第7話
それから私は大阪駅から特急に乗って北陸の方へ向かう。
今まで北陸行きの特急というものに縁などがなく、その存在意義と言うのがいまいち分からなかった。そのくせ、1日10本以上という多くの特急が走っているのだから驚きである。それほどの需要はあるのに、今まで北陸に行こうとすらも考えたことなかった。
さて、京都を超え、琵琶湖が見え始めた頃から景色というものは非常に危うくなってくる。街も疎らになっていき、木や田んぼのような緑の割合の方が多くなっていった。しかし案外絶望に埋もれることはなかった。
もっと、斜面のキツい坂に囲まれ、電線もなく、明かりもなく、文明が一つ時代遅れてあり、道は舗装されておらず、人は言葉がどうか分からない音を発して、日本の法律が通用するかどうかも怪しく、挙げ句の果てには他の地域から来た人を、人と見なすことなどなく、怪しい宗教団体があり、その団体の1番偉い人が「天候など自由に操れる」など言い出し、そして私もその宗教に強制加盟させられて……
そんなことを想像していた。
しかし実際にはまだ、人とは喋っていないので分からないが電車から見る限りーー線路は複線の2本、電気は隅から隅まで遠ており、道も舗装されている、自動車が走っている、それどころかちゃんと渋滞も成している、自分の地域で見覚えのあるコンビニ、レストラン、ショッピングモールはちゃんと存在しており、日本の現代文化とも言える鉄筋の建物がある、決して藁葺き屋根の家が権力を奮っているわけではない、人も大阪で見るような感じの人と一緒で裸族のようなものはいない、スマホがちゃんと使えることからネット環境もある、少なくとも最低限の仕事はできる。そのように見えた。
そういえば、内田に就職決まった時に聞いた。
もし周りに店がないような田舎に飛ばされたらどうしようと。それに対して、今から店に就職するのだから店は絶対にあるでしょ。と言われた。なるほど。それは確かに納得だった。
最低限の現代の日本と変化ない場所に今から行くことが分かって安堵した。しかし期待でワクワクという感情はない。憂鬱ともいかない。恐ろしくいつも通りの感情であった。
私は自分に期待をしていない。そのため、仮に違う場所に行って心機一転と言っても上手くはいかないだろう。人というのは環境が変化したところで急激に変化することなどない。
例えば、人間関係。今までの人生で失敗した主な理由としてはこれが1番である。生真面目過ぎるとも言える自分はいつも周囲から反感を買っていた。そのせいでいつも四面楚歌の状態になっている。自分に味方をするものなどいないからあっさりとクビを切られる。今回がそのパターンである。仮に、生真面目な性格になれたとしても自分にはまだ問題がある。
あまり人に興味のない私は、他人の話など空耳を聞くのと一緒であった。そのため、へぇそうなんだといったような大仰とも言える反応を取ることができない。いわゆる、相手のペースに合わせて話をすることが苦手なのである。
それらの性格は、また次の就職先でも邪魔をするのであろう。そんなことは知っていた。
また次の就職先もそこまでの期待はしていない。納得をした、自分で変化をしなければならないと思った。だからエンペストに就職しようと思った。とは言え、心の内心ではどうせ自分のやりたい仕事ではないしなと思っている。
もし、エンペストで働いている途中で違う会社から声にかけられたらそちらに遠慮もせず行くし、パワハラとか酷い目にあったらすぐさま辞めてみせる。ようは私の人生の中で遠ペストというのは捨て駒のようなものである。だから多くを期待していない。
配属された店舗がある最寄駅についた。
田舎である。
しかしまだ救いようのある田舎である。改札こそ、自動でなく驚いたがそれぐらいである。車の走り方も同じである。スーパーや24時間営業のコンビニがちゃんと存在をするため専ら不便に強いられることなどなさそうである。
いつも通りの生活が出来る。
不安などなかった。その不安のない能天気な自分がいることが不安であった。目新しいものを発見できずにいる。
駅から徒歩10分ほど歩き、不動産屋についた。
ここに今日から住処になる自分の家の鍵がある。それを取りに来た。
その不動産屋には既に先客がいた。
「藤白‥…」
あの時、一緒に面接を受けた彼女がそこにいた。彼女は不動産屋の店員に対してもオドオドと、スッと鍵を取りに来ましたと言えばいいものを、本日から入居することになった、入居と言っても契約者は自分ではなく会社名義で、部屋は確か○○市の何とか町で、と紆余曲折ない方をしている。思い出した。あぁ、藤白というのはこういうやつだったな。
更に、藤白の右手にはこれから店舗の挨拶で使用するであろう菓子折り、ビッシリと皺が伸びているスーツを着ている。
