答え合わせは

 友人が幽霊になって2週間経つ。学生の時分に足繁く通った喫茶店は、時の流れが停滞したように、そのままそこにあった。なにも頼まなくとも、カフェオレとオリジナルブレンドが運ばれてくる。「店主に聞いてごらんよ、僕が見えているのかを」さばけた口調は、僕よりずっと生きているように見えた。

 僕らは境界に生きている。慎重に積み重ねなけりゃ、超えてしまうのは一瞬だ。正気と狂気、正常と異常。「生と死も等しく」そう、接している。「ならば不思議でもあるまい」答えが示されることはずっと少ない。「世界が間違わないはず、ないじゃないか」世界の回答に従わずに生きることは、苦労が多い。

「僕の死に解答を」答えなら出た。死は確定された。「疑いたまえ。ここでこそ思考を積み上げろ」最初から謎みたいな奴だった。「答え合わせをしよう、ずっと後で」カップの中身は不気味な黒い鏡のようだ。風が流れる気配に顔を上げると、手付かずのカフェオレが置かれていた。席には誰も、いなかった。

「飲み干さなくとも、よろしいのですよ」苦いのには慣れています、と返すと、店主は肩を竦めた。僕は学生の頃、ついぞ飲まなかったオリジナルブレンドに口を付けた。誰かが締め切らなかった扉が、風に揺らいでいる。戸を開けて、往来に彼を探すことはしなかった。

 答え合わせは、いつか向こう側で。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

300〜1000文字くらいのお話 さとね @satone0625

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る