パパと法廷で争ってみたけど何だかんだやっぱりチート能力は強いという話
尾八原ジュージ
開廷
回覧板を回しにいったママがそれっきり帰ってこないのは、あたしのせいだとパパが言った。以来、パパはそのへんに生えてる草しか食べさせてくれなくなったので、あたしは裁判を起こすことにした。
あたしの弁護士は国選で、しかも見るからにやる気のなさそうなおじいちゃんなのに対し、パパはちゃんとお金を出して、ビシッとしたスーツの似合うセクシーな女弁護士を雇っていた。この時点でだいぶ不利だなとは思ったものの、草ばかり食べさせられるのもやっぱり嫌なのであたしは引かなかった。
さて当日、あたしは中学の制服を着て出廷した。別に制服が好きなわけじゃないけど、ほかに公の場で着るものがなかった。被告側の席には、パパと巨乳の美人弁護士が座っている。
裁判官がトマトを食べながら姿を現し、あの名前のわからないハンマーみたいなやつをゴンゴン言わせて開廷を宣言した。あたしに草以外のものも食べさせてくれというだけの裁判なのに、なぜかTwitterでバズったとかで傍聴席はいっぱいだった。陪審員席を見れば、盛装した陪審員がずらりと並んでいる。
「えー、被告のやっていることは児童虐待であります」
あたしの弁護士はそう言ったが、いかにもやる気がなかった。裁判官も陪審員もふーんという感じだった。おじいちゃん弁護士は、パパがあたしにその辺に生えてる草しか与えないことを述べたが、それも熱弁という感じではまったくなく、フロアは冷めきっていた。陪審員席の紋付を着たおじさんが大きな欠伸をした。
「はいでは次、被告のほう」
シャブシャブ音を立てながらひとつめのトマトを食べ終えた裁判官が、つまらなさそうにそう言ってふたつめのトマトを取り上げた。
相手の弁護士は颯爽と立ち上がった。つられて黒いスーツに包まれたおっぱいがぶるんと揺れ、傍聴席がざわめいた。
「被告人の無罪を主張します!」
いきなり結論から言われた。弁護士は素晴らしい手際でプロジェクターとスクリーンをその場に整え、ムービーを流し始めた。パパとママが出会ってからいかに幸せな年月を過ごしたか、ふたりがどれほど人品優れた人間であったか……そしてその幸せそのものの暮らしは、あたしがママに「回覧板回すのママがやってよ」と、実に心無い非道なひとことを突きつけたために壊されてしまったことを、端々にユーモアを交えつつ、ドラマチックに解説した。終わる頃には傍聴席からはすすり泣きがもれ、陪審員たちは全員泣いていた。
「暖かい家庭で何不自由なく育てられた、その恩を仇で返す愛娘のこの仕打ち!」美人弁護士はハンカチで目頭を押さえた。「ショックで被告人は判断力を失い、またその利他主義的精神、聡明なる判断力が故に、自らが愛児を罰せねばならないという使命に駆り立てられたのであります。なれば多少の食事制限がなされたとしても致し方なし、むしろその心中を推して知るべしと」
「無罪!」陪審員のひとりが泣きながら「無罪」と書かれた札を立てた。
「はやっ」
「原告は静かに」裁判官がゴンゴンとハンマーを鳴らした。
「というわけで被告の無罪を主張いたします」
美人弁護士は巨乳を揺らしながら弁論を終えた。
「はいはいはい異議あり」あたしは自ら手をあげた。長いスライドの間におじいちゃん弁護士が居眠りを始めてしまったので、異論があれば自分で言うしかなかった。
「はい原告」
「回覧板回すのママがやってよって言ったの、パパです」
法廷はどよめいた。誰よりも大きな声で泣いていたパパがぴたっと静かになった。美人弁護士は「マジか」とでも言いたそうな顔になり、実際小さい声で「マ」と言った。気のせいか若干冷めた瞳でパパを見る。
「い、いやいやいやいや違うんです! 嘘なんかついてないんです!」
パパはお尻に火が点いたみたいにパッと立ち上がった。「あの娘が! 娘が言ったんですうぅ」
「うっそだぁー! ゆってないですぅー!」
あたしは声を張り上げた。正直、そこんとこよく覚えていない。が、どうせ証拠なんかないだろうから言ったもん勝ちである。被告の重要な証言をひっくり返され、陪審員席はどよめき始めている。この機に食いつかずして何とする。
「言ってない! 絶対絶対ぜーったい言ってない」
「言った言った! ぜーっっったい言った!」
