第12話 辿り着く先は

 それから何度も、何人ものアウトライヤーと共感した。その度に以前感じた何かに近づいた感覚があるのだが、共感が解かれると霧散してしまうのだ。小骨はいつの間にやら激しい渇きに変貌していて、それを感じなくて済むのはアウトライヤーと共感している時だけだった。自然と共感の頻度は上がり、家にいる時は寝ている時間以外共感して過ごすようになっていった。


 もう少し。もう少しなんだ。


 毎度指の間からするりと抜け落ちていく何かを求めて止まなかった。だがもう少しで分かるという期待と、それがなかなか叶わない歯痒さとが相まって睡眠や食事を削ってでも共感し続けた。


 ある夜、共感したまま眠ったのだがタイマーが切れたのか、夜中に目が覚めた。連日続く睡眠不足もあり、渇きに抗えずに早急にアウトライヤーと共感した。すると先程の気怠さは一気に吹き飛び、荒々しい陶酔感にチップが支配される。部屋中の割れ物を壁に投げつけると花火のように散る破片が幸福感を呼び覚ます。ソファやベッドにナイフを突き立てれば飛び出てくる羽毛と共に体が軽くなっていく。


 破壊するという事がこんなにも楽しいとは。


 目に付く全ての物を破り、砕き、壊していった。目に見えないモノも手当たり次第壊していった。ようやく気が済んだのは窓枠に残っている割れたガラスに朝日が乱反射し始めた時間帯だった。


 服や家具の残骸の山に身を埋め、重たい瞼に逆らわずに闇に身を委ねる。望んでいるものが目の前にあるのを肌がぴりぴりと知らせている。もう、掴めそうなほど近いのだ。思わず手を伸ばす。あと、もう、ちょっと。


 ビーッビーッと無粋な目覚ましがチップから発せられる。またもや邪魔が入って辿り着けなかった。それよりも今回の共感はタイマーをかけ忘れていたようで、仕事には共感したまま行かないようにと保険の為に掛けておいたネットワークの強制切除の役割をなしている目覚ましまで共感が続いていたようだ。


 取り敢えず会社に行く準備に取り掛かろうと通常共感ネットワークにアクセスし直そうとチップに集中し、固まってしまう。


 設定項目が。二十数年掛けて辿り着いた何百万というパラメーターが。全て初期化しているのだ。


 なぜだ。なぜだなぜだなぜだ。成功の道標だったあれらは、タイマー付きのロックをいつも掛けていた筈だ。


 そして思い至る。単純な話だ。辿り付けそうで辿り着けない何かへ対する渇きに掻き立てられて、食事も睡眠も二の次に共感し続けた。重度の寝不足により、共感する前に必ず掛けていたロックを掛け忘れてしまったのだ。


 快楽的な破壊衝動。それは確かに形のある物を壊した時も、形の無い設定を崩した時も満ち足りた気分にさせてくれた。


 全身の血の気が引いた。生まれて初めて感じる、胸を夜で塗り潰したような深い絶望。その底無し沼にいつまでも、どこまでも沈み込んでいく恐怖。そしてそれはチップから提案されたナッジに触発された感情などではなかった。


 辿り着いたのだ。


 空虚で、充足的で、安楽的な、私だけの感情に。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

共感 中 真 @NakaMakoto

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