第13話
聖女が命を散らした時、『神が迎えに来た』という言い伝えが残っている。
民衆が聖女の死を知らせる大聖堂の鐘が鳴り響くのを待っていた。しかし鐘の代わりに世界に響いたのはドラゴンの咆哮だった。
大地を揺らしながら空から神の化身と呼ばれる銀翼のドラゴンが舞い降り、宙に留まると鐘楼の頂を吹き飛ばした。切り取られたように鐘より上部だけ地に崩れ落ち、内部が露になった。
銀翼のドラゴンの口から再び咆哮が放たれると、周囲の壁は崩れ、地面は割れた。民衆は大聖堂から離れようと、背中に声をぶつけられながら広場の出口を目指す。
神に選ばれたという教会の人間ならばドラゴンを止めてくれ──という民もいたが、その願いが叶えられることはない。
司祭が神に祈りを捧げても、ドラゴンに呼び掛けても破壊は一向に止まらない。力業で止めようと聖騎士が広場へ踊り出すが、己の異変に気が付き足を止めた。
聖なる力が使えなくなっていたのだ。
それだけではない。聖騎士が攻め入らないのであれば、と魔術師が杖を掲げるが何も放たれることはない。魔力が嘘のように体から抜けていた。そして騎士の剣はドラゴンに届くことなく、民や神官と同じく退避することしかできなかった。
ドラゴンは一通り破壊し尽くすと、とある場所に頭を突っ込み、透明なガラスのケースを口に咥え引き摺りだした。中には赤く輝く『魔王の心臓』が収められていた。
そして聖女の亡骸を腕で掴み奪うと、銀翼のドラゴンは空高く飛び去っていった。
神の聖地が神の化身によってもたらされた阿鼻叫喚の光景を、ロード教皇は見下ろすことしかできなかった。
この時を境に、世界から魔法が消えた。聖なる力だけではなく、全ての魔力が失われたのだ。聖騎士や魔術師はただの人となり、魔石は石ころになった。魔術頼りのライフラインは途絶え、栄えた文明は藻屑と化した。
『聖女の処刑』は聖女の意志ではなかったと、神罰を恐れた一部の司祭からの告発が世界に発信された。神の意思を無視した冒涜であったと糾弾され、後にロード教皇は処刑されている。それからあっという間に教会の名声は地に堕ち、数年後にはアルムテイル神聖国の名は地図から消えた。
均衡が崩れると各国は覇権を争い、戦争を次々と起こすが人々の命が消える一方。新たな軍資金を得ようと魔王城を目指す軍もいたが、霧の森に飲まれて惑い、誰も帰ることはなかった。今では立ち入る者はいない。
神に贖罪し、再び世界に魔法を呼び戻そうとする者がいた。苦しむ人々を聖なる力で救って欲しいと、聖女を弔い、復活を望む者もいた。ただ魔法は蘇ることは無く、世界はゆっくりと滅びの道を辿っていった。
悪いことだけではない。魔力という生まれながらの差別がなくなり、知恵を持つものが力を持てるようになった。人は懸命に学び、新たな文明を築き、生き延びるための新たな戦いが始まった。互いに切磋琢磨し、互いに助け、そういう者だけが生き延びた。力を驕り、欲に溺れた者は淘汰されていったのだ。
弱肉強食の世界は変わらない。だが、以前より努力が報われる世界へと変わろうとしていた。
いつしか魔法は滅びた文明ではなく、幻想の物語となった。
そして有名な物語がもうひとつ残っている。霧の森の奥には魔王城が存在している。そこには平和のために命を散らした聖女が魔王の心臓を抱いて静かに眠っており、側で銀翼のドラゴンが今も墓守をしていると伝えれていた。
その眠りを邪魔したとき世界は滅びるとされ、子供が霧の森に入らないためのお伽噺として語り継がれるようになった。
死にたがり魔王に滅びの口付けを 長月おと @nagatsukioto
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