お茶のあとに… 最終話
テーブルには甘い香りが漂い、ケーキと果物が並べられた。
用意された茶器で、ダーシーが手際よく茶を淹れていく。
先ほどから言葉少ないレジナルドを心配そうに覗き込みつつ、その前にお茶を置く。
「殿下、大丈夫ですか?」
「ああ、ああ。心配しないでくれ」
手を挙げて応えるがその顔色は青い。
ダーシーを危険にさらしたことに衝撃を受け、いつからアイザックの手のひらだったのかと物思いに耽る。
目の前にはダーシーがおり、この貴重な時を大切に過ごしたいと思っているが、どうしても思考がそちらに飛ぶ。
ヴィルフォークナー家は厄介。
前々から言われてきたことだ。
あのフィンリーにさえ、別れ際にレジナルドに告げたほどだ。
フィンリーはグラントブレア王国の王城でレジナルドを迎えた。
自分自身も数日後にはロイドクレイブ王国へ旅発つが、レジナルドのために時間を割いてくれていた。
彼はロイドクレイブ王国では王位継承権の低い王子である。王太子になるレジナルドを心配していた。
二人で意見交換し、お互いの健闘を祈る。
不思議な形だが、兄弟のような気がしていた。
「それにしても、フィンリー殿下はロイドクレイブ王国に行くことに躊躇いがありませんでしたね」
レジナルド自身は真実が分かっても暫く受け止めることが出来なかった。
立ち直れたのはダーシーの件があったからだ。
一方、フィンリーは納得できず騒ぎ立てるかと思われたが、あっさり頷いたという。
今も彼はレジナルドの質問が意外だったようで、首を傾げていた。
「躊躇いが全くないわけではない。これでも混乱している部分はある」
相手がレジナルドだったからか、あっさりと認めた。
暫く沈黙した後、正面からレジナルドを見据える。
「私はロイドクレイブ王国では王位継承もあまり関係ない王子であるらしい。グラントブレア王国にいるより楽に過ごせるだろう。レジナルド殿下には申し訳ないが」
やや片頬を緩めて笑う姿は、悲哀があった。
「それに私にはあまり重責のある位は相応しくない。レジナルド殿下はよくご存じだと思う」
春先のロックウェルでの出来事が思い出された。
しかし、あの姿と今のフィンリーに違和感がある。
「幸いなことにロックウェルの領主と縁続きになるという。私にもどうやら出来ることがあるらしい」
「ロチェスター、ですか?」
「一冬、世話になった恩をまだ返せていない。私がロイドクレイブ王国に行くことでそれが叶うかもしれない」
そうは言っても妙案があるわけではないとフィンリーは肩を竦めた。
あの頑固な大叔父相手にフィンリーがどうするのか興味はある。
レジナルドはフィンリーに対する評価を改めないといけないと感じた。
「レジナルド殿下もそうじゃないのか?」
「フィンリー殿下、あなたはどちら側の人間なんですか?」
苦笑しながら質問を返す。
「今はどちらとは言えない。だが、グラントブレアで育ったのだ。恩はこちらにある」
「ダーシー嬢の事は良いのですか?」
レジナルドが一番聞きたかったことはこれだ。
速攻、拒否されたが一度は婚約宣言した相手である。何も感じていないわけがないだろう。
フィンリーは質問が来るだろうと分かっていたようで、驚きもしなかった。
「ダーシーは兄上のものだ」
兄、エルフィーのことを言っているとすぐに分かった。
それほどまでにフィンリーの中にエルフィーがいる。
「だから、ダーシーは妹のようなものだ」
ちょっと待て、と思わずレジナルドは胸の内で突っ込んだ。
姉ならまだしも、妹?
