第20話

それから10日後。

遠征から帰ってきた団長は、バイト帰りの俺の前に姿を現した。キッチリと制服を着た団長に、俺は指輪の箱を両手で返した。


「これは受け取れない。俺はリュウと一緒にいる」


団長は悲しそうに微笑んで、そして何でもないように指輪の箱を受け取った。


「そうか。残念だ」


その何でもない素振りに、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


「ごめん」


「申し訳ないと思うなら、ひとつだけお願いしていい?」


イタズラを思いついたように、団長はニッと笑った。なんだろうか。何をお願いされるんだろうか…。


「俺に、できることなら」


できること。握手して、とかなら全然オッケー。キスして、とかだったらどうしよう。全力で逃げるぞ。団長が何を言い出すのか、ビクビクした。だけど。


「名前を呼んでほしい。一度も呼んでくれたことないだろう?」


俺の予想とは全く違う、ささやかなお願い。たったそれだけのことを、今まで俺は団長にしてなかったのか。


「…イオ」


名前を呼ぶと、団長は優しくて寂しい微笑みを見せた。


「ありがとう。ショウ。それじゃあ…さようなら」


「さよなら、イオ」


さようなら。

その言葉がとても寂しそうに聞こえたけど、何も言わない。何か言える立場じゃない。去っていく背中を、角を曲がって見えなくなるまで、切ない気持ちで見つめた。


その日の晩、リュウに報告。


「今日、団長に指輪返した」


リュウは心配そうに顔をしかめて、俺の周りをウロウロ。


「な、何か言われなかった?」


「何も」


名前を呼んでと言われたけど、それは心にしまっておく。隠しておかなきゃって思ってるわけじゃない。リュウにも言えない、大事な、神聖なことのように思ったから。

そんな俺の気持ちに気付いてるのか気付いてないフリをしてるのか、リュウはアッサリした反応。


「そう。ならいいや。あー。明日からどうなるんだろう。ボク、明日にはクビかな。クビになったら、荷物速攻でまとめようっと」


「そういや、お兄さんにまだお金返しきってないよな」


どうしてすっかり忘れていたんだろうか。パーティー翌日から結構切り詰めた生活をしてるけど、まだ半分も返せてない。


「そのへんはおいおい考えよう…。村での生活で、ちょっとずつお金貯めていこう。超長期借金返済計画…」


「そうだな。俺、薬草栽培に乗り出そうかな。畑でも借りてさ」


「なにそれ!すごいかも!薬草摘みに行かなくていいね!」


寝る前、村での生活のアレコレを楽しみながら話し合う。もちろん、思うところはある。またあの小屋で暮らすのか…とか。薬草栽培がすんなり上手くいくわけないよな…とか。学校を途中で辞めちゃうことになるのが残念だな…とか。


けど、リュウと一緒だったら、何でもできそうだ。そんな覚悟をしてたけど。


翌日、帰って来たリュウは言った。


「別に何もなかった」


その次の日も。


「今日もクビにならなかった」


さらに次の日も。


「今日は上司に褒められた!」


何日経ってもリュウはイビられることもクビになることもなく。団長を勝手に陰険キャラに設定してたことを反省。最後に見た颯爽とした背中を思い出した。


リュウは朝仕事にでかけて、夕方帰ってくる。ときどきバイト帰りの俺を迎えにきてくれる。

俺は家事をして、学校へ行き、バイトをして。そんで、小さいプランターで薬草栽培を始めた。


異世界暮らしは、まだまだ始まったばっかりだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界暮らし のず @nozu12nao

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