古本屋の赤髪のお姉さんと学校の彼と僕
@Hitonari_33
第1話 One Life.
「お客さん、どちらまで?」
タクシーを捕まえた私は行き先を伝えた。
「しかし、ここも随分と様変わりしまして。すっかり面影が無くなりました。」
「ああ、そうですね。昔、通学路だったんですよ。あのショッピングモールの外れに小さな書店がありましてね…」
「へぇ、そんなところに本屋が、長年ここでドライバーしていましたが知りませんでしたよ。」
ドライバーの話に頷きながも私、いや僕はあの当時を思い出していた。
◆
学校が終われば放課後だ。アレは部活へ、コレはバイトへとそれぞれ思い思いに動く。そういう時間だ。
その時間に僕はというと、いつものようにあの場所へ行く。
家からの帰り道、駅近くの寂れたモールの中にある小さな古本屋だ。
僕は本は好きだ。雑多な現実から夢の世界に連れていってくれる。
最近の趣味で僕はどこの雑誌か解らない様な打ち切りになった漫画をよく買っていた。我ながら悪趣味と感じるが、これがなかなか面白い。
まず知名度があまり無く巻数が少ない。これは小遣いの少ない僕にとっては大変ありがたいことだ。さらに、打ち切りの漫画とはいえ単行本になっているので面白いものも多い。まるでお宝を発掘している様な感覚で、これがなかなか癖になるのだ。この小さな古本屋はそういった漫画が多いのでよく通う様になった。
もっとも、通う理由はもう一つあるが。
「ふぅ、こんなところか。」
僕はまた日に焼けた安い漫画と小説を何冊か持ってカウンターへ向かう。
「まったキミも変な漫画買うねー」
カウンターの女性は呆れたように会計を済ませ、さっさと自分の作業に戻る。
古本屋に似つかわしくない短い赤髪。行儀悪くあぐらをかきギター?をべんべん鳴らしている。
「まぁ、これが意外な出会いがあって面白いんですよ。」
「へぇー。オタクっぽいね。」
彼女はもちろんこの古本屋の店主では無い。僕が通い始めてしばらくしてからいつの間にかカウンターに座っていたのだ。
店主の知り合いで今はバイトとしてここにいるらしい。
最初は会計のやりとりだけだったのにいつの間にかよく話す仲になっていた。
「ねぇねぇ、ニライカナイって知ってる?」
「?なんですかそれ。」
「昔の伝承。遥か遠い東の海の彼方、または海の底、または地の底にあるとされる、豊穣や生命の源の神界にいる神様。生と死を司っていて年明けにやってきて豊穣をもたらして年末に帰るマレビト神。」
「へぇそんな神話があるんですね。」
「そう。南にある伝承なのよね。そんじゃ、また明日も来んの?」
僕は少し考え、
「多分。」
あっそという声を背中に受けながら僕は自転車に跨った。
◆
「そのギター?って、自分で買ったやつなんですか?」
いつもの古本屋、いつものように手入れをしていた彼女に聞いた
「これはベース。よかったねキミぃ、他の場所だったら笑われてるわよぉ?」
間髪入れずに煽ってくる、実際、僕が悪いのだが。
「すみませんね、楽器には疎いものですから。」
「いやあん、怒んないでぇ。」
ぶりっ子のような動きを僕がスルーすると彼女は言葉を続けた。
「これはねぇ、アタシの先輩から貰ったの。」
「先輩。」
「そう、追いコンでね。オレはもう使わなくなるからお前持って行けーって。実は憧れたんだ。その先輩に。」
「へぇ、よかったら、聞いてみたいです。」
「おっ、なんだちゃんと他人に興味あんじゃん。よぉ〜し、」
彼女はベースの手入れを済ませると座り直し、
「おほん、昔々、あーでもちょっとだけ昔。ある一人のそりゃもう誰もが振り向く超可愛い女の子がおりました。」
僕は突っ込まないぞー