この話を聞けば、ダーシーは頭を抱えるに違いない。
「ヴィルフォークナー家の事は聞いただろう?一筋縄ではいかないぞ、あそこは」
それは分かっている。
ダーシーの件で何度も手紙を書いたがのらりくらりとかわされている。
「兄上も困っていたようだ。かといって王太子の位を返上や私に譲ることは出来ないしな」
エルフィーは実の弟がレジナルドであることを知っていたらしい。
どれだけ心を痛めただろうかと思いを馳せても届かないだろう。
「確かに厄介な家だが、ダーシーのことは頼みたい。兄上の事で相当、参っているはずだ」
フィンリーはふと視線を外し、どこか遠くを見た。
その眼にはレジナルドが知らない光がある。
映っているのは何だろうかと気になるがフィンリーは教える気はないらしい。
「もしもの時は盟約など問題ない状況を作ることも可能だ」
ヴィルフォークナー家の盟約の相手はグラントブレア王家である。
フィンリーにはその盟約を覆すことが出来る。
レジナルドは誰かが彼に入れ知恵したに違いないと踏んだ。いや、願ったに近い。
一人で考え付いたとは到底思えなかった。
「我々二人には先人たちが思いもつかなかった未来を作れるんだ」
晴れ晴れとした表情から、最悪な事態を考えていたレジナルドは意表を突かれた。
てっきり、攻め込み滅ぼすことを言っていると信じて疑わなかった。
何度も瞬くレジナルドにフィンリーは小首をかしげる。
「何かおかしなことを言っただろうか?」
「いいえ。いいえ、そうではありません」
レジナルドの胸に暖かいものが染みわたる。
ここにはいないエルフィーをなぜか近くに感じることができた。
「フィンリー殿下のお心遣い、感謝いたします」
深々と頭を下げる。
フィンリーの心に触れ、それはエルフィーの願いであったのだと確信した。
「殿下?レジナルド殿下?」
何度も呼ばれて、ようやく顔を上げるとダーシーの顔が目の前にあった。
「ああ、ごめん。ちょっと考え事を」
「先ほどの件でしたら、お気になさらないでください。殿下もわたくしも無事なんですから」
無事だから全てよし、というわけにはいかないのが、レジナルドの立場である。
「しかし、危険な目に合わせてしまい申し訳ない」
「それはこちらのセリフです。他の家から多少、恨みを買いやすいのでああやって人を雇っているのです」
人を雇うのには賃金がかかる。まして、あのような手練れたちを囲うにはかなりの金額となる。だから、ヴィルフォークナー家は質素倹約なのだろう。
ヴィルフォークナー家の懐事情が見えレジナルドは納得した。
「これまでも狙われることが?」
「どれがどの件なのか、いつのものなのか分かりません。恨みは消えることなく降り積もるものです」
代々背負ってきたものは重いらしい。
それがまた、王家に嫁ぐものがいなかったことにも繋がっているのかもしれない。
「殿下もお気を付けください。今回の件で色々と噂が立っております」
「噂?」
レジナルドが問いを返しても暫くダーシーは答えなかった。
やがて、重い口を開く。
「エルフィー殿下の死因があまりに不自然であったため噂が立っているのです」
それはレジナルドの耳に届いていた。
ただでさえ公式発表が偽りだったのだから仕方のないことだろう。
「すべてはロイドクレイブ王国の企みと勘繰るものもいるのです。また、いまだフィンリー殿下を推す一派もおります。それらへの対処を考えなくてはいけません」
問題は山積みである。
レジナルドは深いため息を吐く。
酷く疲れた気がして、お茶を一気に飲み干す。
かなり冷えていたため潤すにはちょうど良かった。
ダーシーは空いたカップに注ぎ足そうとしたが、レジナルドは止めた。
「中々、色気のある話は出来ないものだな」
零した言葉にダーシーがたじろぐ。
先ほどまですらすらと話していたが、風向きが変わったと感じて急に口が重くなる。
動揺しているダーシーを見て、片頬を緩める。
手を伸ばすと簡単にダーシーの頬に届いた。
触れる瞬間、大きく跳ねるように驚かれたが、わずかに震えながらも大人しくなった。
「妃になればこういう時間も取れるだろう。けれど、それ以上に難しい話をしなければならない」
一度、視線が合ったが逸らされる。
恥ずかしさと戦っている様子にレジナルドは満足に似た感情を抱いた。
「王太子というお立場はそういうものです」
「貴女は覚悟していらっしゃる。そこに私は甘えてしまうかもしれない」
「構いません。わたくしという同志を得たとでも思ってください」
レジナルドは心強いと思いつつ何故だか申し訳なく感じた。
「私はエルフィー殿下のように見守ることもフィンリー殿下のように優しくすることもできない。それでも、嫁いできてくれるだろうか?」
いつもダーシーの近くにいた二人の王子。
彼らには遠く及ばない自分が情けなくなる。
ダーシーはレジナルドの心の揺らぎを察して、頬に添えている手に自分のそれを重ねた。
「はい。わたくしで宜しければレジナルド殿下の最期までお付き合いいたします」
レジナルドは腰を浮かす。
ダーシーは瞳を見開いたが逃げることはしなかった。
わずかにお互いに笑み、顔を近づける。
合わせて、離れてを幾度か繰り返す。
「ありがとう、ダーシー」
どこか戦場の戦士のような返事だったとしても今のレジナルドには嬉しかった。
彼女を守れる立場を手に入れたことに感謝を捧げるのだった。
完
婚約はケッコウです。 炎鷹 @hodakafumiduki
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