お茶のあとに… 第八話
「黒髪にはやはり、シルバーに真珠。そして、デザインは花をモチーフにしたものが良いかと思われます」
商人は幾つかの箱を開き、テーブルに所狭しと並べる。
ロイドクレイブ王国の王子と言われていたレジナルドが実はグラントブレア王国の王子であり、唯一、現国王の血を継ぐ息子として宣言されて間もない。
商人はこの好機を逃すまいと必死である。
レジナルドの隣にはやや困った顔をしたダーシーが、並べられる髪留めに目を回している。
その様子が可愛らしく、一つの髪留めを手に取りダーシーの髪に合わせてみる。
「真珠も悪くないな。瞳の色が青いのでそれに合わせても良いかもしれない」
ダーシーは真珠の付いた髪留めだけでうろたえているのにさらに悩みを増やそうというのかとやや非難めいた瞳を向ける。
「一つだけ贈るとは言ってないよ?」
確かに、髪留めを贈らせて欲しいと言われたが、数までは聞いていなかったと顔を引きつらせる。
「そ、そんなに幾つも頂いては困ります」
「これから外に出る機会も増えるんだ。今日は普段使いのを選ぶことにして、式典用もいるからその時は城まで来てもらえるかな?」
台詞の後半は商人に向けたものである。
「それはそれは、是非、伺います。でしたら、今日は色々と合わせてみるのは如何でしょうか?採寸も出来るように別室も用意しております」
「採寸?」
ダーシーは飛び上がって驚く。
「ドレスもいるだろうと思ってね、お願いしていたんだ」
「我が家には我が家の出入りの者がおります!」
「王家と伯爵家は違うだろう?」
「兄の入れ知恵ですか!」
早速、気付かれたとレジナルドは苦笑する。
「私もまだ正式に王太子となっていないし、その分、不便をかけるけれど決まったら年内にでもやるよ」
おお、と商人が感嘆の声を上げる。
一方、ダーシーは青ざめる。やるって立太子の件とは別の事を言ってるのか、と胸の内で突っ込むが詳しいことを聞きだすのは羞恥の極みだった。
「承諾はしましたが、そこまで急ぐ必要がありますか?」
「ただでさえ、不利な立場なんだ。私を助けると思って来てはくれないか?」
レジナルドは頼み込む。
下手に出た彼を、ダーシーはすぐに拒否できず、口を開けたり閉じたりと二の句を付けずにいる。
強引に進めてもダーシーは頷かないだろう。
本人にお願いするのが一番早いだろうと考えた末だ。
レジナルドの導いた答えは正しかったようで、ダーシーはうろたえながらも断る様子はない。
根底には王家とヴィルフォークナー家の盟約があるためかもしれないが、今は利用しない手はない。
「陛下や父と相談の上、決めてください。殿下お一人で進めてしまうと反感を買いかねません」
結果、自分の意志ではなく周りを見ろと諭される。
「そこは勿論だ。思ったより障壁はなさそうで安心している」
鼻歌でも歌いそうな雰囲気のレジナルドにダーシーは頭を抱える。
なんか、早まったかもしれない。
詳しい将来をダーシーは思い描いてはいなかった。
恐らく、エルフィーを支えて生涯を終えるのだろうとぼんやり考えていた。
日の当たるところへ引っ張り出されるなど、思ってもみなかった。
「今、ライリーがお妃教育の件を検討している。そこは覚悟してくれるかな?」
「そ、そんな話ももう出ているんですか?」
「これからパーティーも一緒に出てもらうことになるし、今までのように壁に同化してもらってては困るんだ」
ダーシーはレジナルドがパーティーでどのようなドレスで参加していたか覚えていることに恐怖を感じた。
いつから、どこから、自分の事を見ていたんだと怯えたような瞳を向ける。
「こういうことは根回しが必要だろう?分かっているはずだ」
容赦なくレジナルドが外堀を埋めていく。
承諾はしたが、どこか他人事のような気がしていたダーシーは考えが甘かったと反省する。
「採寸をさっさと済ましてきてくれるかな?他にも話が山ほどあるんだ。私はとても忙しい身でね、君との時間は少しも無駄にできないんだ」
穏やかな表情を浮かべているとどことなくエルフィーと重なる部分がある。
しかし、実際、その裏に潜む顔は別物である。
エルフィー殿下とは違う。
ダーシーは身をもって知った。
◇
店を去るころにはダーシーはぐったりとしていた。
さすがにレジナルドも気の毒に思い、ダーシーの体を支える。
「お疲れさま。さすがに結構、時間がかかったね」
「一度に何もかも済ませようとするからです。女性が身を飾るためにどれだけ苦労しているか、お分かりになったでしょう?」
「何度も出かけられないと思ってね。君も逃げそうだし」
レジナルドの指摘にダーシーは答えない。それは肯定を意味している。