「その女の子はちょっと前から音楽をやっていたんだ。でも、前のバンドとソリが合わなくて一人でスれていたの。多分寂しくて、紛らわすように一人でずっとベースの練習をしていたんだ。そしたら、その先輩の目に留まってうちのバンドに来ないかって言われたんだ。そのバンドは仲間内じゃ実力のあるバンドで少し前にベースが居なくなってメンバーが足りなくなっていてね。そこを女の子が入った。バンドの皆はとても優しく迎え入れてくれた。とてもいいチームでやりがいのあるバンドだったよ。」
僕は黙って聞いていた。
「でも周りのバンドは快くは思わなかった。実力に見合ってないとか、かわいこぶって入ったとか根も葉もない噂を立てられてね、特に前のバンドのメンバーが酷くいってきたんだ、あいつは全然上手くないって。あそこはもう終わりだってね。そしたらその先輩がカンカンに怒ってね、コイツはすげぇ頑張ってんのにお前たちは何をしたんだ?なにもやってないお前たちこそ終わってるじゃねえかって。
前のバンドは名ばかりバンドで全然やる気がなかったんだ。ことあるごとに飲み会で新しい子を捕まえるような奴らだった。音楽なんてこれっぽっちも考えていなかった飾りみたいなバンドだったの。だから辞めたんだけどね。」
「周りのメンバーもあんなの気にすんな!お前はよくやってる!って言ってくれてね。んで、その女の子も身内のバンドグループでやるライブに向けて必死に頑張ったんだ。」
「それで、どうなったんですか?」
「そりゃあもちろん結果は大成功!周りのバンドグループも女の子を認めてくれたんだ!当然嬉しかった。けど、多分一番嬉しかったのは最初に怒ってくれた時かな。ああ、アタシはここにいてもいいんだ。一心不乱にかき鳴らしてもいいんだって思わせてくれた。前のバンドは結局何もできなかったみたいでライブにすら来なかったよ。悔しがる顔を見たかったけどね。」
彼女は懐かしむ様にベースを見ながら続ける。
「そこからは充実した音楽生活だったよ、たまには喧嘩もしたけど、やっぱり皆音楽が好きだったから、一度合わせればすっかり忘れて笑いあったりしたもんだ。
そして、先輩は音楽の道からは遠のくことになって、バンドメンバーはそれぞれの道を歩むことになったんだ。バンドは解散することになって最後のライブの時は色々な感情が混ざり合って、震えていたの覚えている。」
「やっぱり、寂しいとかってありますか?」
「そりゃあ、あるけど先輩達が選んだ道だから良いんだ。志や組織が同じでも、それがずっと続くわけじゃない。歩く人生は人それぞれなんだ。まだまだボウヤのキミもそのうち分かるよ。」
「なんだか実感が湧かないですけども、そういうもんなんですかね。」
「そーゆーもん。それより、もうそろそろ帰らなくて良いのん?」
しまったと外を見るとすっかり暗くなっていた。
「あ、もう帰らないとですね。…で、そんな貴女がなんでこんな所でバイトしているんですか。」
「フフフ、それはおねーさんの秘密なのだ。アタシはアタシの人生を歩いているのよ。」
なんだかはぐらかされたなー
「それじゃあ、また来ます。」
「毎度ー、ちゃんと学校楽しむんだぞ、少年。」
そんな声を背に受けながら自転車を走らせる。
『志や組織が同じでも、それがずっと続くわけじゃない。歩く人生は人それぞれなんだ。アタシはアタシの人生を歩いているのよ。』
帰路の途中はずっと彼女の言葉が響いていた。
◆
「なぁ、お前ってあの本屋良く行くのか?」
そこそこ親しい彼が意外な事を聞いてきた。彼と僕は対照的な性格だが昔からの腐れ縁で連んでいる。
「あー駅のモールの外れのところ?」
「ああ、そうそこ。俺、あの駅で通ってっからさぁ、お前の自転車よく見るなぁーと思って。」
ううむ、なんだか嫌な予感がしてきたぞ。
「で、ちょこっと中を除いたらなんだか店員さんと仲良さそうじゃん。意外といい趣味してんなお前」
「いや、からかわないでくれよ。大体、向こうから声をよく掛けてくるんだから。」
「はいはいわーったよ。ただ、恋路の先輩として一つ忠告しておく。」