小学生以下の応酬が続いた。ふたつめのトマトを食べ終えた裁判官が、ようやくハンマーをゴンゴンと鳴らして「静粛に! 静粛に!」と叫んだ。
「え? でどうなの実際のとこ。原告?」
「パパが言いました」
「被告は?」
「娘が言いました」
無能か。裁判官ってチェンジ可なのだろうか。
すでに陪審員席のざわめきは最高潮と言ってもいいテンションに達し、早々に「無罪」の札を出した陪審員が他の陪審員に詰め寄られてラップの芯を振り回していた。傍聴席でもどちらの味方をするかでもめ始めている。片隅で新聞記者らしき男が「こいつは面白くなってきやがったぜ!」と聞こえよがしに言って、ものすごい勢いでペンを走らせている。こいつはまぁちょっとした地獄絵図、しかしこれからどうするべきかあたしにはさっぱりわからないので困った。何しろお互い証拠がないのだから、「パパが言いました絶対に言いました絶対です」と言い張るほかにやることがない。いや、もしかしたらあるのかもしれないがあたしの頭ではさっぱり思いつかない。弁護士の方を見るとやっぱりまだ寝ていた。
「大体何でパパがそんな嘘つかなきゃならないんですかぁー」
「はぁ? 適当に軽い気持ちでなすりつけたのが引っ込みつかなくなったんと違う?」
「えーい! 静粛に! 静粛に!」
と叫んだのは、裁判官ではなく美人弁護士である。大声を出すとおっぱいが揺れるので、みんな自然と静かになった。
「そのように主張なさるからには、原告側は証拠を提出すべきでは? つまり、被告がそのような発言をしたという証拠ですが」
「あ? それはそっちも同じじゃな」
「裁判起こしたのはそっちなんだから、そっちが用意しなさいよ!」
おっぱいをゆっさゆっささせながら美人弁護士が叫んだ。そうだそうだという野次が、座布団やらエナジードリンクの空き缶やらと一緒に傍聴席から飛んできた。座布団が頭に当たり、あたしは唇を噛んだ。
そのとき居眠りをしていたあたしの弁護士が、突然パチンと目を開けた。
「証人を召喚してもよろしいでしょうか」
その一言に、法廷は水を打ったように静かになった。みっつめのトマトを食べている裁判官の返事を待たず、弁護士は立ち上がって前に出ると、被告人席の前あたりにチョークで魔法陣を描き始めた。描き終えるとわけのわからない呪文をブツブツと唱え、最後に「いでよ! ヌン!」と、これまでの覇気のない喋り方が嘘のような気合いを込めた。
魔法陣の中央から白い煙が立ち上った。そして煙の中に立っていたのは――なんと、ママではないか。
「ママ!」
あたしとパパは同時に叫んだ。白銀の鎧を身にまとい、宝玉のついた長剣を携え、肩にリスとフクロウのキメラみたいな生き物を載せていたが、それは紛れもなくママだった。
「かくかくしかじかで、問題の発言は誰のものだったか覚えておいでですか?」
おじいちゃん弁護士が尋ねると、ママは「えー、結構前のことだし全然覚えてないです。ていうかそんなことで揉めてたの? なんで?」と答えた。
ママによれば、回覧板を回しに行った帰りに突然異世界に転送され、ついさっき魔王との戦いに勝利を収めたところだという。ママは「ほぼすべての生き物の思考をコントロールする」というチート能力を授けられており、さっそくその力を開放したため、あたしとパパは一瞬にして和解した。法廷にいた人々は固い握手を交わす親子を見て万歳三唱、次々に祝い金をママの銀行口座に振り込んでくれた。ただ、おじいちゃん弁護士の正体は大賢者だったので、この人だけはママの洗脳を免れた。
パパがあたしに草しか食べさせなかったのは事実なので、パパはその罪を償うために一年間服役し、トイレットペーパーを芯に巻きつける仕事にひたすら従事することとなった。
かくして裁判は閉廷、あたしとママとママの使い魔は狭いながらも楽しい我が家へと帰った。チート能力によって洗脳されたあたしは反抗期なんて思いつくはずもなく、ママとその使い魔と、そして一年後出所してきたパパと、末永く楽しく暮らしたのでした。
めでたしめでたし。
パパと法廷で争ってみたけど何だかんだやっぱりチート能力は強いという話 尾八原ジュージ @zi-yon
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