エントロピー

ナンジョー 

第1話

エントロピー



野花が茂る小高い丘 とある男が住んでいた

丘の上にポツンと一つ 男の家が建っていた

背後の山から日が差せば 男は徐に起き田を耕す

日が目前の低き原に沈めば 男は大木の家に籠る

草木犇く野原には 大小様々、野獣が蠢く

ある時見つけた白耳の獣 小さき身体を上下さす

畑の赤茶の野菜を食う 男はそれを兎と名付ける

掌に乗る大きさの獣 灰色の体毛を纏う

ちょこまかと動く 男はそれを鼠と名付ける

兎と同じ大きさの獣 四つ足で歩き背中はまあるく

尾は短く鼠を食す 男はそれを猫と名付ける

男は生き物に名を授け 家の余白に書き溜める

男の畑で収穫できる赤茶の野菜 それを人参と名付ける

男は自分の名がないことに気づき 自分を人間と名付ける 

男はこの住んでいる丘 小高い丘を人間丘と名付ける

明るい空に浮かぶ光は 太陽と名付け 時間を昼と夜に分ける

暑き時期は夏 凍える様な時期を冬と名付ける

男の家は名前で埋まってきた 男は夜に寝る

夏と冬の時期の間ごろ 強き風と雨に襲われる

風は木々を揺らし 雨は地面を穿つ

男はそれを名付けるため 家の外に出る

雨で濡れた男の身体に 風がシンと吹き込む

風雨更に強まり、地面に打ちつける 男は何処かへ行く

男に家は木っ端微塵に その跡には何も残らず 

男の行方は誰も知らず 丘には一時の静寂が流れた

風雨過ぎ去り 丘は穏やかに晴れ晴れとした

明るい空中の光が辺りを照らし 草花が背を伸ばす

男はここにはいない どこにもいない 男の家もない 名付けた証もない

しかし、相変わらず そこには白耳の獣や

灰色の小動物も短き尾を持つ獣もいた

彼らは男の家があったと思しき場所で今も生きている

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エントロピー ナンジョー  @nanjoseiya

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