誰がお前の後輩だ。
「年上だけはやめておけぇ…」
ぽんっと両肩を叩かれ、ぐったりした顔で言ってきた。
ああ、コイツは苦労したんだな。風の噂じゃあコイツは昨日3年生にアタックして玉砕したと聞く。よしよし可哀想に、流石に身の程を知ったか。
そのまま項垂れる彼の背中をさすってやった。コレも3回めだと記憶している。
「それはそうとして、お前、進路どうすんだ?」
前言撤回。コイツは簡単には挫けない奴だ。だから同じ過ちを繰り返すのだよ君は。
しかし、進路か。
「あ。僕?それがまだふんわりとだなぁ。」
「やっぱり?俺もどうすっかなぁ。」
「なんだ、お前陸上部じゃないか。てっきりソッチ方面だと思ったんだが。」
「いやそう言われればそうなんだけどヨォ?本当にそれで良いのかって思うのよ俺も。」
「一芸あるだけマシだと思うけどな僕は。」
「なんか、そういうもん?って感じで決めるのもなぁって思うのよ。軽い気持ちじゃ無いけどさ、俺どうしたいんだろう。」
どうするも何もねーだろ!恐らくだが、多分コイツは心の奥ではもう決定している。が、正当な理由がないんだなコイツ。
僕はスポーツはからっきしだが彼の陸上の能力はとても凄く感じる。実際顧問もかなり熱心に推薦していたのも聞いている。
ふと、彼女の言葉を借りてみることにした。
「そーいうもんでいーんじゃないんか?どう選んでもお前の人生だろ。今は同じ学校で同じ道を歩いているように感じるけど、お前はお前の人生を歩んでいるんだよ。実際能力あるんだし。やってみたらどうだ?」
彼はすごいびっくりした顔をした。
「なんかすげえなお前って。伊達に本ばっか読んでねえな。」
伊達じゃねぇわ。しかも他人のやつだし。
「そっかー、そういうもんか。」
彼は暫し考え、
「わかった!俺、お前のいう通りにやってみるわ!陸上で成績残して、やれるところまでやってみる。」
勝手に僕のせいにするんじゃねぇ!
まぁともあれ彼の後押しをすることができたようだ。良かったよかっ…
よくねぇ!全然よくねぇ!
勝手にはしゃぐ彼をよそに天を仰いだ。
僕の進路ってなんだろうか。
進路とは。
1.自ら進んで行く道。行く手。
2.将来進むべき道。将来の方向。
大体進むべきの”べき”ってなんなんだよなぁ。
僕はこの”べき”というのが強制されているようでとても嫌なんだな。
しかしそんな事を考えている奴っていうのは、そもそも社会活動に向いていないんじゃあ無いのかー。
ぐるぐると嫌な方向に考えが行く中で、
「っていうかお前はさー、こうやりたい事とか無いのか?」
「やりたい事。」
「そうそう。やりたい事。俺はホラ、陸上好きでやってて進路が決まったけど、やりたい事が無いならそれを探すために進路決めるっていうのはわりとアリなんじゃね?」
「成る程なぁ。確かにそれはアリかもしれない。」
しかし僕の心の中には何か釈然としない想いがあった。
◆
夕暮れの河川敷。僕といつもの彼女は並びながら座っていた。
さっきまでいつもの古本屋にいたのだが、彼女が外に出たいと言って勝手に店を閉めてここまで連れて来られたのだ。
「音楽。」
「んん?」
彼女はベーんベーんと調弦しながら聞いていた。
「音楽がイヤになった事ってあるんですか?」
「ん?アタシ?あるよ。」
「えっ!?そうなの?」
意外な返答に僕は驚いた。失礼な話だけど、彼女に至ってはそんな悩みなどこれっぽっちも持っていない様に思っていたからだ。
「で、イヤになった時ってどうしたの?」
彼女は遠い目で答える
「がむしゃらに音楽やった。とにかく何にでも噛み付いた。」
「それでもイヤになった時は?」
しまった。口に出した瞬間僕は思ったが、彼女は特にイヤな顔もせずむしろそう聞いてくるのを待っていたかの様に顔を向けた。そして、
「そん時は何もしなかった。」
完全な予想外の返答。
へ?と思わず声が漏れた。そして聴き直すように
