第11話 誘惑
その晩、食事も風呂もいそいそと済ませ、早速高橋の指示通りに比較的穏やかそうなアウトライヤーを一つ選択し、共感を試みる。
だが何も起こらない。
前回の強烈さが記憶に新しい分、何とも拍子抜けである。暫くして外的刺激が必要だと気付き、又酒でも飲んでみるかと台所の方へ歩き出す。だが冷蔵庫に辿り着く前にダイニングテーブルの前で足が止まる。
別れ際にいつでも呼んでという言葉を添えて高橋に渡された彼の名刺を含め、持ち帰ってきた仕事の資料が置かれている。夕食の際に片付けた為、束になっている。
片付いてはいる筈なのだが、どうにも見ていると気持ち悪い。
そう思うが早いか、資料を広げ並べ替えていく。易しいパズルを解いていく様にするすると作業が進む。激しく入れ替えているのだが、そのロジックはあまりにも自然で、逆にそれ以外があり得ないと思えた。
資料の整理を終え、気持ち悪さが収まると、何とも言えない充足感に静かに舞い降りてきた。
何だろう。何かに辿り着けそうな気がする。
しかしタイマーが切れ、次の瞬間にはいつもの感覚に戻っていた。溜め息を吐き、衝動的に滅茶苦茶にしてしまった資料を直そうと手にする。
結局高橋の秘密は分からずじまい。資料はごちゃごちゃ。おまけに感覚が戻る前に辿り着きそうな何かは、今になって喉に刺さった小骨のように引っ掛かる。骨折り損の草臥れ儲けである。余計な仕事が増えたからか、先程の満足感とは真逆の空虚感がある。
記憶を頼りに資料を整理し直そうとするが手が止まる。チップからは新たな閃きが走る。ごちゃごちゃになっているように思えた資料は実に理論だって並べてあり、それに刺激されるように新しいアイディアが次々と浮かぶのだ。
実に良いアウトライヤーを引き当てたと喜びが湧き出ている中、再び好奇心が顔を出す。
他のアウトライヤーを試してみたら、また別の閃きがあるかもしれない。
テーブルの上には「精神科医 高橋直哉」と書かれた名刺が目に付く。だが彼からの警告の言葉はどこか遠かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます