして白い歯をにいっと覗かせると、こちらに深々とお辞儀をする。


「ジローさん、お願いします。アルちゃんの手を、引いて行ってあの子に色んな世界を見せてあげてくれませんか~?」


 友人の事を思うその真摯な言葉に俺は頬を掻いた。本当にアルトリシアは……そんな風に思っているのだろうか。彼女が願うならば、俺自身は異論がないし、リッテはまあ道中説得するとして……決して安全な旅路では無いのに、彼女を巻き込んだりして良いものなのだろうか?


「……アルトリシアに伝えてくれないか。俺達も冒険者で、安全な旅をしてるわけじゃない。魔物と戦うことや、下手したら命を落とす事だってあるのかも知れない。それでもいいなら仲間として歓迎させて貰うから、二日後北出入り口の馬車乗り口に、日の出までに来てくれって」

「アルちゃんに、直接言ってはくれないの~?」

「……自分で決めないといけないことだと思うからな。さて、俺はもう行くよ……アンナにも世話になったな、なったっけ?」

「そんなこと言わないでよ~、ここは美しい思い出として残しておくとこなんだよ~、大目に見て~」


 俺は子供のように俺の腹を叩きながら笑う彼女のベールの上を、ぽんぽんと撫でた……。そして彼女と握手を交わす。


「またいつ来れるかどうかは分からないけど、達者でいろよ。何か変な物を食べてお腹を壊したりするんじゃないぞ」

「ジロー君は失礼だな~。でも楽しかったからいいよ。今度帰って来る時は、美味しい物一杯お土産に持って来て欲しいなぁ~。怪我とかしないように、頑張ってねぇ~」


 いつまでも緩い雰囲気の彼女はそれだけ言うと、悲しそうな顔は一切見せずに別れの日に顔を見せに来ると約束し、またねと微笑んだ。

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