「…何もしなかったんですか?」
「うん、なーんもしなかった。忘れたけどどっかに出かけてさ、テキトーにぶらぶら行ってさ、しばらく戻らなかった。」
でも、と彼女は後ろに倒れ、言葉を続ける。
「それでさァ、辞めるようなものだったらそれでいっかなって思ったんだよ。でも、また懲りもせずにやってたらそれって本物じゃん?」
僕はある事に気がついた。これは僕だけに言っているのでは無い。それはまるで自分にも言い聞かせているようだった。
「結局はサァ、いつの間にかやってるんだよ。アタシには音楽やるしか脳がなかったし、色々やってみたけど気がついたらまた音楽やってた。戻ってきたときはバンドのメンバーに怒られたけどね。」
だからさぁ、と彼女は続けて、
「キミがさ、何で悩んでいるのか知らないけどさ、そんなに気に病む事ないんじゃない?」
ニヤニヤと横目で見る彼女になにやら心を見透かされた様で僕はドキッとした。
「な、なんだよぅ。別に気に病んでなんかないし。」
気休め程度の反論を返してみるが意味はなかっただろう。
あっそと彼女は興味を無くしたようだった。
「…あ、ちょっとちょっと。」
何を思いついたのか急に彼女は僕の襟首を掴んで後ろに倒してくる。
「な、なんですかいきなり。」
彼女は真上に指差す。
「空、みてみなよ。」
その空はとても綺麗だった。
真っ赤な夕焼けとも、藍色の夜とも言えない二つの色が混ざり合った空。飛行機の影。入道雲の子供の様な千切れてポツンと残っている雲。そんな空に一つ、輝く星があった。
「一番星めーっけ。」
彼女はへらへらと笑う
「しっかり空を見たのっていつ振り?」
彼女は問うてくるが、僕には答えられなかった。
「こうやってさ、地面に背中合わせてさ、周りの音を聞きながら空を見るとさ、なんて世界はとてつもなく広いんだろうって思うのよ。同じ空の下に何十億人いて、同じ地面の上で何十億通りの人生を歩んでる。自分が凄くちっぽけに感じる。」
黙っている僕を横目に彼女は続ける。
「そうやって感じるとさァ、自分が精一杯悩んでることとかどうでも良くなるの。世界は広いのに、何でこんなことで悩んで立ち止まっているんだろうって思う。ありきたりなセリフだけどね。」
だからさぁ、と彼女の横顔を見ていた僕に顔を合わせて、
「どうしようも出来ない事はどうしようも出来ないし、好きにすりゃいいんじゃね?やりたい様にやっていこうよ。」
そう言って彼女は身を起こし、背中を払いながら、
「ポーカーって知ってる?アタシはさァ、人には生まれながらの手札があると思ってんのよ。強かったり、弱かったり。んで、人間生まれ持ったその手札で勝負しなきゃなんないし、無いカードでギャーギャー言っても仕方ないと思うのよねぇ。」
僕はなんだか心が晴れて軽くなる気がした。うまく言葉で言い表すことができないけど、彼女はそれをわかってくれたんだと思った。
「…ありがとう。」
身を起こしながら僕はそう言った。それは自然に出た言葉だった。初めて彼女に対して素直になれた、そんな気がした。
「お、素直じゃーん。やっぱり気に病むような事あったんだ。ちなみに私の人生の手札、なんだと思う?」
「…え、何だろう…うーん、フォーカード?」
「決まってるでしょ〜ロイヤルフラーッシュ!しかも赤いダイヤ!」
ケラケラと笑う彼女。
「…なにその顔。いいでしょアタシの人生で最強なのはアタシなの!」
「そういうの、すっごい子供っぽい。」
お互いにケラケラと笑う。
ひとしきり笑った後でさて、と彼女は立ち上がり、
「ほら、もう帰ろうぜ。」
そう言って彼女はまだ座っている僕に手を伸ばす。
僕は少し照れながら、
「うん。」
彼女の手を握る。
「じゃあ、また前ヨロシクゥ!ニケツだよニケツ。」
僕の表情は少し曇った。彼女は気にせず当然のように後ろに座る。
その後いつもの本屋で別れた僕は帰路の途中、彼女の言葉が頭からは離れることはなかった。
