帝国に栄光を

@mw_0406

虚偽

その夜親友は帰ってこなかった。前線に配置された日の夜であった。死んだと聞かされて無いにしろ、この戦時下で帰ってこないということは暗黙知で死んだということである。もちろん遺体は見ていぬがきっと無惨な原型さえ留めないものに相違なかった。前線配置は死に向かう物であったからだ。親友のベッドが空いたのを見て弔おうとしたがその暇もなく召集の音はなる。感傷に浸っていたせいか我は最後の方であった。少し冷めた同期の目線を感じ得ぬと澄まし顔で配置に着く。整列、と喧しい声で上官が声をあげる。それに倣い姿勢を正し上官を見つめる。整頓されたのを確認したのか再度口を開いた。

「我が舞台0504は前線へと配置された。皆光栄に思うように。しかし選ばれたと言って気を抜かず我が帝国軍の兵として誇りを持ち前線へ向かうように」

絶望であった。身体中の水分という水分がじりじりと干上がっていく感覚があった。焦りと絶望感が肌の下をじんわりと広がってくる。親友の亡くなった前線に我が向かうことになろうとは。先程の上官の言葉は死刑宣告に等しいものであった。自身の顔が引き攣っているのを自覚し周囲に漏れてはいないかと周りを見渡す。その場は地獄のようであった。皆狂喜乱舞していた。或者は天を仰ぎ或者は涙を流していた。前線配置などという光栄なことを任せてもらうなんて、そう口々にする。もう周りの人間が人間とは思えなかった。先程まで規律正しい顔で並んでいた彼らは自殺を望んでいる肉塊にしか思えぬ。自身がこれから食材になることに気づき喚き散らす家畜と変わりえない。家畜よりもタチが悪いのはこれから死ぬと自覚しているところだ。気持ちが悪かった。正気の沙汰とは思えぬ。しかし周りから見ればきっと狂っているのはこちらなのだろう。非国民と言われても仕方がない。しかし我は死ぬのが怖かった。誰にも認知されずにこの一生を終えるのが何よりも恐ろしかった。戦場では人を殺めてやっと人権が手に入る。それも一人や2人ではない、100人もを殺めぬと英雄とは謳われない。初年兵が死んだところで誰も気にも留めぬ。上の方々が駒がひとつ減ったと嘆くだけである。嘆いてすらしてくれぬかもしれない。文字通り我の変わりは山ほど要るのだ。そう考えただけで喉元まで苦い何かが込み上げて来る。必死に飲み込むも口内は胃液で溢れていた。

「静粛に」

上官が再び口を開く。明日の戦略を話しているようだが一向に耳に入らぬ。明日死ぬ、ただそれだけが脳内を巡るばかりであった。

「帝国の栄光のために!」

その言葉を口にするがいなや皆も揃って雄叫びをあげる。嗚呼厭、お国のために死ぬなど。嗚呼……


召集の音が鳴った。朝日は昇ってしまったのであった。昨晩此の侭時が止まってはくれないかと普段祈りもせぬ神に祈って見たけれどやはり信仰心の薄い人間の願いなど鼻にもくれぬようでお外は白い光で包まれていた。昨日と同じ過ちを繰り返す訳にはと招集場に駆けだす。幸いなことに一番乗りで胸を下ろした。けれどすぐさま死の恐怖が迫ってくる。昨日はまだ近くなかった気がするが今は死神が我の傍に纏わりついて離れぬ。悪寒を必死に拭い壇上にたった上官に目を向ける。

「今から我らは前線へ向かう。決して気を抜かず帝国の勝利のために最善を尽くすように」

淡々と述べる上官の言葉が現実味を増すようで耳を塞ぎたくて堪らなかった。我はこれから死に行かなければならぬ、ならぬと。すると上官が途端に後ろを向いた。どうしたのだろうかと疑問符を浮かべていると放送が鳴った。ジジー、ジーと掠れる音が聞こえる。嗚呼どうか配置の変更でありますように。心中で願うも流れてきたのは耳を疑う程の妄言であった

「我が帝国は降伏した、繰り返す、我が帝国は…」

降伏、嗚呼降伏。その四文字が脳内で処理しきれずに背中に冷や汗が伝う。周りもみな動転していた。我が帝国が降伏なんて負けを認めるなどとする訳がなかろうと信じきっていたのだ。降伏してしまったら我はどうすればいいのだ。配置変更こそ願ったものの降伏などは願ってすらおらぬ。親友の仇はどう打てばいいのだ。これからどう人を殺めれば良いのだ。今まで戦時下であるからして人を殺めても賞賛されていたがこれからはサツジンシャになってしまう。その事実が余りにも恐ろしかった。……嗚呼なんだ、我は自信が死ぬのが嫌でも人を殺めるのは好いていたのだ。否好いていた所ではない。興奮していたのだろう。生にしがみつく足掻いてる姿に、絶望に染まりきった表情に、赤く染った動かぬ体に。気づいてしまったのだ。なんて不幸なのであろう。気づかなければ降伏を喜び此の侭安泰に暮らしていたというのに。バツとやらが当たったのであろうか。嗚呼……。我は腰に備えた刃物を抜き首に押し当てた。今生1番の笑顔とも言える表情でその場に響き渡るほどの大声を上げた

「帝国に栄光を!」

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