わたしが父を殺した日

小鳥遊なごむ

わたしの名前

父は仕事から帰ると、とりあえずわたしを殴る。

それは当たり前だった。

鼻歌交じりに殴る時はだいたい1発。

機嫌が悪い時は覚えてないくらい。


当時のわたしは14歳で父を殺した日まで、家を出たことがない。


お母さんは知らない。

多分、死んだか消えたかで、物心ついたときには既にいなかった。


学校にも行ったことがない。

学校という存在すら知らなかった。

名前はおろか、戸籍すら無いからそもそもわたしは存在しない存在。


父以外、わたしの存在を知らなかった。


わたしには世界という概念もなければ、生きるという意味すら必要なかった。


それでも父が唯一私に教えてくれたのは料理だった。

元々ボクサーだったらしい父は料理、とくに栄養面では気にする人だった。

わたしには野菜の切れ端や余り物だけを食べる事を許されていたから、基本的には父の分だけを作る。


父はあんまり喋らないから、教えるのも見て覚えさせるだけだった。

学校に行っていないわたしは、ほとんど言葉を喋れなかったからでもある。


わたしが当時言えた言葉は「いたい」と「ごめんなさい」、「ごはん」くらい。


両手があれば足りるくらいだったけど、数を数える概念もなかったから、どれだけ知っていたかも定かではない。


ある日帰ってきた父は、酷く酔っ払っていた。

時々ふらふらとした足取りの日はあったけど、その日は酷かった。


玄関でわたしを殴る事もせずに泥のように眠っていた。

毛布を父にかけてわたしもそのまま眠った。


真夜中に父が私を襲い、犯された。


「い、いたい……」

「生理も来てないガキのくせに生意気なんだよ……貧相な体しやがって」


そう言って鼻息を荒立てて何度も打ち付けられた。

そうしてわたしの処女は散った。


それからはほぼ毎日。

首を締められながらされる事も増えた。


今にして思えば、この時にでも死ねていればよかったのにと思う。


死ぬって事もわからないけど、本能的に怖いと改めて感じた瞬間だったと思う。


14年も暴力され続けていると感覚はおかしくなっていた。

それでもこの行為は怖かった。


ある日わたしは包丁で指を切ってしまった。

血が出たけど、わたしにはただ勝手に治るのをまつしかなかった。

じくじくと痛いし、水とかが染みる。


父の食べる物に血をつけるわけにはいかないから、ボロ切れ同然の服で血を吸わせてどうにかした。


わたしはこの時初めて知ったのだ。

包丁で切ると痛い。

包丁を使って、血が出る事は痛い事。


ある日父がまた酔っ払って玄関で眠りこけた。


今にして思えば、その時に初めて懲らしめてやろうと思ったのだ。反抗心であり、恨みであり、殺意だった。

その感情に名前があるという事も、今だからわかる。


わたしは父に馬乗りになって、父のお腹に包丁を刺してみた。

そうすると父は叫んで起きた。


わたしは父に教えられたように、父のお腹を裂くようにして包丁を引きながら抜いた。


ご飯を作る時と変わらない。

大根を切る時と変わらない。


ただ振りかざしても切れない。

線をなぞるように腕を引く。


それだけで父のお腹も簡単に裂けた。

血がどぼどぼ溢れて、父は痙攣し始めた。

それでも父は叫んでいた。

いわゆる、断末魔の叫び。


そしてわたしは家を初めて出た。


そんなわたしは、今は殺し屋をしている。


「シーナ、次のターゲットだ」

「……ん」


父が教えた包丁の使い方が、今は人を殺す為のナイフに変わった。


「りゅーじ、こいつは悪い奴?」

「ああそうだ」

「……わかった」


わたしは名無しのシーナ。

りゅーじがくれた、私の名前。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

わたしが父を殺した日 小鳥遊なごむ @rx6

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