自分の人生で最強は自分か…
なんだかすっかり靄がかかった心が晴れた気がした。
◆
「お、大将なんだか良いことあったの?」
彼が茶化してくるが嫌な気持ちにはならなかった。
「特になんにもないよ。それで、この前の話だけどさ、」
「あー進路のやつ?」
「そうそれ、結局僕何やりたいかわかんねぇや。」
「へへ、なんだかお前らしいじゃん。まぁ、俺が言うのもアレだけどよ、そのうち見つかるだろ。なんかテキトーに書いとけ。」
「そうする。」
そうして僕は進路希望書にペンを走らせたが、何を書いたかなどすぐに忘れてしまった。
◆
「ねぇ。キミってさぁ?カノジョとかいんの?」
彼女は黒いベースを何やら弄りながら聞いてきた。
「僕ですか…?居ませんよフツー」
日に焼けた本の背を目で走らせながら僕は答えた
「えぇーウッソー。キミ、なかなかイケメンじゃん」
お互い目線を合わせずに会話は続く。
「お世辞はいいですよ。聞き飽きました。」
「尖がってんねぇ。でも、気になるコはいるんじゃ無いのー?お姉さんはそこんところ気になるじゃーん?」
本を探す眼が止まる。
「…まぁ、そりゃ居る…事は居ますよ」
「ええ!?ウッソ!マジで居んじゃん!?誰々どんなコ!?」
カウンターから身を乗り出す様に食いついてきた
しまった。予想以上に食いついてきたと思った僕は流石に彼女に顔を向け、
「い、言いませんよそんな事!だいたい僕は地味ですし!」
彼女は眉をひそめ、乗り出した身を戻しながらまたギターを弄り始める
「地味って事はないじゃんよー、んーまぁ確かにぃ?どっかモサいしホコリっぽいけど。」
モサい…?ホコリっぽい…?
言葉の意味を考える間も無く彼女が思いついた様で
「あっ!だったら髪の毛染めようぜ!アタシ得意なんだよね!やっぱ高校生なら髪染めてナンボっしょ!茶色なんてありきたりだしアタシとオソロの赤にするぅ?」
「流石にやめて下さいよ。貴女みたいな赤にする気もありませんし、第一染めたら色々な所から怒られますよ。」
彼女は、そっかぁーと呟き、作業に戻ってしまった。
暫く沈黙が続いて流石に言いすぎたかなと僕は感じてフォローのために口を開こうとしたら、
「あのコってさー?髪の毛赤いしぶっちゃけ周りから浮いてるよねー?」
突然彼女はわざとらしく一人芝居を始めた
「わかるー。ぶっちゃけサブカル系っていうかぁ、みんなと違う自分めっちゃカッコいいって感じ?」
「なんかバンドとかやってんじゃん?いつも楽器持ってるしぃ?」
「ああいうのって軽そうでヤバいよねぇ?」
と一人芝居の締めを投げかける様に横目でこちらを見た。これは問い掛けているのかと思った僕は、
「…髪、似合っていて僕は…いいと思いますよ」
と答えるや否やまるで答えをわかっていた様に彼女は堪えるも吹き出し、大笑い。
「っかぁー!甘酸っぱい返しねぇ!これがアオハルってやつぅ?」
おひーっと膝を叩いて一笑いした。割と真面目に答えた僕としては釈然としない気持ちであって何も答えないでいると、ひとしきり笑い終えた彼女が、
「…んまぁ、ありがと。」
顔を見てしまった。彼女は静かに、嬉しそうな顔をしていた。
一瞬だったが、その一瞬は何十分にも感じられる様な一瞬だった。
釈然としない気持ちと、喉の奥からこみ上げてくる熱と謎の感情が渦を巻き、顔から火が出る感覚に襲われた僕は手に取った本を急いで戻し、それに驚いた彼女が僕を止める声を背にして飛び出す様に古本屋を後にした。
「僕って…!」
後悔はした。してしまったのだ。
僕はあの人に惚れていたのだ。
◆
「なぁなぁ、恥を忍んで聞くが、」
「お、どうしたセンセ、そんなに改まって。」
「もしも、もしもだ、好きな人ができた時って言うのはどうしたら良いんだ?」
彼は爆笑した。ここ最近僕は笑われてばかりだ。
何もそんなに笑うことないだろ!