ダーシーは今も目の前がチラチラとしている。
一気に眩しいものを見すぎたせいだろう。輝くものがありすぎて何に視線を合わせたらよいか頭を悩ませた。
金銀に色鮮やかな宝石、肌触りの良い生地は光によってその色を変える。
本では読んだ、噂には聞いていた数々の品を見て、興奮しないはずはない。
それらでおのれの身を飾るとなると、急に冷めるのだが、まるで図鑑の中にいるようだとダーシーは頓珍漢な感想を抱いた。
店を出ても思い出してため息を漏らす。
面白かったとどこか夢見心地な言葉をつぶやいたダーシーのその背をレジナルドが苦笑しながら胸で受け止める。
触れられるのが得意ではないダーシーだが、今はレジナルドの息がかかるほどそばにいても抵抗はしなかった。その気力さえ失っているようである。
「少し休憩をしましょう。この先に美味しいケーキを出す店があるそうです」
疲労した頭には糖分が必要だろうとダーシーも頷く。
寄り添うように歩く姿は恋人同士に見えるだろう。
まだ、店での出来事の余韻に浸るダーシーはどこか呆けたようでもあった。
その様子が可愛らしくレジナルドは頬の緩みを止められない。
伯爵令嬢である彼女にとって豪華な品々に囲まれる事は夢のようだったに違いない。
ロックウェルにいた時に幾つか贈り物をしたのだが、その時は立場がそうさせたのか全く興味を示さなかった。今日の様子を見て距離が縮まったと感じ、レジナルドはとても満足していた。
まとまった時間はそう取れない。
夕方には城に戻り、また、忙しい日々に戻る。
少しでもわずかでもダーシーと過ごす時間を増やしたいと切実に思った。
道は大通りに面しており、人々が行き交う。
城下の様子をゆっくり眺める良い機会でもあり、何処か足元の覚束ないダーシーを見守りながらもレジナルドは辺りを見回す。
馬車の中で見るのと実際に歩くのでは違う。
威勢の良い声、立ち話が耳を打つ。
活気があるのは大事だ、さすがグラントブレア王国のお膝元というところか、とレジナルドは感心する。
気を取られたのはわずかだった。
すっと、ダーシーの気配が変わったことが分かった。
視線の先に怪しげな男がふらりと立っている。その手には光るものがある。
レジナルドを庇うダーシーの手を引くがピクリとも動かない。
「ダメだ」
短く声をかけるが、男に集中しているのかダーシーには聞こえていないようだった。
レジナルドから少し離れて護衛の者がいる。
素早く視線をさ迷わせて探すが、人の多さで遅れているようだった。
迂闊だった。
命を狙うものがあっさり近づけるとは、思わなかった。
「だ、旦那様の仇…!」
低く濁った声とともに男が走り出す。
異様な空気に周囲の人がさっと道を開ける。
「ダーシー!」
男の狂気をまともに受けているはずだが、ダーシーはレジナルドを背にかばい男を見据えている。
バタバタ…!
建物の脇から街人の格好した男たちが飛び出し刃物を持った男を襲う。
レジナルドが瞬く間に、取り押さえられ武器が取り上げられた。
その中の一人が刃物を拾い上げ、ダーシーの元までやってくる。
状況が把握できずレジナルドはその男からもダーシーを庇うため前に出ようとしたが、ダーシーによって阻まれる。
そのころには護衛たちも到着し、何が起きたのか周囲を確認する。
街人の格好をした男はダーシーの前で片膝をつき、刃物を差し出した。
当たり前のようにダーシーは受け取ると、やや不機嫌そうな態度になる。
「遅い」
「申し訳ございません。他は捕らえております」
相手は複数であったことが分かり、レジナルドは青ざめる。
一体いつから狙われていたのだろう?そして、ダーシーはいつから気が付いていたのだろうか。
ダーシーは振り返りながら刃物を差し出す。
「殿下、指示を」
「あぁ。誰か、これを。それから、不審者の確保を」
刃物を受け取り、護衛の者たちへ託す。
不審者も引き渡され、幾人かは街人に付き従い捕らえられている者たちの確認へ向かった。
「ご苦労様。引き続き頼みます」
ダーシーの冷静な声にレジナルドはハッとする。
気が付いたときにはすでに街人達は消えていた。
「今のは?」
「ラッセルリベラ元侯爵にもお味方がいらっしゃいます。多少の逆恨みはありましょう」
「そうではなくて」
今何が起きなのか把握ができず、レジナルドは落ち着かない。
「うちの者です。心配はいりませんよ」
にこり、とダーシーが微笑む。
レジナルドの脳裏にアイザックの言葉が浮かんだ。
全ては仕組まれていたということか!
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