やはり嫌いだ。この性格は苦手だ。
どうしてスーツを着ているのか。私には理解など到底できなかった。
入社説明時に、出社は派手でない私服ならなんでも大丈夫です。そう言っていたじゃないか。それなのに彼女はこうやってビッシリとスーツを着ている。これから戦場で命朽ち果てるまで頑張ります。そう言っているようなものではないか。
会社に個を染めようとしている藤白が気持ち悪く、歯痒く、距離を置きたい気分となる。
「あっ、池田さん」
その藤白と目があった。彼女は私を見る。目を逸らそうとする。しかし、六畳ぐらいしかない店舗では逃げることが難しかった。
「良かったです。ここであえて」
私は良かったと思っていない。歯をギリギリと鳴らしながら、それでも自分が藤白を嫌っているということがバレないように、静かに無言で頷いた。
私と藤白はあろうことか、一緒の店舗で働くことになる。入社説明時に、採用担当から面接受けた人も一緒の店舗だからという説明を受けた。
これは本社の粋な計らいなのか、嫌がらせなのか、はたまた何も考えていないのか、知らない。しかし私の心情というのは最悪とまで行かずとも、嫌だなと思う。
彼女の所々見える、これから頑張ります! よろしくお願いします! という未来に向かって走っている性格が私からしてみれば毒である。彼女と一緒にいるだけで毒の沼にハマったかのようにHPが削られていく。そんな気がする。
だから一緒の会社に勤めることになっても距離は置こう。そのようなことを考えていたのにまさかこうやって一緒になるとは……。
「相変わらずコミュ障は治っていないんだ」
「あっいえ……その」
「鍵を取りに来たと言えばいいでしょ。はっきりと」
「えっと、えっと」
はぁ。ため息を吐きながらすみません。本日から入居の池田と藤白です。そういうとあっさり鍵を貰えた。
店舗の従業員が鍵の説明入りますか? と聞いてきたがそれは断る。
鍵を手に入れた私は徒歩でその場所に向かおうとする。しかし藤白はどうやら車でここまで来たらしく、
「……家まで一緒にいきましょう」
などといった。
断る理由などなかったので一緒に行くことにした。
車内は静かである。というのも、藤白は私との会話の仕方が分からないし、私は藤白と積極的に会話をしようとはしなかったからである。別段気まずいとは思わず、静かにラジオを聞いていた。
私と同級生のバンドが結婚をするらしい。相手は大物女優である。冬にはそのような話など一ミリも出ていなかったら驚きである。たった数ヶ月で彼らの世界はそこまでの時間が経過をしているのか。もはや彼らは竜宮城へ行って玉手箱を開けた状態なのではないか。
アパートは私と、藤白は一緒の場所であった。藤白が1階で私が2階の部屋。
「ひ、一人暮らし出来るかな」
「あぁ、初めての一人暮らしなんか?」
「うん。大学の時は親が一人暮らし許してくれなかったから」
「本当、あなたってお金持ちだよね。羨ましいぐらいに」
「ええ、そんなことないよ」
そんな否定すらも鬱陶しく感じる。
「それにしても明後日から出社だよ。どうしよう……」
「何、今頃不安を感じているの。別にどうもないでしょ」
「上司が怖い人だったらどうしよう、何かやらかしたらどうしよう、店に損害を与えたらどうしよう、そんでもってクビになったら」
「考えすぎ。そんなことにならないし、仮にそんなことになったら上司をぶっ飛ばせばいいし」
私の人生など元々終わっている。それはもうどうしようもないぐらいに。
だから別にこの会社をクビになってもいい。そう思っている。むしろ、上司、つまり店長と私の気が合わなければ自分の意見を通すために何だってする。
そういえば、私という人物はいつもこうだった。子供の頃は、気に食わないことがあったら泣き喚く。小さなデモ隊は、自分のやりことが出来るまでひたすら泣く。涙が枯れたら泣いたフリをする。そこまでしてでも自分の意見を通そうとする。
それが少し成長したら、流石に泣くという行為はできなくなる。だから行動する。ある時は家でしたり、ある時は相手と喧嘩をしたり。私の我儘というのはもっと厄介になっていく。
だから私の考えというのは、次の就職先でも変わらない。余程気に入らないことがあれば行動で示せばいい……
「そ、そんなことしたらクビだよ?」
「別に。クビになるのなら早い段階でなった方がいいでしょ」
「く、クビは嫌だよ」
それからしばらくして、各々の部屋に戻り部屋の片付けをした。
そして時が進み、初出勤の時がやってくる。
閑古鳥がなく頃に 山桜桃 由良 @hanasaki0852
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