「い、いやお前からそんな事聞かれる日が来るとは思ってなかったからよぉついつい、すまんってホント。…っだめだ腹いてぇ!」
「貴様ぁー!」
「ごめんて!」
けどよ、と彼は続け
「じゃあ好きって言えば良いじゃねぇのか?他は無いわけ?付き合いたいーとか、アレ、こう超合体っていうか?」
何が超合体だ。しかし言われてみるとと感じる
「まぁ、いっときの気持ちっていうのもあるからなー。俺は言わない後悔よりも言う後悔の方がいいと思うぜ兄弟」
誰が兄弟だ。しかし、言わない後悔よりも言う後悔の方か…確かに今の僕の気持ちっていうのはそれ以上発展しないのかもしれない。
何しろ未知の領域だ。これ以上想像もできない。
「俺も最初はそんな感じだったなー。だから気持ちを伝えるだけだった。」
彼の意外な初恋を聞く事ができた。
「じゃあ付き合うとっていうのもなかったのか。」
「うん、向こうもそうかーで終わったな。俺も伝えてスッキリしてさ。次の日からはもうフツーよ。」
そんなもんなのか?
案外そういうものなのかもしれない。
ほんとかぁ?しかし、彼は曲がりにもこの方面は僕より先を行っているのだ。案外こういうものには答えがないのかもしれない。
腹は決めた。言うだけ言ってみるか。
「ありがとう。」
「お、やる気になったか。前々から思ってたがあの本屋の人だろーバレバレだぜ。」
バレてた。
「わ、悪いかよ。」
「いいじゃねえかアオハルだぜぇ?ま、これも勉強だと思えや。」
コイツ…!
しかし言い返す言葉は出なかった。
◆
「そー言えばさぁ、アタシそろそろ旅に出ようかと思うんだよねぇ。」
古びた雑誌を斜め読みしながら彼女は話しかけてきた。
「旅。」
「そう、自分探しってやつゥー?なんかおもしろそーじゃん?」
いつものように本を見ていた僕だが今回は違う、僕の気持ちを伝えに来たのだ。しかし、どういうタイミングで行くべきかわからねぇ!
「そ、そりゃあ何かしら発見はあると思いますけど。」
「なんだかさぁ、この社会ってやつ?に囚われっぱなしってのも悪くないんだけど、キャラじゃないっていうかさぁ。もうちょっと外の世界に出れば何か見えてくるかなって思ったんだ。」
「…そうですか。」
「なんだか寂しそーじゃん。そんなにショックだった?」
それは、
「それは、そうです。だっ…」
だって、だって、だって!
「だって、貴女の事、その、好き。ですから。」
なんとか振り絞ったぞ俺!顔あっつ!心臓がバクバクなってる!
