人生リスタート

小宰乱

第1章

第1話 虚無




 「はぁ、死にて。」



 バイト先のコンビニの裏で、赤褐色のクッションのパイプ椅子に座り、タバコの煙

を夜空に向かって吐き出しながら、呟いた。耳打ちをするような声で。


 冬の夜に吸うタバコはうまい。各段にうまい。部屋の中で吸うタバコとはわけが違う。加えて、この間も時給は発生しているのだ。なおさらうまい。


 「なんでこんな所にいるのか俺は。そして何でこんなことしてるんだろう。」

 これを考えるのは今日で二十回目くらいだろうか。いつも死にたいから入って、次には、何でこんなことしてるんだろうになる。そして次は、”このままじゃいけない”かな。


 片手でスマホをいじりながら、丸まった、フレッシュさも渋さもない、軽い背中で、乞食のように煙を吸い、洋画俳優のように煙を吐き出す。


 携帯の検索履歴には、”人生逆転 資格” ”食える資格” ”コスパのいい資格” ”人生逆転 二十台” とある。


 「はぁ、死にて。」


そうつぶやきながら、”司法書士”の参考書を、ネット通販で見ている。


 俺は今まで、一生懸命努力した事がない。死ぬ気で努力して、何を成し遂げた事がないのだ。それが自分にとっては、コンプレックスなのだ。


 俺は、”努力は報われる”と信じている派だ。


 努力した事ないくせに。


 世の中には、

 「努力が報われる程、世の中は甘くない。」

 「努力は必要だが、才能も必要。」

 「不向きな分野で努力するより、努力しなくてもよい得意な分野で勝負するべきだ。」


などと、努力に対して、否定的な発言も少なくない。



 しかし、俺は大抵の事は向き不向き関係なく、努力で結果は出ると信じている。

いや、信じないとやっていけないのが本心かもしれないが。



 そりゃ、三流大卒の俺が今から弁護士になれるか、医者になれるか、宇宙飛行士になれるかと言ったら、まぁ、百パーセント無理だろう。


 しかし、”司法書士”なら、死ぬ気で努力したら、ギリギリなれると踏んだ。


 俺は、それまでの死んだ目とは打って変わった、格闘家のような、挑むような目で、タバコの火を吸い殻入れに押し付けた。





 あれから俺は、死ぬほど勉強した。


 バイトを辞め、今まで触れた事もない憲法や民法、会社法などの司法書士用の参考書をどっさり買い揃え、勉強した。


 法律を勉強した事は今までなかったので、最初は中々条文の意味を理解するのに苦労したが、今では、時間がかかるが、理解ができるようになってきた。


 しかし、一日八時間以上の勉強を三か月続けた時、気づいてしまった。



 司法書士は”かなり”難しい試験であると。



 具体的には、合格率は三パーセント前後で、膨大な試験範囲に、正解答率約八十五パーセント以上が合格ラインであること。合格判定が相対評価であること。そして、合格まで最低三年以上は掛かると。


 加えて決定的なのが、資格を取ってもということ。


 そりゃそうだ。独立開業が目的の資格だしな。


 事務所を構えてるだけで仕事が舞い込んでくることはない。それに、不動産売買の件数は件並減少している。つまり、司法書士の仕事の大部分を占める不動産登記自体も減っているということだ。


 司法書士は他の士業と比べて、廃業率は低い。しかし、年収はそこまで高くない。五百万いけば、御の字レベルだ。



 俺は気づけば、司法書士について、悪いことばかり調べていた。



 ”コストパフォーマンスが悪すぎる”と思った俺は、司法書士になることを辞めた。


 本当は、ただ逃げただけなのは分かってる。


 そう、二十五歳にもなって、定職どころかアルバイトもせず、外部と遮断して、一日八時間勉強するのは辛かった。ついでに、親の目もきつかった。


「はぁ、俺はダメな奴だ。」


 そう呟きながら、俺はゲーム機の電源を入れた。

 




 

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