桜散る 作家に咲く 出会いかな

昆布 海胆

桜散る 作家に咲く 出会いかな

俺の名は『柊 浩一郎』35歳、売れない作家だ。

昔と違い今はネットで小説を書くだけで報酬が入る時代、だがそれで生活が出来るのは本当に極一部、そんな生活に憧れる俺は毎日色々な小説を投稿してはコツコツとお金を貯めていた。

普段はアルバイトで生計を立てているのが現実だ。

そんな俺が先日体験した話をしよう・・・



先週の事だ。

アルバイトが休みだった俺は春の陽気に誘われて近所の公園に出向いた。

桜が満開になっていた事もあり、酒を買うほど金銭に余裕が無かった俺はコンビニでゼロコーラを購入して樹に背を預けて花見をしていた。

毎年訪れるこの季節、新入社員達が花見の場所取りにシートを広げて座っていた。

ワイワイと賑やかな雰囲気を堪能しながら上を見上げれば立派な桜の間から日光が差し込む。

俺も社会人に成り立ての頃はああやって場所取りをしたものだ・・・

そんな昔の事を思い出しながらコーラを一口飲んだ時であった。


「本当やってられねーよな!」

「そうそう、山本部長ふざけてるよな!」

「こないだなんか定時ギリギリに仕事追加されて残業確定させられたんだぜ?」


花見をする人達の中で一際大声で騒ぐ連中の声が届いて来た。

俺は休みの日はよくこうやって散歩に出かける。

その理由がこういうネタ探しである、作家にとってやはりネタは湧いて出てくるものではない、日常の何気ない切っ掛けが必要なのだ。

そういう事もあり俺はその会話に耳を傾け、スマホを取りだした。


「大体自分は定時で帰るくせに、なんで俺達は残業させられなくちゃいけないの?!」

「営業だからって外に出てるからサボってるって思ってんじゃねーよ!」

「そうだそうだ!」


3人の会話を聞きながらスマホを操作する俺・・・

大切なのはキーワードだ、思い付いた内容をチョコチョコメモを取るのに非常にスマホは便利だ。


「あーあ、折角ホワイト株式会社に入社したってのにこんな苦労ばっかりなんだったらもう辞めてーよ」

「しかも折角の花見に来て男3人だとか最悪・・・」

「なぁ・・・あっちのグループ女3人じゃね?」


酒も入った3人組のスーツを着た男達は少し離れた場所に居る3人組の女に目を付けたようだ。

3人は馬鹿なのか、花見の場所取りの筈なのにシートをそのままにして3人で女のグループの方へ歩いて行った。


「ねぇねぇお姉ちゃん達、一緒に飲まない?」

「えっ?なんですか・・・困ります・・・」

「いいじゃん、折角の花見なんだから俺達と一緒に飲もうよ」

「止めて下さい・・・困ります」

「君可愛いねぇ~名前なんて言うの?」

「・・・ウザッ」


押せば何とかなると思っているのか男達は嫌がる彼女達に迫っていた。

距離も近く、口から漂う酒の香りが臭いのか本気で嫌がる女性達。

俺は一つ溜息を吐いて行動に出る事にした。


「あ兄さん達、嫌がってるでしょ?止めてあげなよ」

「あぁ?なんだてめーは?」

「お酒を楽しく飲むのは良いけど周りに迷惑を掛けるのはいけないなぁ~」

「うるせぇ!」


一人が俺に迫ってきた。

仕方なく俺は演技をすることにした。


「あれ?君は確か、ホワイトの営業さんじゃないか?」

「え”っ?」


会社名を言われ身バレをしたのを理解し男は立ち止った。

酔いが一気に抜けたのか、赤みが掛かっていた顔がみるみる青くなっていく・・・

そんな変化に苦笑しながら俺は続けた。


「何だ?お前、俺を知ってるのか?」

「まぁね・・・山本さんは今日は来てないのか?」

「なっ?!」


名前を言って驚く男の態度から山本と呼ばれる人が怖いのか、男は酒が覚めたのか急に青ざめ出した。


「う、うちの山本をご存じで?」

「あぁ、前にちょっとね・・・それでこの状況、ホワイトとの取引を考えないと駄目って山本さんに言わないと駄目かな?」

「い、いや・・・」

「だってこんな所でこんな事をしている会社とは・・・ねぇ?」


俺の言葉に真っ青になるもう二人。

その表情が面白く、笑いを堪えるのに必死である。


「とりあえず山本さんには話さない訳にはいかないから、これ以上失態を披露するのはどうかと思うよ?」

「「「す・・・すみませんでした!!!」」」

「謝る相手、間違ってない?」

「「「すみませんでした!!!」」」


そう俺の言葉で女性陣の方へ向き直り土下座せんばかりの勢いで謝る3人。

困惑しつつもぺこりと頭を下げる女性に、下手くそなウィンクを一つ返すと吹き出しそうになっていた。


「ほらっさっさと行きな」

「「「失礼します」」」


そう言い残し走る様に去ってく3人・・・

もちろん桜の下に敷かれたシートはそのまま・・・

それをポリポリと頬を掻きながら眺めていたら、助けた女性の一人が声を掛けてきた。


「あ、ありがとうございました」

「怪我とか無い?」

「はい、お陰さまで」

「そう、じゃあゆっくり花見を楽しんでね」


そう言い残して俺は去っていく・・・

見返りは必要ない、彼女達の笑顔が報酬だから。





先日の事を書き終えて俺は背伸びをする。

今回の話はどうかなと期待しながら小説投稿サイトにアップロードのボタンを押した。


「お仕事終わったんですか?」

「えぇ、趣味と実益を兼ねてるとか言うと格好いいかもしれませんけど、現実は地味なものですよ」

「あはは、それじゃあ・・・」


そう明るく話す彼女に俺は照れながら身をゆだねる・・・

彼女の名は『葉月』、笑顔の可愛い24歳・・・

そう、彼女は・・・看護師である。


「腫れの方は大分とマシになってきましたね」

「まだ固い物は食べれないですけどね」


そう、先日桜の下でサラリーマン風の男にワンパンでKOされた俺はそのまま病院に担ぎ込まれた。

小説では俺の勝利の様に書いてしまったが、実際は止めたその場で俺の意識は桜の花びらと共に散ったのだ。


「さーて、次はどんな話を書こうかな~」

「書き終わったらまた読ませて下さいね」

「えぇ、いいですよ是非」


彼女と出会えたのだから、結果オーライだな。

そんな事を考えながら俺は今日も妄想をして小説を書く・・・

次は葉月さんとの入院から始まる看護師と患者のラブストーリーなんてのも良いかもしれないな。



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