「え、マジ?ウッソぉ!こんな若い子を…あぁ、アタシはなんて罪深い女なんでしょ〜」
彼女は演技っぽく自分を抱いている。
茶化すな!俺は本気なんだぞ!あーもうだめだ。さらば俺の初恋…
「で、どうしたいの。」
想定外の展開。
「どうって…」
「じゃあ、一緒に来る?二人で旅すんの。多分楽しいけどなぁ。」
彼女は誘うように言ってきた
俺はどうしたいんだ…もう頭がショートしそうだ、だけど、だけど一つ言えることがある。
「僕は…僕は、正直、どうしたら良いかがわかりません…そりゃあ貴女と一緒にいたいっていう気持ちもありますけど、多分貴女とやりたい事はその先には、なんだかない気がして。」
なんとか言葉を絞り出す。
沈黙
「そ。じゃあアンタはアンタのやりたいことを見つけな。アンタはアンタの道を進む。アタシはアタシの道を進む。そしたらまた出会う時もあんじゃないの。もし、やりたいことが見つかんなくてもアンタはアンタだ。アタシが保証する。そこだけは胸を張りな。」
でも、と彼女は言葉を続ける
「アンタと一緒にいた時間、アタシは好きだったな。」
優しい笑顔を見せた。その時僕は思った。
彼女は鳥のような人だ。格が違う。きっと僕がいても足手纏いになるだけだ。
急に自分が情けなくなった。
「じ、じゃあ今日は帰ります。」
逃げ帰るように帰ろうとした僕を彼女はカウンターを乗り越え、僕を捕まえ、振り向かせ、
「---ッ!」
突然のことで脳が処理しきれない。
「それはアタシの奢り。高くつくわよー?ホラ、今日はもう帰るんでしょ!じゃあな!」
彼女は顔を見せずにさっさとカウンターの奥に引っ込んだ。
その後の記憶は曖昧だった。呆然とした僕は自転車を押しながら帰ったのだけは覚えている。
唇にはまだあの感触が残っていた。
こうして僕の初めての初恋は終わったのだ。
◆
あの日以来彼女が書店のカウンターにいる事は無くなってしまった。店主曰くやはり旅に出たそうだ。目的が半分失われたせいか私も自然と足を運ばなくなってしまった。結局その後の僕の高校生活は無難に進んだ。彼女ができたり別れたり、なんの気になしに大学へ行き、結局やりたい事が漠然としながらそこそこの会社へ勤め結婚もした。妻とは共働きで子供こそ居ないが、充実した家庭生活だと思っている。
高校の同窓会ではあの彼と久しぶりの再開をした。時折連絡を取り合ってはいたので母校の体育教師をしているとは聞いていたが、校内ではかなり人気のある先生らしい。
◆
「あー、飲みすぎちまったよ...」
「オイオイ、モテモテの先生がこんな所でバテるなよ。ホラ、もう少しでタクシー来るから。」
2次会から脱出した僕達はフラつく彼の背中をさすりながら駅前まで進む。
「なんか、あんがとな。久々にあの頃に戻れた気がする。あの時お前が言ったように俺達の人生が一瞬交わっただけだったけど、先生やってるとその一瞬がとても大切に思えてくるんだ。それ教えてくれたのは、お前だ。」
「よせよ歯痒い。ホラ、タクシーきたぞ。自分の家言えるな?」
「馬鹿にすんじゃねえよ!先生だぞ!」
やいのやいの言いながら彼をタクシー乗せると
「じゃあ、またな。」
彼はそう名残惜しそうに言った。
「オウ、また連絡するわ。」
彼を乗せたタクシーを見送った後、ふとあの古本屋を思い出した。
あそこは今どうなっているのか…
ショッピングモールの中身は丸ごと入れ替わっていて当時の面影は無い。
古本屋は、やっぱり無くなっていた。
そりゃあそうだよなー。
引き返して駅前のタクシー拾って帰ろうかと戻る最中、人混みの正面。赤い髪が見えた。心臓が跳ね上がる。私は思わず顔を確認しようとするがやめた。あれからもう何年もたっている。別人に違いない。しかし、未だに尾を引くのか。
センチメンタルな気分を酒のせいにしてと人混みの中、赤髪の人物とすれ違う瞬間。
「なんだ、元気にやってんじゃん。でも結局、アンタらしくて良いね。」
耳元ではっきりと聞こえた。一瞬で酔いが覚めるほどだ。
思わず振り返るが赤髪の彼女の姿はなく、ただただ人の流れがあるだけだった。
私は幻影を見たのかもしれない。
その後のタクシーの中であの時のことを思いだしていた。眩しい程に赤く、青かったあの青春を。
END.
古本屋の赤髪のお姉さんと学校の彼と僕 @Hitonari_33
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