第10話
「楽勝! いいね、この四人だけで成長度二十に十分対応できる!」
倒した魔物の素材を剥ぎながらナリアが楽しそうに笑う。それは希望の笑みだった。
魔境が急速に成長したり、より下の階層に潜ったりをしない限りは安全に戦えることが証明されたのだ。
「肉もこれで回収できましたから、食糧もなんとかなりますね。ここの魔物が岩兵とかじゃなくて助かりました」
「ん……。少なくとも魔狼がいるのは、確定したから。安心」
シェリフは倒した魔物の中でも肉まで届く傷の少ない物を選び、サニャに渡していく。
この先のことも考えて保存箱になるべく食糧を確保しておく必要があった。
「ただ問題は、魔物が現れ始めたことですね。今までの静寂はやはり生成が始まっていなかっただけみたいです。既に新たな魔物が現れ始めてますので、階層穴を急いで探しまししょう」
魔物探知によりリーヒアは周囲にぽつぽつと魔物が生成されていることを理解していた。
魔境としての機能が動き始めたのだ。ここからは魔境の成長まで始まる可能性もある。時間が明確に敵に回った瞬間だった。
「了解だよ! それじゃあ、素材の確保はここまで。ここからは戦闘を避けて、階層穴を見つけることに集中ね! 『地形探査開始』! 《指令》!」
ナリアの指令により、シェリフ達全員の速度が強化される。加えて視覚や聴覚、魔素を感じ取る魔覚も含めた六感が研ぎ澄まされて魔物探知の範囲も広がった。
「魔物の合間を縫うように進みます。ついてきてください」
リーヒアの誘導に従ってシェリフ達は急ぎ足で草原を駆け抜ける。その間にシェリフ達が視界に魔物を捉えることはなかった。
草原という見晴らしのいい空間にもかかわらず、視界に魔物が入らないほどにリーヒアの誘導は的確だったのだ。
そうしてまた数時間の探索の末、ナリア達は下へと続く階層穴を発見した。
***
「下、だったね……」
ナリアが階層穴を見つめて眉根を寄せた。その階層穴の奥は明確に現階層よりも濃い魔素が漂っている。それは階層穴の先がより高い成長度換算の層である証だった。
「進むか、戻るか。それが問題だよね」
ナリアは唸るように声を漏らしてぐるりと周囲を見渡した。
魔境の危険度が成長度一の差で大きく変わるのは有名な話だ。浅い層で戦って難なく勝ったからと下に降りて全滅した駆け出しの噂は絶えず存在する。
生還するためにも、ここは慎重に判断する必要があるとナリアは小さく唸り声を漏らしながら頭を働かせていた。
「サニャさん。下階層の魔素濃度はどれくらいの成長度換算でしょうか」
「ん……。多分、二十二。でも、ここも二十一相当になってる」
階層穴から漏れ出る魔素を詳細に感じ取り、サニャはごくりと生唾を飲みこんだ。
「増え方は一。けれどこの間にも魔境が成長していると」
リーヒアが小さく唸る。
半日探索する合間に増えた成長度が、ナリア達に重くのしかかった。
「不安定ではあるから、このまま半日に一みたいな調子では増えないと思う! けど、やっぱりもう片方を探す余裕はないね」
「僕達が最初にいた位置が中心で、もし上への階層穴が反対にあるなら移動に一日以上かかる計算ですよね。それも魔物が増えてる状態で、途中に休憩も挟むなら余計にかかるはずですから……」
「二日はかかると考えていいでしょう。その間にどれだけ成長しているか。そして、上の方が遥かに階層が多かったら」
「予想では、上に最低五層から十層……。でも、下なら後数層かもしれない……?」
サニャがこくりと首を傾げる。
経験則から生まれた通説でしかないが、例外を除いて魔境の最終層は五の倍数の層になると探索者の間では言われていた。
そして生まれたばかりの魔境が多くの層を持っている可能性は低い。最終層は五層か十層であると考えるのが通常だ。
「そうだね。通常通りなら、下には最低一層から五層しかない! 一層の移動に一日以上かかるとすると、今のままの成長速度なら上がる方が危険だよね」
「なら、降りましょう。まだナリアさん達には戦いに余裕が見えます。一気に駆け抜ける方がおそらく安全度は高いと思います」
「うん、そうだね! それじゃあ、今日は下に降りて休める場所を探そう! それじゃあ、行くよ!」
ナリアの声を合図に四人は階層穴に飛びこんだ。一瞬だけ浮遊感がシェリフ達を襲い、視界に先ほどまでとほとんど変わらない草原が広がる。
けれど違いが一つだけあった。警戒を崩さず視線を向けた草むらの遥か先に、川が流れていたのだ。
「魔物は探知内に複数。ですが直近にはいませんね」
リーヒアの言葉でナリア達は警戒を緩める。
「ちょっと遠いけど、川があるね……。調理師は、水は?」
「無毒化できますよ」
「にゃはっー、言い方は少し悪いけど調理師って本当に便利だね! それなら、川を目指そう! 草原型で安全域と言えば川だからね!」
遠目に見えた川に視線を向けてナリアはきらきらと目を輝かせた。
魔境に時折存在する安全域。危険度の高い最終層や宝物殿などの手前に存在することが多いその領域は、魔物が生成されず近寄ってくることも少ないまさに安全地帯だ。
魔境の形によって安全域となる場所には傾向が存在し、水辺は多くの魔境に共通する安全域候補だった。
「わかりました。それでは、川まで私が先導しますね」
リーヒアが先頭に立ち、その後ろにサニャが立つ。そしてシェリフが続きナリアが最後尾を守る。
これまでの探索で自然と生まれた陣形でシェリフ達は川へと駆け抜けていった。
魔境調理師は戦えない〜追放を決めた仲間達にもう遅いを添えて〜 歪牙龍尾 @blacktail
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